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たびガール  作者: 諏訪いつき
3章 秩父編

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5話 鍾乳洞と蕎麦

 三峰口駅から出発した電車は、東へと向けて出発する。白久、武州日野、武州中川と、今まで来た道を戻って、目的地の浦山口駅に到着した。

 浦山口駅はさほど大きな駅ではなく、最低限電車が止まれるスペースと、小さな駅舎に、大きな……桜と思しき木が三本ほど駅の側に聳えていた。どこかのフィクション作品で見るような、典型的な田舎の駅という印象を覚える。茉莉にとっての現実の駅とは大宮駅のような、プラットホームを端から端まで歩くだけでも5分以上はかかるような巨大な駅なので、このような駅はまさにフィクションのような、現実離れしたものに映っている。

 改札を抜け、まだ葉の芽吹かない並木のある坂を下りて、さっきまで乗っていた秩父鉄道の高架橋の下を歩いた。途中湧水が流されている場所があって、興味本位で触った茉莉は、その冷たさに小さく悲鳴を上げる羽目になった。

「鍾乳洞は……こっちね」

 スマホに表示されている地図を見て、枝分かれした道を左に曲がった。側に書いている看板にはキャンプ場への道のり案内が書いてあり、「いつかキャンプもしてみたいな」と思った。

 道を進んで少し経った辺りの左手に、大量の鳥居がある階段の先にある祠を見つけた。その様がどこか興味を引いて、茉莉は手元の時計を見た。

 「よかった、まだ時間ある」

 この階段を攻略することにした。

 途中から「これで登ってください」と言わんばかりの手すりのようなロープすらあるかなり急な階段だったが、何とか頑張って登ったその先には、とても心地良い景色が待っていた。

 丘の上にある先ほどまでいた浦山口駅の奥には盆地ののどかな街が見えて、その先にはまだらに木々の緑が映る山肌が広がっている。その様は湘南の海のようにきらびやかでも、三峰神社の辺りのように荘厳なものでもなかったが、これはこれで数時間は眺めていられるような素朴な景色の良さがあった。夢中になって眺めていると東の方から電車がやってきて、数十秒止まった後にまたゆっくりと西の方へと消えていった。この駅を見降ろしていることがどこかジオラマを眺めているのに似ていて、風情を感じていた。

 あと三十分はこうしていたかったが、今回の旅程はまだまだある。祠に軽いお祈りを済ませた後、間違えて階段を転がり落ちないように気を付けてゆっくりと階段を降りて、本来の目的地である橋立鍾乳洞へとちょっぴりの急ぎ足で向かった。道の右側から大宮の辺りではめったに聞かないような激しい川の流れの音がしている。この辺りを流れている荒川の音だろう。思い返せば、浦山口駅を三峰方面に出発するとすぐそこにあるのは荒川を渡る高い橋が架かっていた。日の当たる道を抜けたら、今度は少しうす暗い杉林の中を道が通っていて、本当にこの道で会っているのか不安になる。それに浦山口駅を出てから、通りすがった片手で数えられるくらいの車以外に人を見ていない。三峰神社にはまだ観光客がいたから、余計にこの道が正解かどうかの不安が募っていた。

 そんな中でもしばらく歩けば目的地へとつながる坂道が見えてきて、その坂を上り切ると岸壁の手前に寺があって、その左手に橋立鍾乳洞の入り口があった。このお寺も初春の花が淑やかに咲いていて、それに少し心が洗われるような感覚があったので、その名前も知らない寺にも少しばかり手を合わせた。

 橋立鍾乳洞の料金200円を払って荷物を置いたら、洞窟の入り口に向かって歩いた。係員の人が「頭上には十分お気をつけて」と言っていたのが少し気になった。

 「さっき見てた崖の中に入るのね」

 冒険心に胸が膨らんだ。

 洞窟の中は少しひんやり……というよりも。

 「……寒い!」

 一気に鳥肌が立つような寒さ。三峰も少し寒かったが、そこから降りてきて浦山口駅からここまで歩いてきた道は三月にしては暖かかったから、 気温差がすさまじい。全身から鳥肌が立つのを感じる。

 「しかも狭い!」

 係の人が『頭上に気を付けて』と言っていたのはまさにこのこと。ちょっとでも気を抜けば頭を打ちそうな場所がいくつもある。この洞窟を江の島の岩屋のようなものと想像していた茉莉の冒険心に、スリルというスパイスが加えられた。

 「怖いけど、なんか楽しい」

 茉莉は頭上と足元に怯えながらも、そんな気持ちで鍾乳洞の順路を進んだ。自然にできたとは考えられないような岩や、鍾乳洞にはよくある岩の氷柱が印象的だった。

 あまりにも急な階段を上がれば、鍾乳洞の出口に戻ってきた。外に出てきた瞬間に鍾乳洞よりはるかに暖かい空気が体を包み込んで、春の訪れはもうすぐそこなことが思い出された。

 もう昼の十二時ということで、ここで腹ごしらえも済ますことにした。どうやらすぐ近くに蕎麦屋があるらしい。

 「お昼ご飯の計画がいつも『行き当たりばったり』なの、これから大丈夫かな……」

 そんな不安を口にしながらそこへと向かった。

 屋根のみがある吹きさらしの焼き物が多く飾られた店内には一人も客がおらず、茉莉は好きな席を選ぶことができた。店員の人が暖かいお茶を持ってきてくれた。特に悩む時間も無かったため、そのタイミングでざるそばを注文した。届くまでの時間でお茶をすする。

 「時間がゆっくり流れてるみたい」

 店内には茉莉一人。近くに流れている清流のせせらぎの音はここまで聞こえて、この森の中のどこかで鳥が鳴いている。自分がお茶を飲む音、湯呑から口を話して小さく「ぷは」と息を吐く音も、いつもより大きく聞こえる。注文していた蕎麦が来たときは実際にはそれほど時間は経っていないはずなのに、何分待ったかわからないような感覚があった。

 「おいしそう……いただきます」

 出されたざるそばを見て、思わず顔がほころんだ。一口目をすする。この麺はいつも口にするような蕎麦よりもはるかに噛み応えのある麺で、噛めばそばの風味が口の中に強く広がる。

 「これ……とってもおいしい!」

 ほころんだ顔が満開の笑顔に変わる。それからは、無心で蕎麦をすすった。あっという間にざるに盛られたそばが無くなっていく。

 「もうちょっと食べたいけど、これ以上食べたら動けなくなっちゃうね」

 美味しいそばを食べられたこと、そしてそれが計画もなく偶然見つけられたことで、茉莉の心には普段感じないような喜びが満ちていた。一息ついたら、その喜びを胸に会計を済ませて店を発つことにした。

 「このまま浦山口駅に戻ってもいいけど……この時間なら影森駅まで歩いてみようかな」

 この地点から二つの駅はほぼ同じ距離。だからできるだけ多くの初めて見る景色を見るために、来た駅とは違う方の駅へと歩き出した。

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