8話 今度は、花の咲くころに!
長瀞の街がゆっくりと遠く離れていく。ここは宝登山ロープウェイの始点から三分の一程度進んだ場所。ロープウェイの車内放送で景色や山頂の紹介があるが、茉莉はそれすら耳に入らず外の景色を目を輝かせて眺めていた。景色には自分が通ってきた道も、下から眺めていた山肌の緑や茶色となっている様も角度を変えてみることができて、感慨深さを覚える。
景色に夢中になっていたら、山頂駅にはすぐついた。茉莉は「楽しい時間はあっという間だね」と感じていたが、実際のところロープウェイが山頂に到着するのにはおよそ5分程度しかかからないため、どちらにしろあっという間の時間である。
駅を出ると巨大な看板がお出迎え。周辺の地図が載っている。その右横には「ようこそ長瀞町へ」と書いてあり、左横には「蝋梅と梅香る宝登山」と書いてある。ここは蝋梅と梅が多く生えているらしい。あいにく蝋梅の季節はもう去ってしまったようだが、周囲を歩いていると開花終了間近の、桜とは違った淑やかさの花をもつ梅が至る所に咲いていた。山頂に向かいながら見かけた梅の花を流し目で通り過ぎては、その花と同じようにほほ笑んでこの道を楽しんだ。
道を楽しんでいれば宝登山頂まで長いと感じることなく到着した。山頂と言っても何か設備があるわけでもなく、木々の生い茂る丘の上にポツンと「宝登山頂」という文字とその標高が記されている。
「一応、宝登山登頂ってことでいいのかな」
その実ほとんどの行程を文明の利器に頼っていたわけだが、どこか誇らしさを持っていた茉莉だった。スマホを取り出して登頂記念に自分と山頂の看板を映した写真を撮影した時も、登山をやり切ったような顔をして写真の中に映った。
写真を撮った後は山頂の近くの下を見降ろせる場所に移動した。ここから見えるのは秩父鉄道で言えば皆野駅や親鼻駅周辺の景色で、標高が高く傾斜している土地にはここからでも見えるくらい木々がびっしりと生えていて、山々の狭間で平地になっている場所には人工物が密集していた。これほど「盆地」という言葉を一目で理解できる場所があったのか、という驚きがあると同時に、山と山の間に生まれた小さな隙間にも人工物がちゃっかり建設されており、人間ってこんなに抜かりないんだという印象も受ける。この景色の中で一番目立つ人工物は高架橋に支えられた自動車用の道路である。自動車でここまで来なかった茉莉はその道路の事があまりよくわからなかった。この道路は西関東連絡道路と言い、埼玉県深谷市から始まり秩父に至り、果ては関東山地を超えて山梨県甲府市へとつながる道路であり、埼玉県から他の県をまたがずに山梨県へと行くことのできる唯一の道となっている。たまに山梨へと向かう車が小さく見えていた。
山頂の景色を楽しんだ後は、先ほど訪れた宝登山神社の奥宮にも立ち寄ることにした。山頂付近はロープウェイ三重駅よりも整備がされておらず、森の中に道が続いていた。こちらも山頂からはさほど時間もかからずそれらしき建物を見つけた。正面へと回って、その神社の全容が見えると、茉莉は思わず「わ」と小さな声をあげた。
境内も社殿も麓にあったものと比べると格段に小さくはあるが、鳥居の前に座っている狛犬と社殿を囲っている柵はだいぶ苔むしていて灰色と濃い緑が混じったような色をしている。鳥居も先ほどまで見ていたような綺麗な白のものではなく、年季の入って黒ずんだ塗装のされていない木製のものとなっている。そのすぐ奥に見えるのが社殿で、こちらも木材になんの塗装も装飾もされていないまま建造されたと思わしき色をしており、その屋根も青銅と思しき静かな色をした金属に見えるもので作られている。背景には三峯神社でよく見た背の高く頂上付近にしか葉をつけていない木々が無数に並んでいる様になっている。これらが相まって他の着飾った神社よりも長い時の流れを感じ、荘厳さがあるからかこの神社はむしろ神々しく見えて、「わ」という声で開いた口は閉じず、肺に溜まっていた空気は感嘆のため息に変換された。
賽銭箱に入れたお金は一円玉だったけれど、いつもの二礼二拍手一礼はいつもよりちょっぴり丁寧にした。それが考え付く限りの誠意だった。
いつもより少し長めに祈った後は、もう少し山頂周りを散策することにした。さっき見た看板には動物園も近くにあると書いてあったはずで、そこまで歩いてみることにした。歩けば歩くほど、木の匂いがする。動物園に到着するのもそう遠くはなかった。が。
「今日は臨時休園!?」
運の悪いことに営業をしていなかった。
「はぁ、運が悪いなあ」
心の底から残念なため息が出たが、すぐに立ち直って「ま、またいつか来ればいっか」と自分を納得させた。
「今度は、花の咲くころに!」




