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たびガール  作者: 諏訪いつき
6章 鎌倉編

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9話 感傷シーキャンドル

「いつ見てもここの景色はワクワクするね」

 稲村ヶ崎駅を超えて、住宅街の景色はいきなり道路の向こうに海が見える景色に変貌する。海は雲の色を反射するような灰色だったけれど、それでも壮大な景色に思える。右手にはシーキャンドルの刺さった江ノ島。今からあの島に向かう。

 景色がいったん住宅街に戻れば、七里ヶ浜駅に到着した。近くには高校が見える。

「いいなー、海の見える学校生活」

「埼玉暮らしだとあこがれちゃうよね」

「サイダー買って、みんなで海を眺めたりしたいな」

「夏は海水浴だね」

「それめっちゃいい!」

 電車は七里ヶ浜駅を出発してさらに西へ。海は日差しに照らされて輝いている。窓からは波打ち際まで見えた。手を伸ばせば、届きそうにも思えてしまう。車窓から海を眺める時間が望む限りずっと続いてほしいと思っている最中に、鎌倉高校前駅で電車が停車した。江ノ島がちょっとずつ近づいている。西の方には大きな雲が見えた。夕方になれば太陽はあれに隠れてしまうだろう。

 鎌倉高校前駅を出発してしばらくしたのち、江ノ電の海の見える部分は終わりを迎えた。茉莉は名残惜しそうに窓に手を合わせて、海を見送った。江ノ島駅までは残り二駅。腰越駅に近づくと、後方の電車のドアは開かないというアナウンスが流れたのち、電車が停車した。まもなくまた電車は動き出し、次の駅が江ノ島駅であるというアナウンスが流れた。電車は路面を走っていて、窓からはすれすれの距離に車が見える。ここは電車の中からの景色でしか見たことがないけれど、地上からこの電車を見るのも風情ある風景なのだろうか、とか思いながら茉莉は車窓を眺めていた。大きなお寺の横を通れば、江ノ島駅に到着した。

「景色眺めてるとあっという間についちゃうね」

「私もつい景色に夢中になっちゃった」

 改札を出て大きな通りへ。ここから江ノ島へは、少し歩くことになる。

「水族館……は、今日はもう遅いかな」

「イルカショーももう終わっちゃったみたい、残念」

 茉莉はちょっぴりしょんぼりとした姿を見せた。

「1つここにまた来る言い訳ができたね。今度は水族館も見に行こう……どうしたの?」

 涼乃は茉莉のぱちくりとした表情を見て聞いた。

「えへへ、当たり前のことなんだけどさ、旅先で何かできないことがあっても、また来ればいいんだなって気づいて」

「そうだよ、いっぱい失敗したかもしれない日光も、また人のいないときにゆっくり巡れるように一泊二日にしたりして」

「わぁ、今のでもう日光に行きたくなったかも」

「今度は私たちと行ったって良いんだよ」

「それもいいなぁ、あとちょっとして、免許も取ったら、あたしたち車も運転できるし」

「でもそうしたら、いろは坂どうしよう」

「うーん、結城とかが何とかしてくれるんじゃない?」

「確かに。『俺かよ、まあいいけど』とか言って運転してくれそう」

 国道134号線をくぐる地下道を通って、弁天橋を渡る。途中茉莉は立ち止まって、西のほうをじっと見つめた。そよ風で髪が揺れる。

 そこからは相模湾と、その沿岸にある都市、その奥には伊豆半島が見えた。雲1つない夕景ならどれほど綺麗だっただろうかと思い馳せる。眼下で水面がちゃぷちゃぷ揺れていた。

「いい景色だね」

 そろえて足を止めてくれた涼乃が言った。

「こういう景色を見てると、ちょっぴり楽になるんだ」

 胸のあたりに手を添えた。

「わかる、何となくほっとするね」

「行こう!エスカーは使う?」

「ここまで来たら階段でしょ」

「よし、受けて立つ」

「それは私じゃなくて階段に言ってよね」

 商店街になっている通りを歩いた。黄色がかった店の明かりも少し綺麗。

 途中、丸焼きたこせんべいの店の横を通りがかった。

「これ、久しぶりに食べたい。さすがにパンだけじゃちょっと足りないし」

「私もここに来れたなら食べたいと思ってた。並びましょ」

 平日といえどこの商店街と個々の店は多少の混雑があって、たこせんべいを買うために並ぶことになった。幸い食券機までは近く、さほど時間がかかるというわけでもなさそうだ。

 通りにはすでにたこせんべいを手にしている人もちらほら見受けられた。この店の近くて食べる人、江ノ島神社のほうへ向かう人、海岸のほうへと向かう人、そんな人々を眺めて待ち時間を過ごした。

 目の前でタコが音を立ててつぶされて、せんべいになるところを見た。手で顔を隠して指の間から見ていたら、「見るのか見ないのかどっちかにしなよ」と涼乃に笑われた。せんべいは二枚同時に渡されたので、どちらかのことを待つ必要がなかった。二人でせんべいを寄せ合って、写真を撮った。また1つ、思い出が増えていく。

 食べながら江ノ島神社のほうへと向かった。真っ赤な鳥居がもう近くに見えて、この道が終わることを知る。ここからは階段。

「茉莉、本当にエスカーじゃないと大丈夫?」

 口調からからかって聞いているわけではないのだろうということは推し量れた。最近本当に元気がないように感じていたから、それを慮ってくれていたのだろう。

「だ、大丈夫……」

 それはそれとして、この先の階段のことを考えてちょっと立ち止まった茉莉は、エスカーの入口を二度見してから、それを振り払うように鳥居をくぐった。ふと涼乃のほうを見やれば、それが面白いのか、たこせんべいに口を付けながら微笑んでいた。

 鳥居の奥にあった竜宮城を彷彿とさせるような大きな門をくぐって、ヘアピンカーブの形状になっている階段を登って辺津宮へと向かう。今度は踊り場で立ち止まることもなかった。階段を登り終えるくらいに、ちょうどタコせんべいも食べ終えた。

 辺津宮は賽銭箱の前で少しだけ順番待ちをするくらいの混雑だった。その列もあっという間に茉莉たちが最前になった。またいつもの作法でお参り。

「こんなにいっぱい神社とか、お寺にお参りするとさ、最後のほう何をお願いすればいいかわかんなくならない?」

「ちょうど私もそう思いながら手合わせてた」

「だよねえ?えへへ、お揃いだ」

 辺津宮の境内を東に抜けた。小さな庭園のようになっている区画には、また紫陽花が植わっていた。ここのものもきれい。今日だけで、季節1つ分の紫陽花を見た気がする。そこを抜けたら、今度は中津宮につながる階段が見えた。

「この階段を超えたら、あとちょっとだよね」

「確か、中津宮から展望台までも長めの階段なかったっけ」

「もう、ちょっとは夢見させてよ……」

 そう言って息を切らしていても、茉莉はどこかご機嫌な表情で笑っていた。

 中津宮で神様へ向けたお願い事を1つだけ思い出して、それを祈った。

「いつかまた、あの紫陽花みたいなきれいな景色が見れますように」

 参拝を終えた二人は、またシーキャンドルに向かって歩き出した。

「そういえば、エスカーに乗ったことないな。ずっと階段だ」

「なんだ、やっぱり階段嫌だった?」

「あ、いや全然、そんなことなくて。ほら、体験として、ね?」

 ちょっと図星だったけど、茉莉はそれを全力で否定したくて、両手で手を振って答えた。 

 道の突き当りを右に曲がれば、シーキャンドルにつながる最後の階段。ちょっと右カーブ。路傍には名前も知らない花が咲いている。振り返れば海が見える。

 階段を登り切ったら、奥のほうにサムエル・コッキング苑の入口が見えた。

「今日は岩屋まで行かなくてもいいよね?私も、これ以上階段上り下りするのはちょっとキツいかも」

 いままで涼しい顔だった涼乃にも、確かに疲れが感じ取れた。

「そうだね、岩屋はまた今度来ることにするよ。また近いうち、ここに来る気がするし」

「そうなの?」

「うん、涼乃ちゃんが退院したら、一緒に海に行くって約束したんだ。海沿いならほかにも行ける場所はあるかもしれないけど、あたしが慣れてて案内しやすい江ノ島あたりの海がいいかなって」

「確かにここが一番いいかも、水族館とかも行けば一日中楽しめるだろうし、階段もエスカー使えばパスできるし」

「楽しんでくれるといいな」

「楽しめるよ、きっと」

 シーキャンドルと、それにつながるサムエル・コッキング苑へのチケットを買って、二人はその中へと足を踏みいれた。季節が変わったからだろうか、それともその時よりも良い気分でいるからだろうか、前回来た時よりも植物が色づいて見えるような気がする。

「この前来た時はさ、イルミネーションなんてやってるなんて知らなくて、店頭前に帰っちゃったんだよね。また冬になったら見に行きたいなぁ」

「これからまた少なくとも2回は行かなくちゃいけないね」

「いいね、すごい楽しみ!」

 二人はサムエル・コッキング苑での散策もほどほどに、暗くなる前にシーキャンドルの足元へと向かった。

 シーキャンドルのエレベーター前には次の登りエレベーターを待つ小さな列ができていたけれど、次に来たエレベーターは待っていた全員を載せて展望フロアまで駆け上がった。

 エレベーターのドアが開けば、そこには相模湾沿岸の湘南地域が一望できる曇天交じりの夕景が広がっていた。二人で「やっぱり風に当たりたいよね」と話し合って、ガラス張りの展望フロアから足早に屋外展望フロアへと移動した。ここからなら、空だって一望できる。晴れた景色のほうが良いだろうことはわかっていたけれど、夕方の茜と天井には宇宙の色、それに濃い灰色の曇天が混ざり合って、「これはこれで」と思える景色が目の前に広がっていた。

「風が気持ちいいね」

 海へと吹いていく風が心と体をくすぐる。あの風はどこまで向かっていくのだろうか。

「今日はずいぶんいろんなところに行ったね。ここからは……あんまり見えないけど」

 七里ヶ浜は見えるけれど、長谷や鎌倉は、稲村ケ崎にさえぎられて見えなかった。茉莉は口を開いたまま、わぁと声を上げた。

「ここ、やっぱり好き。こうやって、来た道のりとか……あっちには何があるんだろうとか……いろいろ楽しいこと考えられるから」

「私も好き。やっぱり海のある風景は開けてていいよねぇ」

 ここまで様々なところをせわしなく巡ってきたのが嘘かのように、ゆったりと時間が流れている。風に導かれるように、体は自然と南の海のほうへと向いた。

「やっぱあこがれるよね、海」

「あーあ、埼玉にもいつか海ができないかなぁ」

 ゆったりしすぎて涼乃は普段口にしないようなことを口にしている。

「あたしたちには越谷レイクタウンしかないんだよ」

「またみんなで行こうね、レイクタウン」

「そうだ!あそこに新しくできたカフェ行ってみたい!なんかケーキが美味しいらしいんだ」

「楽しみがどんどん増えてくね」

 位置をちょっと東側に帰ると、奥の方には半島が見える。

「あれが千葉?」

「ううん、あれは三浦半島じゃないかな。千葉は……あの半島の奥の……うっすら見えるやつだよ」

 涼乃が言う通り、はっきり見える三浦半島のその奥に、ぼやけて房総半島が見えた。

「三浦半島……どんなところなんだろう」

「いいところだって聞いたことはあるけど、私も行ったことないな。横須賀とかも近いはずだけど。今度行ってみたら?」

「うぅん……」

 これだけ心が晴れるような体験をしても、茉莉は『心の穴』の手がかりを探す旅を続けるか迷っていた。誰も使っていないコイン望遠鏡を横目に、西のほうを見に行く。

「あっちには何があるんだろう」

「うーん、小田原とか、茅ケ崎とか?」

「小田原!かまぼこが有名なんだっけ」

「確かにかまぼこはそうだね。あとは……北条氏が使ってた小田原城とかもあるよ」

「そういえば、これまでお城にはあんまり行ったことないかも」

「お城巡りも楽しいよ、結構いろんなところにあるから」

「いいなぁ、確かに楽しそう!」

「小田原の近くには箱根もあるしね。こうやって見ると、神奈川だけでも楽しめる場所いっぱいあるね」

「埼玉とは大違いだね」

 茉莉は心底神奈川県がうらやましいような目つきで言った。

「埼玉だって、探せばあるよ……きっと」

 それを涼乃は困ったように苦笑いをして返した。

 一通り見終わったら、西側に設置されているベンチがちょうど二人分空いていて、腰掛けた。示し合わせるわけでもなく、二人の間には沈黙が流れて、海とそれに沿った街を眺める時間になった。体から力が抜けていく。他の誰かと一緒にきていたら、こんなにぼうっと外の景色を眺める時間も、一緒に来た人を暇させていないだろうかと気遣ってなかなか心休まらなかったかもしれない。そうやって考えていたら、急に親友への感謝の念があふれてきて、いてもたってもいられなくなって茉莉は口を開いた。

「涼乃、今日はありがとね」

「なによ、急に」

「涼乃が連れ出してくれなかったら、あたし、今日も明日も、そのあとだって、ずっと気が晴れなかったかも。だから、とっても感謝してる」

 最後はどうにも照れ臭くなって、それを隠すように軽く笑って言った。

「いいのよ、私がやりたくてやったことだから。でも、どういたしまして。連れ出していいか、ちょっと不安だったから、安心した」

「不安だったの?」

 今までの言動から、茉莉はそれを感じ取ることができていなかった。

「そんなに落ち込んでても、茉莉は何も言わなかったから。余計なお世話なんじゃないかとか、いろいろ」

「そこまで考えてくれてたんだ……嬉しいなぁ」

 もっと言い伝え方があったかもしれなくて考えたけれど思いつかなくて、茉莉はストレートに「嬉しい」と口にした。それを聞いた涼乃は心底安堵した表情をした。

「茉莉にちょっとでも元気が戻ったのならよかったよ、そろそろ行こう?」

 涼乃も照れ隠しのように立ち上がった。もうすでにあたりは薄暗くなり、いたるところで電気がつき始めていた。茉莉も立ち上がる。

「あたし、エレベーターじゃなくて階段で降りたい!いい?」

「私もちょうどそう思ってた。階段で降りましょ」

 屋内フロアまで下りたらそこにあるドアを開けて、眼下に広がる明かりのともった藤沢市を見下ろしながら、二人はそろった歩調で階段を下りて行った。

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