四話 寺巡り
鎌倉駅は参道から少し離れた場所に存在している。鎌倉駅のロータリーからも鶴岡八幡宮につながる道があるので、そちらの道は浅草の仲見世通りのように、道の両岸に多くの店が建てられていて、メインの参道よりも人通りが多い。時間帯によっては道が見えないくらい人で埋め尽くされているような光景も見られる。茉莉がこの道で鎌倉駅まで行こうと決めた時間帯は、まだ通行人も多くなく、スムーズに歩くことができた。
見れば本当に様々な店がある。工芸品などが並べられたものや、昔ながらのおもちゃ屋さん、どこかで見たようなはちみつとアイスクリームの店をはじめとした食品店、観光地と全く関係ないはずのアニメグッズ売店、もちろんお土産屋もあった。そういえば、鳩サブレ買ってきてって言われたっけ。
来るときに見えた鳩サブレの売店をスマホで確認して、茉莉はいったん道を離れた。鶴岡八幡宮を参拝している間に開店した店の近くからは、お菓子を焼いたいい匂いが漂っている。
鳩サブレは、初代店主となる人物が明治時代にサブレを外国人から受け取ったから始まったとされている。味をまねて作ったサブレは当時全く人気が出なかったが、その後のお店のたゆまぬ努力と、それが離乳食に適していたことによって今日に至る人気を獲得している。ちなみにサブレが鳩の形をしている理由は、初代店主が鶴岡八幡宮を崇敬していて、鶴岡八幡宮の鳥居の「八幡宮」の八の字が鳩になっていること、境内には茉莉が観たような鳩が多いことが由来となっている。サブレの販売形態は多岐にわたっており、4枚から44枚まで、自分の欲しい枚数に合わせて購入できる。鎌倉の定番お土産であるだけあって、味はとてもよく、お茶と一緒にいただくと幸せなひと時を過ごせることだろう。
売店に入った茉莉は、家族と友人たちの分をそれぞれ四枚入りと八枚入りを1つずつ買ってバッグに入れた。意外と面積を占領したので後で買っても良かったかなと思ったけれど、忘れることよりもましだと考えることにした。充満したお菓子の匂いで、少しおなかが減る。せっかくなので売店を見て回ることにした。このお店は鳩サブレだけ売っているわけではなく、こだわられた和菓子も売られていた。鳩サブレが売られているエリアから少し離れているところには鳩サブレグッズが並べられている。パトカーならぬハトカーが目に留まったが、何となく買わないでおいた。
元いた道に戻った。風は陽の光を浴びたからかすこし暖かく、ようやく震えず動けるような気温になっていた。せっかくだからお土産屋によって、リスがデザインされた手ぬぐいと鳩の置物を買った。部屋に飾ろう。
風に導かれるようにして鎌倉駅に着いた。駅全体が和風なデザイン。江ノ電のホームを見つけるのにすこし苦戦したけれど、何とかたどり着くことができた。ここにも鳩サブレの売店がある。意外とどこでも買えるのかな。間もなく特徴的な緑の車両がやってきた。
茉莉は次の目的地を長谷に定めた。長谷駅の近くには観光名所があるらしい。近くには名前にもある長谷寺があるし、少し歩けば大仏のあるお寺もある。そんなわけで鎌倉から長谷まで、7分ちょっとの電車旅。途中また家のすれすれを電車が走るのでヒヤヒヤした。
長谷駅で降りる。ここは利用者が多いからか駅舎がかなり整備されている。先程降りた由比ガ浜駅は簡易的なカードリーダー1つしか置いておらず、切符形式ののりおりくんは乗務員さんに見せて下車という形を取っていたのを思い出す。今回は自動改札機に切符を通すだけで済んだ。道路に出れば親切なことに、長谷寺と大仏の方角を示す看板が見えた。
道路から少し歩けば、長谷寺にたどり着いた。入場料を払って境内を散歩することにした。
長谷寺は鎌倉の西側に立地している。鎌倉と言えば海と山に囲まれた地形で有名だが、その西の山に長谷寺は立地している。広い境内の庭に、これまた長めの階段、室内に観音様が鎮座している巨大な観音堂が特徴である。梅雨の時期の綺麗に並ぶ紫陽花も特徴の1つとして数えられる。
茉莉はその境内の庭を散策した。木々に囲まれていいリフレッシュになる。やっぱり階段の目の前で少し立ち止まる。
「こんなところでいちいち立ち止まっちゃダメだよね」
自分を勇気づけて、いつもより強い歩調で、一気に階段を登った。
上から見下ろす景色は後でのお楽しみにして、観音堂へと向かった。9mもある観音像がこちらを見下ろす……ことはなく、観音様はどこか知らない所を見つめていた。詳しい拝み方や意味を茉莉は知らないけれど、とりあえず手を合わせておいた。
観音堂をでて、見晴らし台まで歩く。鶴岡八幡宮とは一風変わって、海の見える見晴らし台になっていた。冬型の雲が幻想的な形を描いている。最初見ていた時よりも太陽は高く昇って、いつの間にか冬にしては心地のいい日和になっていた。空気が乾燥しているからか視界は明瞭で、対岸の逗子の街もはっきり見える。そんな景色を、写真におさめた。喉が渇いたから、そこにあった自販機でお茶を買った。いつも飲む味なのに、ここで飲んでいれば少し特別な感覚があった。気が済むまでそうやっていたかったが、大仏が待っていることを思い出して、茉莉は長谷寺を後にした。
長谷寺を出た道を左に曲がってそこそこの距離を歩けば、大仏を本尊とする高徳院にたどり着いた。門をくぐればもうすぐそこに大仏が存在感を放っている。高徳院は大仏を取り囲むように建物が建っている。観光客とみられる人たちがみんな大仏を拝んでいるので、一応拝むことにした。
「鎌倉の大仏」として名高い高徳院の国宝、阿弥陀如来像は全長12mにもなる巨大な銅像である。建造された経緯等は不明なものの、およそ700年前には存在していたと考えられている。もともとは長谷寺に見られるように、大仏を収容する建物が存在していたはずだが、被災によって現在の露座の形となっている。何度も修復を重ねなおそこに座っている姿から、悠久の年月を感じずにはいられない。
大仏胎内拝観可能の文字が目を引いた。どうやらこの大仏の中に入ることができるらしい。そもそも大仏の中身が人の入れるくらいの空間になっていることとか、大仏の中に入るのって普通に失礼に値するのではと思ったりとか、拝観料とは別に見学料も払う仕組みなのはちゃっかりしてるなと感じたりした事が頭の中をグルグルしていたが、頭を空っぽにして中に入ることにした。
大仏の中はそれに詳しくない茉莉にとっては「大仏の中だなあ」という感想しか出なかったが、将来鎌倉の大仏の話題になったときに、「あの中、入れるんだよ」と自慢する妄想をした。
境内の売店に立ち寄って、誰かのお土産に大仏のストラップを買った。茉莉の周囲に大仏が好きなような人は覚えがなかったが、それはそれで受け取った人の顔が見たくなった。お釣りに新めの500円玉が来て、少しだけいい気分になった。時刻はお昼前。雲1つない青空は澄んでいて、いつでも近くに海を感じさせるような美しさがあった。いったん長谷駅に戻ることにした。