幕間 日食-2
茉莉の様子がおかしい。そう思ったのは、今年に入ってすぐの事だった。
上手く説明できないけれど、その行動の節々にいつもならあった自信みたいなものが抜け落ちたように見える感じがしていた。結城と拓也にそれを話してみたら、結城は「俺もそう思ってた」って言ってくれたけど、拓也は「特に変わらないと思うけどな」と否定的だったのを今でも覚えている。実際、茉莉の変化は本当に微細なもので、私たちに向ける態度は全く変わらず明るいままだったし、「いつもと変わらない」と言われても否定に困ってしまう位の違和感だった。
けれどゴールデンウィークが終わって、茉莉が風邪で欠席をしたなんて信じられないことが起きて、その数日後に茉莉と会ったとき、あの子の様子はさらに悪くなっていた。見るからに落ち込んでいるようで、会っているときは元気にふるまってくれているけれど、私たちともあまり話をしたがらない。最初は病み上がりだからかなと思っていたけれど、どう考えても「病み上がり」と言える期間を過ぎていても、その気分の落ち込みが回復することは無かった。茉莉の元気がないと、こちらまで日陰にいるような気分になって落ち着かない。
「僕もやっと気づいた。確かに二人の言っていると通りみたいだ」
いつものように友達四人と昼食を摂ったあと、足早にどこかへ行った茉莉を見送ってそう言ったのは拓也だった。
「な?あいつ、ちょっと前から変なんだって」
「日光で何かあったのかな」
直近で何か落ち込むことがあるとしたら、風邪と、その前に行ったであろう日光のことだろう。「自分の力だけで行ってみたい」と言っていたから、茉莉がゴールデンウィークに日光へと向かっていたことに気づいたのは、茉莉ママから受け取った人形焼きを受け取った時だった。風邪をひいた以外にも、手元に傷があったのも気になった。その事について聞いても、「ちょっと躓いちゃって。あ、治りかけだし、全然大丈夫だよ」と着丈に返されて、その会話が終わってしまったことを思い出す。
「そもそも、二人が前から言ってた茉莉の異変が起こった理由は見当がついてるの?」
「……」
「……」
拓也からそう聞かれて、結城と二人で黙ってしまった。確かに、全く見当がつかない。あの茉莉を変えてしまうようなこと。
「これまでも何か聞き出せないかとは思ってたけど、あいつ、そのことになると大体話を逸らしたりするからな」
結城は結城なりになんとかしようとしていたらしい。
「今は特に、私たちを避けようとしてるから、本人に聞くのも難しいだろうし……」
「あいつ、クラスでも話したりしないのか?」
「うん、あんまり話したくないみたいだし、そこに強引に話しかけてもなって私も思ってる」
結城と拓也はクラスが変わってから接点がこの昼食会くらいしか無くなってしまったから、余計に何が起こったかわかっていないようだった。
「昔みたいに明るい茉莉でいて欲しいって言うのも、わがままなのかなぁ」
頬杖をついてぼやいてしまう。小さい頃に孤立しがちだった私を助けてくれた時の茉莉のイメージが、ずっと脳裏にこびりついている。
「そこらへんも、茉莉の意思がわからないとどうしようもないよね」
拓也は今でも冷静だった。今も茉莉が心配で仕方ないから、こうやって冷静でいてくれたのはありがたい。
「どうにか励ましてやりたいけどな」
結城は私と一緒で随分心配しているようだった。
結局、今すぐどうにかすることはできないということになって、その日の昼食会はお開きになった。授業とホームルームが終わった後、あっという間に姿を消した茉莉の席を横目に、放課後の予定が無かった私はスーパーに寄ってから帰ることにした。
「あら、涼乃ちゃん」
寄ったスーパーで、偶然遭遇した茉莉のママ、瑠璃さんに話しかけられた。持っている買い物籠には大量の食品が入れられている。「こんにちは」と返して、ふと昼の会話を思い出して、茉莉ママに聞いてみることにした。
「茉莉、お家で落ち込んだりしてないですか?」
「うん、風邪ひいてから……ううん、日光から帰ってきてから、涼乃ちゃんの言う通り落ち込んでる。あれ以来、そんなに外に出ようともしてないの」
「やっぱり……。できるだけ茉莉を元に……いえ、助けになりたいんです。他に何か知っていたりしませんか?」
「私も心当たりがあんまりないの。病院でも問題なかったみたいだし……。」
「そうなんだ……」
ますます訳が分からなくなる。茉莉がいったい何を思い悩んでいるのか、一切見えてこない。
その後、軽い会話の後に瑠璃さんと別れた。別れ際に「茉莉のことで何か力になれそうなら気軽に声をかけてね」と言って、連絡先を交換してくれた。
家に帰って、もう一度茉莉に何かできることが無いかを考えた。もしかしたら、茉莉は一人でどうにかしようとしていて、わざと私たちを避けているのかもしれない。それが茉莉の意思なら、私たちが何かしてあげることも必要ないのかもしれない。余計なおせっかいを焼こうとしているのかも……。
「でも、そんなのさみしいよ」
茉莉はいつも私たちの心の中に土足で、でも優しく踏み込んできて来てくれたのに、いざ茉莉が困っていそうなときに私たちは何もしてあげられないのは、どこかさみしい。そんなことを考えて、その日は眠りについた。
翌日もまた、昼食を摂り終わったら足早にどこかへ消えていった茉莉を見送って、私たち三人でどうしようか考えることになった。
「茉莉、家でも落ち込んでいるみたい。やっぱり日光から帰ってきてから特に」
昨日瑠璃さんから聞いたことを二人に話した。
「そんなに日光って落ち込む場所か?」
結城は不思議がる。確かに、日光が仮につまらない場所だったとしても、そんなに落ち込むような茉莉じゃないと思う。日光は良いところだし。
「ゴールデンウィークの時期は混雑してそうだけど、それでも説明がつかない落ち込みよう……な気もする」
拓也もそう言っていた。
「昨日一晩考えたんだ。茉莉が望むなら、私たちはこのまま何もせず見守ってもいいのかなとか。でも私、やっぱり茉莉の助けになりたい」
「茉莉のお袋の話だと、先月の事で外がちょっとトラウマになったんだろ?なら、上書きするのが一番いいんじゃないか?」
「上書きかぁ……」
結城の言う事はもっともだと思うけど、簡単に悪い思い出を上書きできるような体験なんて、旅でも早々できるわけではない。
「それなら……紫陽花はどう?いまならいい感じに咲いているんじゃないかな」
「確かに!」
「でも土日に行くんだとしたら、どこも混んでるんじゃないか?」
結城の言っていることももっともだ。落ち込んでいる茉莉をわざわざ引っ張り出したのに、結局混雑を見に行くような場所に連れて行っても、元気は取り戻してくれなさそう。
「あるよ、混んでなさそうな日」
拓也はスマホを取り出して、カレンダーの平日のある日を指さした。
「あ!創立記念日!」
それはこの学校の創立記念日だった。この学校にのみある休日だったから、頭から完全に抜けていたし、カレンダーにも載っていない。今日言われなかったら、制服を着て家を出る寸前まで気づかなかったかも。
「ここなら混雑もさほどしてないと思う」
それでも多少人はいると思うけどね、と拓也は言った。
「その日にしよう!今度茉莉のママにあった時に、茉莉がその日暇そうか聞いてみるよ。行先は……鎌倉にしようかな」
「いいな、鎌倉。皆で行くか?」
「ううん、私に行かせてほしい」
みんなで行くとプレッシャーかけちゃいそうだし、と付け加えた。
「それなら俺らは会話の中にそれとなく紫陽花の話を混ぜて、茉莉の興味を引いとくか」
「僕にできることがあるなら、遠慮なく言って」
結城と拓也も積極的だった。茉莉の元気が無いのがかなり心配なのは、二人も同じことのようでちょっと安心する。元気を取り戻せない限りは、真に安心することはできないけれど。
そのあとの日々は、皆が決めたことを行動した。私は鎌倉の事をちょっとだけ調べて、瑠璃さんに連絡を取って、茉莉の予定が創立記念日に無いことを教えてもらった。拓也はその後、鎌倉周辺の混雑情報を調べてくれていて、どうやら本当に平日ならさほど混雑せずにどの社寺にも入れるようだった。実はそんなに効果を期待していなかっただけに、会話の中にしれっと紫陽花の話題を入れる結城の話術には恐れ入った。テンションの低い茉莉が、それでもちょっとだけ気になる様子で話を聞いていたのだから。
そして当日、私はいくつか準備をした後に茉莉の家の玄関の前にやってきて、息を整えた。
「大丈夫、いつも茉莉がやっているようなことを、私もするだけ」
そう自分に言い聞かせて、インターホンを押す。玄関から茉莉が出てくる。
「茉莉、今日空いてる?」
答えのわかっている問いをわざと投げかけた。
「空いてるけど……急にどうしたの?」
茉莉は不思議そうな顔をしている。
「紫陽花見に行こう!今から!」
自分でも驚くくらい明るい声で、茉莉を誘った。




