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たびガール  作者: 諏訪いつき
4章 東京編

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8話 桜舞い散る

上野公園からパンダ橋を渡ってまた地下鉄の上野駅まで戻った茉莉は、今度は来た路線とは違う、銀座線のホームで電車を待った。電車は間もなく到着した。行先は終点の浅草まで。とは言っても浅草まではたった五分で到着するので、「この電車のまん丸おめめ、可愛かったな」とか考えている間に、電車が終点に到着するアナウンスが流れた。

 改札で今日何度も使った地下鉄のフリーパスを通したあと、「今日はお世話になりました」と心の中で小さくお礼をした茉莉は、まずは雷門を目指すため、雷門に一番近い階段から地上へと上がった。

 歩道にかかっている屋根を支える柱の赤が特徴的な通りを少し歩けば、雷門はすぐ見えた。多くの観光客が集まっていて、その中には外国から来たと思わしい人も多い。また、その中には人力車の側で客を待っている車夫の姿もあった。多数の観光客でごった返しているので、門を撮るためにスマホを頭上くらいにまで上げる必要があった。「せっかくなら」と思いたった茉莉は、わざわざわたる必要のない目の前の交差点を渡って、東京スカイツリーと雷門が中に同居する写真も撮って、「東京に来た!って感じがするね」とほほ笑んだ。

 浅草寺へと繋がる門で、東京観光のパンフレットなどにもよく描かれている雷門は、正式名称を『風雷神門』といい、その名の通り門の右には風神が、左には雷神が鎮座している。この門は江戸時代には存在していたとされており、その後何度も焼失を繰り返しては再建されている。現在存在している門は1960年に建てられたもので、鉄筋コンクリートで作られており、もう火による倒壊は心配することはない。

 「『風雷神門』なのに、風神さんだけ無視されてない?」

 門をくぐって、門に釣り下がる提灯の裏側の文字でこの門の正式名称を知った茉莉は、風神の扱いの悪さに同情しながらも、人でごったがえす仲見世通りを浅草寺の方面まで歩くことにした。この通りは浅草寺までかなりの距離があるのに、道の両側には途切れることなく店が立ち並んでいる。

「人形焼きに……雷おこし。お土産はここで買っていけばいいかな」

 お菓子だけでも様々な店があるが、そのほかにも和服、日本人形や工芸品を売っている店も多い。そのどれもが古くから営業されているもののようで、建物の細かなところからその長い時間を感じ取ることができる。実際に咲いているものではないが、季節の飾り物として桜の花がついている枝が通りにいくつも飾られていて、この散歩が、思わぬ花見ともなった。

 時には人の流れに乗って、時には人の間をかき分けて、通りの店が何を売っているのかを興味津々で見ながら歩いていれば、通りの終点にある浅草寺が近くに見え始めた。その前には二個目の門があって、左手奥の方には五重塔も見える。

 この二つ目の門、正式名称を『宝蔵門』といい、その名の通り法華経やその他重要文化財が上層部に奉納されている。門にぶら下がっている提灯には『小舟町』 の文字が刻まれているが、これは同じ東京の日本橋に存在する小舟町の町民が寄進したものであるから、だそうだ。

 その宝蔵門を潜り抜ければ、いよいよ正面には浅草寺の本堂のみが見える。右手にはおみくじを売っている場所があったが、今は後回し。本堂前の階段を登って中に入ると、観音様の像があって、その前の賽銭箱に多くの人が賽銭を投げ入れて、祈りを捧げている。茉莉もそれに倣うことにした。

「ここはお寺だから……二礼二拍手一礼じゃなくていいんだっけ」

 賽銭を入れる。

「でも……じゃあどうすればいいんだっけ?」

 ちょっと前に長谷寺に行ったばかりなのに、もうその時どうしていたかあまり覚えていない事にも気づく。とりあえずアドリブで、隣の人と同じように手を合わせて、目を瞑った。

「この『心の穴』、早く何とかしてください!」

 そんな願いを込めて。

 自分の気が住むまで祈った茉莉は、階段を下って、おみくじを引くことにした。その時になって、東京巡りの計画の時、涼乃と話したことを思い出す。

 『浅草寺にはおみくじがあるんだけどさ』

 『うん』

 『肌感でしかないけど、あそこめっちゃ凶出る』

 『ほんと?』

 『うん。だから逆に、あそこでも大吉出せたら、茉莉は本物のラッキーガール』

 『なんか、燃えてきたかも』

 確かそんな感じだったはず。そして今、茉莉はそのおみくじの目の前にいた。

 「なんか……」

 お金を入れる手が震える。

 「引けば引くほど、緊張するかも」

 大吉しか引いていない茉莉にも、大吉しか引いていないなりのプレッシャーがあった。

 浅草寺のおみくじは、くじ棒が入った筒を良く振って、出てきた番号の引き出しを開けるタイプのおみくじだった。出てきたのは23番。引き出しを開けて、紙を取る。

 「運勢は……うん、やっぱり大吉」

 茉莉の運は本物だった。

 引いた大吉の紙をポケットに入れたら、仲見世通りの方へと戻ることにした。明日の花見のためのお土産を買わなければならない。

 「さっき見た雷おこしと人形焼きを買って行けばいっか」

 花見中に食べるものが大量にあっても困るだろうということで、シンプルにその二種類を買うことにした。雷おこしは白砂糖と黒砂糖、人形焼きは論争が起こらないように粒あんとこしあんを両方同じ量購入した。これで平和が訪れるはず。

 「お土産を買ってると、なんか今日も終わっちゃうんだなって気分」

 会計をしながら、そんなことを思っていた。傾き始めた太陽も、その気分を加速させている。

 お土産も買い終わった茉莉は、東京最後の桜を見に行くために隅田川の方へと歩き出した。目の前には特徴的なオブジェクトが配置されているビルと、その奥に東京スカイツリーが見える。隅田川に架かる吾妻橋と言うらしい橋の目の前に曲がれば、隅田公園はすぐそこにあった。

 この公園は関東大震災の復興事業の一環で千九百年代前半に設置された公園で、その中には1kmに及ぶ桜並木が整備されている。この公園ではそのほかの花の名所ともなっており、その季節になれば紫陽花や彼岸花を楽しむこともできる。

 時間帯も夕方になっていたせいか、それとも上野や目黒、新宿御苑などの人が多すぎたせいか、この公園の花見客はそれらの名所と比べるとそれほど多くはなかった。

「なんだかんだで、落ち着いてお花見できるのは久しぶりかも」

 どの公園でもそうしてきたように、公園の並木に沿って北へと歩き出す。浅草寺の辺りも人でごった返していた様相だったので、新鮮な空気を吸えてリフレッシュできる。散ってそれぞれの風が流れる方へと飛んでいく花びらを見ていると、『心の穴』のちょっとした痛みも和らいでいく感覚がある。夕方にもなれば暖かくなった春の日差しの力も衰えているが、それでもまだ少し暖かい。

「こんな日が、ずっと続けばいいのに」

 花びらの行く先を負いながら歩いていると、そんなことまで思ってしまう。

 公園の途中には展望広場があった。広場から見えるのは、川幅の広い隅田川と、その対岸を走っている高速道路、もっと奥には上野で見た時よりもはるかに大きく見えるようになった東京スカイツリー。夕方特有の東の空の色も相まって、見た人を感傷的な気分にさせる景色になっていた。まずはそのまま見えた景色を1枚写真に収めて、そのあとは後ろに下がって、スカイツリーの横に桜の木の枝が映り込むような写真も撮った。そうしていると、偶然桜の花びらが茉莉の足元に降りてきた。今日は風が良く吹いたのだろうか。その花びらを追った目線の先には、いくつもの花びらが地面に落ちていた。その中の多くは、通行していた人に踏まれたのであろう、頭上の物とは違って黒く濁った色になってしまったものだった。

「今日の思い出も、こんな風に……」

 その先はもう考えついてしまっているが、何とか言わないように喉の奥にとどめた。それでもなお、似たような考えが頭の中に巡っていく。そうして考えながら歩いているうちに、並木の端の方まで到着してしまった。

「これで終わり、か」

 考えの整理はつかないままでいる。

「せっかくだし、あのスカイツリーの方まで歩いてみようかな」

 本来なら、このまま来た桜並木を戻って浅草駅から戻る予定だったが、今日はとんとん拍子に行程を遂行できた甲斐もあり、時間に余裕もある。

「行こう。今度こそ、あのスカイツリーの足元まで」

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