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たびガール  作者: 諏訪いつき
4章 東京編

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5話 もんじゃを食べよう

 茉莉の次の目的地である月島は、埋立地である東京の東南の辺りに位置する。茉莉が乗った丸ノ内線からは直通で行くことができないため、永田町か銀座で有楽町線に乗り換える必要がある。

「ここから近いし、永田町で乗り換えたらいいよね」

 永田町までわずか11分。先程渋谷で買った本を読む時間をなかなか取ることができず、ちょっともどかしいなと感じていたら、赤坂見附駅には到着した。ここからが問題だった。

「有楽町線まで350メートル!?」

 乗り換えるにしては長すぎる距離である。しかしその距離を確認したころには、もう茉莉が乗っていた電車はどこかへと行ってしまった。これでは今から銀座乗り換えに切り替えることもできない。乗り換える駅が丸ノ内線側は赤坂見附駅、有楽町線は永田町駅で、駅が違っていることに対して若干の違和感を感じていたが、それを無視していたことが裏目に出た。

 「しょうがない、歩くか……」

 乗り換え路線案内に騙された記念として『有楽町線まで350メートル』の看板を写真に収めたら、いよいよ有楽町線の方まで歩き出すことにした。階段をよくわからないまま上り下りした後は、乗り換えには一切関係のないはずの半蔵門線のホームを端から端まで歩く羽目になり、そのあともう1回階段を上り下りした果てに有楽町線のホームに到着した。道中は広告以外に味気の無い道で、ここまでの所要時間は10分。次の新木場行きは3分後。

 東京メトロ有楽町線は埼玉県和光市からずっと東南へと進む路線で、途中路線名の由来となっている有楽町駅を経由して、終点の新木場駅へと向かう路線である。丸ノ内線にさんざん混乱させられた茉莉も、この路線には安心して乗ることができた。月島駅までは8分でついてしまうので、やはり先程買った本を読む時間は無かった。車両の窓から見える月島駅の様子は地下鉄らしく他の駅とあまり変わらず、ドア上の電光掲示板を見ないと本当にその駅に着いたのかどうかよくわからない。

 月島の事などほとんど知らなかったので、「どれにしようかな……」といくつか出口を指さして、「神さまの言うとおり」の「り」で止まった指が差す7番出口から地上へ上がることにした。

 そこは今まで見てきた東京都はまた違った表情を持つ地域だった。マンションが多く立ち並んでいるのは他の地区と同じだが、この辺りのマンションはその建物の一部がオフィスとなっているものとは違い、比較的多くの人が住めるようなマンションが多いように見受けられた。それに、先に地図を見てしまったからだろうか、海が近い場所の空の色になっている気もした。

 「江の島が懐かしいな……」

 たった数カ月前のことを、数年前の事のように懐かしみながら街を歩いていたら、すぐに鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが香って、目の前を燻っては消える煙が見えた。それが月島を特徴づける場所であり、茉莉の目的地である『月島西仲通り』通称『月島もんじゃストリート』であることはすぐに分かった。東京で花見をするとなった時、その日の昼食は本場のもんじゃを食べることにしようと早い段階から決めていたのだ。

 「それにしても……」

 辺りを見渡す。

 「どの店がいいのか全然わかんないや」

 ここの通り、そして周辺には70近くのもんじゃ店があり、中には他の地区に同じ店があるためか、「本店」を名乗るような店も少なくなかった。一通り見て回ったけれど、どの店にどんな個性があるかまでは掴むことができず、無駄に数分、もんじゃ焼きのいい匂いが漂うその辺りを右往左往する羽目になった。」 

 『心の穴』が空いてから、どの決断をするにも必要以上の迷いが生じていることが、ここにきても響いていた。何かひとつ行動を決めるにしても、『心の穴』がその決定を不安にさせる。

 そこまで考えた茉莉は、『心の穴』にいつまでも遅れをとるわけにはいかない、と一度深呼吸をして、通りの中でもちょっとだけ小さなお店の暖簾をくぐった。

 店内は民家の中をもんじゃ屋に改造したような雰囲気をしていた。もんじゃが焼けるテーブルはわずか4席しかないが、それが逆に安心できる空気感を演出している。案内されたところに腰掛けて荷物を置き、メニューを見る。もんじゃについて特に知識のない茉莉は、メニューの一番上にある何の個性もなさそうなもんじゃを注文した。

 店内も空いていたので、注文後すぐ器いっぱいにもんじゃの材料が入ったものが運ばれてきて、店主と見えるに今まで聞いたこともないような質問をされた。

「こちらで焼きましょうか?」

「ええと……」

 茉莉は迷った。せっかくのもんじゃだし、自分で焼いてみたい。たまに家でも食べるから、自分だけでもできるかもしれない。だけどここまで来て、自分一人でできると思って失敗したら恥ずかしいし、後悔するかも……。数秒のうちに様々な考えを思い起こした茉莉は、結局「お願いしてもいいですか」と控えめな答え方をして、店員の人に焼いてもらうことにした。

「どちらからいらしたんですか?」

 慣れた手つきでキャベツの土手を作りながら店主が訪ねてくる。店主に焼きを任せてよかったと心から思う。

「埼玉です。今日は桜を見に来て。それで、もんじゃも食べたいなって思って」

「そうですか!ちょうど時期ですもんね」

 土手に少しずつもんじゃの液体部分が注がれていく。それがなんとも良い香り。

「千鳥ヶ淵の桜は見に行かれました?」

「千鳥ヶ淵……ですか?」

「そうです、皇居の西の辺りにあるんですけど、あそこの桜もいいですよ」

 キャベツの土手が崩されて、鉄板いっぱいにもんじゃを広げながら、店主は「時間があるなら行ってみてください」と言ってくれた。

「それでは、あとはお好みでどうぞ」

「ありがとうございます!」

 店主は厨房へと戻っていった。もんじゃが出来上がるまでを目を輝かせて見ていた

「いただきます」

 そう言ってヘラを手に取る。どこから手をつけていいのかわからなかった茉莉は、控えめな仕草で端の方をすくって口に入れた。

「熱っ!」

 顔を顰めてしまう。少しも冷まさないで食べたので、口の中が熱くて仕方ない。

 「でも、美味しい」

 表情はすぐに笑顔に変わった。なんだか心が満たされている感覚がある。

 そのあとはまたもんじゃの端をずっとすくっては食べるを繰り返した。トッピングの餅やチーズも良いアクセントになっていて、食べていて飽きない。電車移動をしていない時はずっと歩いていた茉莉は、久しぶりに訪れたこの安息の時間を堪能していた。

 「千鳥ヶ淵公園、だったよね」

 もんじゃに少し焦げ目がつくのを待っている間、店主のさっきの言葉を思い出して、スマホで調べ物をしていた。店主がお勧めしてくれた千鳥ヶ淵公園は、九段下駅を出て歩いてすぐのところにあるらしい。その九段下駅も、ここから15分強の電車移動で辿り着くらしい。

「今の時間なら……」

 現在時刻は12時半。トラブルもなくここまで順調に来られたので、時間の余裕は結構ある。念の為、その次に訪れることになる上野までの所要時間も調べたが、特に問題もなさそうだ。

 鉄板の上のもんじゃもいい感じに焼きてきたので、食事を再開。ヘラを使う手が止まることはなかったけれど、店内の雰囲気も相まってゆったりとした時間を過ごすことができた。最後の一口まで食べたら、小さく手を合わせて、「ごちそうさまでした」と呟いた。

 食べ終わって一息ついたら会計を済ませて、茉莉は店を出た。相変わらず、春の日差しが街を照らしている。

「さて、お腹もいっぱいになったことだし」

 お腹の辺りをさする。トッピングの餅が胃にかなり重くのしかかってきている。

「行こう!千鳥ヶ淵まで!」

 月島駅の階段を降りていった。

 

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