プロローグ2 今回は、自分の力だけで
あの病院での出来事が起こってから数日後、茉莉はいつもの友人、風見涼乃、神崎結城、蘇我拓也の三人とともに昼食を取っていた。年度が変わったと言えど、皆変わりはないようである。話題は、その病院での話。
「─ってことがあったんだ」
茉莉がことのあらましを皆に話すと、皆驚いたようだった。
「不思議なことも有るものね」
「でしょ?あたしもびっくりした」
「でも、これで旅も辞めづらくなったんじゃない?その子、茉莉の旅の話を楽しみにしてるんでしょ?」
「そうだね、もう次の場所も考えてるし……。いつの間にか、ちょっと慣れてきたみたい」
「お、次はどこに行くんだ?」
その行く先に結城が興味を示した。が、あえて答えないことにした。
「ふふっ、今回は内緒。自分の力だけで行ってみたいところがあるの」
「珍しいね、茉莉が一人きりで何かしようとするなんて」
「そうかな?」
「少なくとも僕は、あんまり見たことが無い」
拓也のその反応は、茉莉にとってはオーバーに思えた。
「そこに行ったら、いつもみたいにお土産とか買ってくるからさ、楽しみに待っててよ」
それから、四人はいつもみたいに日常の会話をして過ごした。昨日見たドラマの話、居眠りしていたクラスメイトの寝ぼけたまました発言が面白かった話、結城たちの担任の先生が教室のドアのレールに躓いて盛大に転んだ話など、様々な話題があった。そこで「クラスが別れるのも悪いことばかりじゃないね」という話をしているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、四人はそれぞれの授業が行われる教室に戻っていった。
その後の授業は、春の陽気にあてられてちょっとは眠くなったもののちゃんと耳を傾けていた。『心の穴』のせいでまたテストの点数が悪くなるようなら、友人からも家族からもまた余計な心配をされるかもしれないと思うと、一層勉強には身が入った。
放課後は三人みんなが部活で忙しいようなので、久しぶりの茉莉一人の下校となった。
「せっかくだし、琴音ちゃんに会いに行こうかな」
茉莉は親に連絡を入れた後、自宅とは別の方向へと足を向けた。
受付を済ませて病室に入ると、琴音は本を読んでいた。『シロと海原の旅』ではなくなっている。もう読み終わったのだろうか。ドアの開く音を聞くと、本から目を話して、その顔を晴らした。
「今日も来てくれたの?」
実はこの前の週にも1回病室に訪れたので、これでお見舞いは累計3回目になる。
「うん、ちょうど時間空いたから」
椅子を持ってきて腰かけた。この動作も3回目でもう慣れ始めている。
「今日はどこの話を聞かせてくれるの?」
「じゃあ今日は……川越の話でもしよっか。ここから近いよ」
琴音に川越の思い出を語って聞かせた。喋っている中に、欠落して思い出せない事柄が早くもいくつかできていて、川越の和菓子が恋しく思えた。
「退院したら、小旅行に行ってみようかしら」
「いいじゃん、いきなり江の島は遠いもんね」
「その時は、一緒に来てくれる?」
「もちろん!お気に入りのお菓子が見つかるといいね」
すると琴音は、急に不安そうな顔をし始めた。
「茉莉さん、このまま話していったら……その……」
「どうしたの?」
「ネタ切れとかしないかしら」
琴音の言う事も確かである。今日は川越の事を話したから、旅の事で話せるのはあと二か所分しかない。それにしても、変なところを気に掛ける子だ。
「今年は今のところ毎月出かけてるから、来月もゴールデンウイークが終わったくらいには新しいお話ができるよ」
「楽しみ!ねぇ、どこに行くの?」
今日これを聞かれるのは2回目。琴音にだけは言おうか迷ったけど、それはちょっとずるい気がした。
「それは来月その話をするときまで内緒。楽しみに待ってて」
「うん!いいなぁ、ここを出られれば、どんなところにでも行けるんだ」
琴音は窓に手を伸ばして、それから力を抜いて腕をおろした。この子の渇望にも近い外の世界へのあこがれは『心の穴』をチクリと痛めることがあるけれど、そのたびそれを察知されないように隠すのに少し苦労する。
「今日もそろそろ、マジックアワーの時間じゃない?」
それで余計な間が生まれないように、わざと琴音の気を逸らした。
「本当だ!夕焼けもきれいだけど、やっぱりこれが一番きれい」
しばらくそれを眺める時間があって、茉莉は心を何とか落ち着けることができた。
それから二人は、茉莉の学校生活についての話をした。長い間学校と無縁な琴音にとって学校生活は旅と同じくらい魅力的に思えるようで、会話の熱量を冷ますことは一切無かった。そうして会話しているうちに、茉莉の帰る時間はあっという間にきた。
「あたし、今日は帰らなきゃ」
この言葉を言うのにも、後ろ髪を引かれる思いがある。
「あら、えっと……また会えるの、楽しみにしているわ」
琴音は一瞬言葉を言いよどんだようだった。
「どうしたの?いま何か言おうとしてた?」
「いえ、『残念』って言ってしまったら、茉莉さんも帰りにくくなるかな、って思ったの」
それを聞いて、茉莉は安心したように笑って、「また必ず来るね」そう言い残して、茉莉は病室を後にした。
帰ってから茉莉は、いよいよ次の旅の計画を立て始めた。まずは行ってみたいところのピックアップから。
「東照宮に華厳の滝……戦場ヶ原とかも行ってみたいな。あ、牧場もあるんだ」
いくつか場所を見ているうちに、あることに気が付く。
「このいろは坂ってところを超えなきゃいけないんだ」
これを超える手段の中には徒歩はない。超えるなら、バスを使う必要がある。
「結構細かく時間を決めないとダメかも……」
バスの時刻表を見ると、その感覚は短くて20分。長いと30分を超す時間もあった。一度乗り遅れたら、計画の緻密さゆえにどこかに行けないという状況にもなるだろう。
「でも、今のあたしなら行けるはず」
過去4回の旅で培った自信が、今の茉莉にはあった。
その後、旅当日になるまで、少しづつ次回の旅の計画を完成に近づけていった。月をまたいで五月となり、日々がますます暖かくなった頃、旅当日を迎えた。




