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たびガール  作者: 諏訪いつき
6章 鎌倉編

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1話 紫陽花を見に行こう

 「い、今から?」

 茉莉はそう聞いて、頭の中でどうしようか考え出した。

 さっき涼乃に答えた通り、今日はこれと言って予定はない。紫陽花は確かに気になってはいるけれど、今はちょっと出かける気になれない自分もいる。雨も降っているし。

 「えっと……どこまで行くの?」

 悩む時間を稼ぐために、適当な質問を涼乃に投げかけた。

 「内緒。そんなに遠くないよ」

 「遠くないなら……。ちょっと待って、支度してくる。上がって待っててよ」

 この話を断ったら、この出かける気に満ち溢れた涼乃はこの後どうするのだろう。せっかく誘ってくれたのに、一人で行かせるのも、予定を無くしてこのまま帰ってもらうのも申し訳ないという考えが巡った茉莉は、この誘いに乗ることにした。

 簡単に支度を済ませて玄関に向かったら、涼乃が単語帳を眺めながら待っていた。

 「ごめんね、お待たせ」

 「ううん、急に呼んだのこっちだし。そうだ、一応電車乗るけど、ICカードある?」

 「一応持ってるけど……」

 電車に乗るということは、赤羽辺りまで見に行くのだろうか。

 「じゃあ、行こっか」

 立ち上がった涼乃と一緒に、茉莉は家を出た。 

 雨は先程よりも小降りになっている。今朝見た予報ではこの先ずっと雨の予報だったから、大きめの傘を持ってきた。濡れないように気を付けながら歩くのはさほど気乗りしない。そんなことを考えながら、大宮駅まで歩いた。

 「ええと、逗子行きは……こっちか」

 涼乃に導かれるままに茉莉も六番線へ。電車の到着を少し待つことになった。待っている間、ちょっと南に行くだけなら別に熱海行きでも変わらないのではと思ったけれど、現状涼乃に任せっきりなので、あまり詳しくは考えないことにした。

 結局その逗子行きが来るのには10分くらい待った。車内は席が埋まるくらいには混んでいて、運よく浦和駅で二人分の席が空くまでは立って待つことになった。

 その後、降りると思っていた赤羽駅も越して、池袋駅でも涼乃が降りる気配を見せずに最近身の回りであったこととか、したいことの会話をしていた。目的地がそろそろ知りたくなってきた茉莉は、会話の流れを申し訳なさそうに切って涼乃に尋ねた。

 「結局、今日はどこに向かってるの?」

 「ん?鎌倉」

 「え」

『そんなに遠くない』と言える距離ではなくて、数秒何も言えずに固まってしまった。雨粒とともに、景色が右から左へと流れて行く。冗談めいた口調で、「だましたな」としか言えなかった。

 「ごめんね、そうでも言わないと家から出てすらくれなかったかなと思って」

 「それは……そうかもだけど……」

 前回の日光での出来事が響いているから、もう遠くに行くのはうんざりだと思っていたし、最初から『鎌倉に行こう』と誘われても、断っていたかもしれない。

 「でも、どうして?あたしが居なくても紫陽花は見に行けるでしょ?」

 「最近元気ないでしょ?だから、紫陽花で茉莉の気をちょっとでも晴らせないかなって」

 「元気、無いわけじゃないよ」

 無駄とわかっていたのに、茉莉は少し強がった。

 「ついでに、最近何があったのか聞けないかな~って思って」

 どうやら、自分で思っているより自分の落ち込み具合を隠せていないらしい。やっとそこまで気づいた茉莉は、観念して涼乃に先月の日光旅行での受難を話す事にした。

 「……で、最後に中禅寺湖で転んでけがまでして、あんまり何も楽しくないまま帰ってきて、それから……ずっと落ち込んでたんだと思う」

 涼乃は終始同情した表情で日光旅行の顛末を聞いてくれた。それだけでちょっと救われた気分になる。

 「確かにそんな不幸に見舞われたら落ち込むかも」

 「でしょ?それからあんまり、外にも出たくなくって」

 「今日の紫陽花はきっと、また茉莉が外に出たくなるくらい綺麗だよ」

 「……ここまで来ちゃったらもう見に行くしかないみたいだし、ちょっと期待しとく」

 そう言ったのとは裏腹に、茉莉は紫陽花くらいで自分の気が晴れるのだろうかと半信半疑だった。

 電車は渋谷駅を超えて、ビル群の中を縫って南へと向かっている。次の駅は大崎と言うらしいが、もうここまで来たらどこがどこだかわからない。茉莉は会話をしながら、今日見ることになるだろう紫陽花について考えていた。そういえば、最近紫陽花についてよく考えていた気がする。どうしてだろうと思い返してみると、結城が紫陽花の話をしていたことを思い出した。確か、そこの土壌の質で花の色が変わるとか、そんな話。偶然だろうか。

 「偶然」という言葉が頭に浮かんだあと、また今日のことを考えた。そもそも外出をしたくないのは、気分的な落ち込みもそうだけど、日光へ行ったことによって懐事情があまり芳しくないのも一因だった。校則によってバイトもできない。けれど今こうして電車に乗れているのは、先日父が突然臨時で小遣いをくれたからだ。

 それまで何も聞かれていなかったにも関わらず、まるで茉莉の今日の予定がないのを見通しているかのように出かける気満々で、しかも当日にスマホで連絡を取るまでもなく家に押しかけてきた涼乃のことも気になった。今朝会ったときにも思ったけれど、今日予定がなかったらどうしたのだろう。母には「創立記念日は何もしないの?」と聞かれたような……。

 そこまで思い返してきた茉莉は、何も言わないで涼乃の顔をまじまじと見つめてしまった。 「どうしたの?」と涼乃が聞いてくる。

 「そういえば、紫陽花の話を結城が割としてたなって」

 「それで?」

 「今日は予定ないところを偶然誘ってきてくれたな~って」

 「そうだったね。ほんと、茉莉が暇でよかった」

 「昨日、パパが小遣いくれたし、この前、ママが今日の予定聞いてきたな~って」

 「うん?」

 「さては今日のこと、謀ったな?」

 「バレたか」

 涼乃はいたずらが成功した時の子供みたいにほほ笑んだ。これほどまでに行動力があったっけと茉莉は訝しんだけれど、それは心のうちにしまっておいた。

 電車は横浜駅を出発した。長いと思った電車移動も、これまでの時間に比べたらあともう少し。涼乃のおかげで、思ったよりは退屈せず鎌倉につきそうだ。空は味気ない灰色をしていて、梅雨の雨はずっと降り続いていて、あまり止む気配はない。

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