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たびガール  作者: 諏訪いつき
3章 秩父編

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エピローグ 次は桜を見に行こう

秩父の旅から数日が経ったある日。今日は茉莉が旅から帰ってきたらもはや恒例となっているお茶会の日であった。秩父を旅した日から空気はさらに春めいて、すでにいくつかの花が咲いている。今朝見たニュースではしきりに東京でも桜が開花し始めたということを報じていた。

 涼乃が家に来るまでの間は先日からずっと探している、次の旅で移動中暇つぶしに読む本を探していた。最近発売された本の情報を集めてはいるものの、どれもピンとこない。そうやって探しているとすぐにインターホンが鳴って、今日も読む本に関しては保留ということになった。

「茉莉、久しぶり!」

 久しぶりに見た涼乃の顔は晴れやかだった。『心の穴』が空く前は自分が一番明るい性格をしていると思っていた茉莉に、今は涼乃の方が明るいのではないかと考えがよぎる。

「うん、久しぶり」

 よぎった思考のもと、できる限りの元気で返事をした。

 そのあと間もなく、茉莉の部屋に日本茶の湯気が燻った。もう3回目ともなると、お茶会の仕組みも最適化され始めてきている。

「急須と湯呑、茉莉の部屋に置いて行っていい?」

 そんなことを言われたくらいだ。

「まあ、いいけど……どうして?」

「これからも茉莉がどこかに出かけたら、またお菓子買ってきてくれるでしょ?」

「あたし、出かけるのもぱったりやめるかもしれないよ」

 そう言いながら茉莉は先日買ってきた今日のお茶のお供、『すのうぼうる』を取り出して机に置いた。

「出かけるの、やめたいの?」

「そういうわけじゃないけど……」

『心の穴』を埋めるために旅をしているのならば、『心の穴』が埋まってしまえばこの旅の意味もなくなることになる。『心の穴』を埋めるための手がかりが見つからなかった場合も同じだ。しかし、『心の穴』の事は誰にも話していないので、理由を聞かれると困る。

「じゃあ、どうしてやめるかもしれないの?」

 聞かれてしまった。

「えと……飽きちゃう、かも」

「ふーん」

 訝しげな眼を向けられる。『心の穴』が空いてからはもう見慣れた視線だ。こんなことになっていなければ、つくづくこの親友に隠し事なんてするべきではないと感じる。

「まぁいいけど。私はこの時間が好きだから、なるべく続けて欲しいけどな」

「できるだけやってみるよ。さ、食べよ」

 『すのうぼうる』を箱から出した。

 「「いただきます」」

「美味しい!口の中でとろけちゃう」

 思わず茉莉の顔も綻びる。

「本当だ。この独特の甘さは……へぇ、メープルシロップ使ってるんだ」

 涼乃も満足しているようだった。

「確かに、秩父のお土産屋さんはメープルシロップを結構推してたかも」

 お土産屋で一人お土産審議をしていたことを思い出す。

「茉莉は次、どこに行きたいの?」

「うーん……。この季節だし、せっかくだから桜を見に行きたいけど、うちの近くの並木でも見れるんだよね」

「嘘、せっかくの花見なのにあんなとこで満足するつもり?」

「あんなとこって、涼乃……」

 涼乃には地元への思い入れというものがないらしい。

「それでも確かに、埼玉は桜の名所も密集してないから、一日に何カ所も回るのは難しいかも」

「そんなに?」

「うん。ちょっと待ってね」

 涼乃はスマホで何かを調べだして、すぐに画面を茉莉に見せた。映っている地図にはピンがいくつか立っている。

「まず1つ、埼玉で一番有名なのはここ」

 ピンの1つ目、埼玉県と茨城県の県境南側には『権現堂堤』の名前がある。それは茉莉にも見覚えがあるものだった。

「権現堂ね!ここなら昔連れて行ってもらったことがあるよ」

 そう喋りながら、両親に連れて行ってもらった日の事を思い出す。もう数年前の思い出。

「権現堂は確かに有名だし、とてもいいところだけど、ここまで最初に移動しちゃうともう他の場所に向かうことは難しくなる。それに、ここだけで一日を過ごすのもちょっともったいないかな」

「そうなの?」

「うん。多分1、2時間もあれば見れちゃう。しかもこの近くには他にあんまり桜で有名なところはないし」

 確かに権現堂は周囲のスポットから孤立しているように見える。しいて言えば、茉莉の地元大宮の大宮公園や、川越に数カ所、他は行田と越谷にいくつかあるくらい。そもそも埼玉県全体に名所が点在してしまっているせいで、公共交通機関を使う茉莉とは非常に相性が悪い。茉莉もそのことに気づき始めていたところで、数日前に自分が行った秩父や長瀞にもピンが立っていることに気が付いた。

「秩父、もうちょっと日が経ってから行けばよかったな」

「秩父はまた今度行けばいいんじゃない?逃げたりしないから。それよりも、私一押しの場所があるんだけど……」

「どこ?」

 先日の旅を後悔しそうになった茉莉の意識は、その言葉を聞いてすぐにそちらに切り替わる。

「東京」

「……ホントに?」

 生活のほとんどがさいたま市周辺で済んでしまい、あまり東京に足を運ばない茉莉にとって、東京はむしろ桜のないような街というイメージがこびりついていた。今思い浮かべているのも、江ノ島から戻ってきた時に見た新宿のビル群である。

「本当。東京は色んな所に公園があるし、川沿いには桜並木が植えてあることも珍しくないの。この時期にニュースで上野とか、目黒からの中継映像を見たことない?」

「……言われてみれば、確かに!」

「それに……ほら」

 再度見せてくれた涼乃の画面には、都内に密集している桜の名所のピンが映っている。

「東京はそういう桜の名所が密集してるし、地下鉄を使えば一日にたくさんの場所を見に行ける。なかなかいい感じじゃない?」

「地下鉄か~」

 茉莉の脳裏には新宿駅で迷った過去がよぎる。あの時も確か、地下の意味不明な構造で迷ったのではなかったかと追想する。

「今の茉莉なら迷わないよ、きっと。迷ったらまた、電話で泣きついてもいいよ」

 冗談っぽく涼乃が言った。やっぱり心なしかいつもより明るく見える。いつもなら「もう!」とちょっとばかり怒るはずだった茉莉は、『心の穴』に搔き立てられた不安に襲われて、弱気な言葉を口にした。

「……3回くらい泣きつくかも」

 見ているだけで頭が痛くなるような東京周辺の路線図を見ていたことも後押ししていた。ほとんどの路線が、意図がわからない不自然な曲がり方をしている。

「冗談で言ったのに……。大丈夫。看板と地図をちゃんと読めばもう迷うことはないよ。この前だって、ちゃんと新宿で乗り換えできたでしょう?」

「それはそうだけど……」

「そんなことより、次もお菓子買ってきてよ。『東京ばな奈』かな?あ!『雷おこし』もいいな~」

「私、まだ行くって言ってないのに……」

「でも行くでしょ?」

 もう「いや」とは言えない雰囲気になっている。

「……わかったよ、その代わり東京のこと、もっと教えて」

「もちろん!」

 強引に東京へ行く雰囲気にさせられたことにはちょっと不服だったが、涼乃のその返事を聞いてどうでもよくなった。

 そのあとは東京への旅の計画を二人で話した。涼乃はちゃんとしたルートや時間管理を計画することはせず、東京にある桜の名所の場所とそこへの行き方や、周囲に何があるかなどを重点的に教えてくれた。それから地下鉄が1日乗り放題になる切符の事も教わった。ここ3回のうち2回はフリー切符を使って旅をしていて、使った切符は旅の記念品として飾ってあるから、「このままいくと、一年後には8枚くらいフリー切符が部屋に飾られている状態になるな」と思いながら話を聞いていた。

 茉莉が大体の行きたい場所を決めて、こたつの上のお茶と『すのうぼうる』が無くなった頃に涼乃はこたつから立ち上がった。

「じゃあ私、そろそろ帰らなきゃ」

「あ、うん。今日はありがとう!」

「茉莉」

「ん?」

「何か困ったことがあったら、もっと頼ってね。私じゃなくてもいい。結城とか……拓也とか。」

 そう言うと、涼乃は返事を聞かずに部屋のドアを閉めた。

「そう言われても……」

「これはあたしだけの問題。本当は全部あたし一人で何とかしなきゃいけないんだ、みんなに迷惑なんてかけられない」

 妙な静寂に耐えられなくなって、決意の混じった独り言をつぶやいた。

 

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