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たびガール  作者: 諏訪いつき
一部一章 湘南編
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一章一話 「心の穴」について

 大宮駅に着いた茉莉は、切符売り場でICカードにお金をチャージした後、プラットホームに降りた。

 まもなくして電車が到着する。普通熱海行き。多分あってる。恐る恐る電車に乗りこんだ。途中停車駅に「藤沢」の文字があって安心する。とりあえずは目的地に近づけそうで安堵する。

 ボックス席に座ったら、電車はすぐに動き出した。早朝過ぎたのか混雑なんて状況とは程遠く、乗客もまばらである。ボックス席の斜め前に、茉莉より少し年上に見える女性が座って、アナウンスが流れる。次はさいたま新都心。

 一息ついた瞬間に、すぐに胸のあたりがチクリと痛んだ。また、「心の穴」だ。

 茉莉はなぜこんなことになったのか思案する。「心の穴」は、少なくとも一ヶ月前にはいつの間にか茉莉の胸の辺りに空いていた。穴をあけた直接の原因になるような出来事も思いつかない。埋め方なんて知るわけもない。だからそれが胸の真ん中をチクリと痛めた時には、ひどく動揺したことを覚えている。

 それから穴を埋めるためにいろんなことをした。刺激が足りないと思えば、友達を連れて外に出た。滅多に喋らないような人と喋った。穴は埋まらない。最近良い子として生きていない戒めではないかと思えば、久しぶりに母の家事を手伝い、あまり手をつけていなかった勉強もした。そういえばこの前のテストは史上最高の出来だったっけ。あまりの変わりように、家族からも涼乃からも驚かれたことを思い出した。それでも穴は埋まらない。新しいものが欲しいのかなと思えば、自分が欲しかったものを手が届く範囲で買いそろえた。結局、その翌日にチクリとした痛みを感じて、人生でこの先出さないような大きさのため息を出したことを覚えている。

 電車は浦和駅を出発する。次は赤羽。

 車窓を覗けば外は未だ暗く、マンションの常夜灯が光る。それ以外には何も見えないのが少し退屈で、また「心の穴」の事を考えていた。

 「心の穴」は、ただチクリと痛むだけではない。現れたときから、食欲が少し減ったし、あまり不便を感じたことはないけれど、体に力が入りづらくなった。少しけだるそうにしていただけで、母が大層心配して病院にも連れて行ってもらったが、結果は案の定何も見つからず。なぜか当事者の茉莉が母を「大丈夫だから」と安心させることにもなった。

 すべてが無意味に終わって、いつもは春の日差しみたいに活発な茉莉の心にも、相当な陰りが差した。見かねた涼乃が、「今日はおごりね」とカフェに連れて行ってくれたこともあったっけ。あの時も、結局「心の穴」なんて呼んでいるものをどう伝えればいいかわからなくて、それとなく「最近何があったの」と聞かれても、「えと……ちょっとよくわからないけど、調子悪いんだよね、あはは……」と誤魔化しただけで、詳しく話す事もできなかった。そもそも心なんてものが頭にあるのは知っているし、胸に穴なんて開くわけないのに、この胸にチクリと痛む穴は、どうやっても心の穴としか形容できないものであった。だから、そんなこと言ったって誰にも……一番の親友にも理解されないだろうと諦めていた。それでも涼乃は優しい目をして、「頑張るのはいいけど、息抜きにどこか出かけるのもいいんじゃない?そういうことしてないでしょ。」そんなアドバイスをくれた。確かに、一人で埼玉県から出たことはないけれど。

 困った顔をして、「でも、どこに行けばいいかわからないよ」と言ったら、「それは自分で決めることでしょ?」とごもっともな意見を返された。

 さらに困った顔をしていたら、「テレビとか見ていてさ、行ったことない場所とか、行ってみたい場所とかない?」と助け船をくれたから、しばらく記憶をたどる時間をかけた後、1つ思い当たる場所を考え付いた。

「江の島!江の島に行ってみたい!どうやって行くのかもわかんないけど……」

 思い出したのは、朝の天気予報の背景に映る江の島。海の上に橋が架かっていて、近くには大きな海岸が見える。島の真ん中には展望台。

「いいじゃん!初めての場所にうってつけだと思うよ」そういうと涼乃は、「今回が特別だからね」と、江の島までのルートを一緒に調べてくれた。

 茉莉の最寄り駅の大宮駅は、様々な路線が通う巨大なターミナル駅である。その中でも宇都宮線は、大体の列車が栃木県の宇都宮市から、埼玉、東京、神奈川を通り、静岡県の熱海までをつなぐ長距離路線だ。つまり、埼玉県から神奈川県までの長距離の移動も、場所によっては乗換もなく可能である。今回の目的地である江の島も、宇都宮線に乗っていけば藤沢でのたった1回の乗り換えでたどり着くことができる。茉莉にとっては、江の島がここまで簡単にたどり着けることができることさえ、新鮮な発見であった。

 そんなことを思い出して、やっぱりいい親友を持ったなと嬉しく思っている間に、電車は赤羽駅に近づく。東京へと向かう橋を渡ったら……浦和とは比にならないほどの夜景が見える。立ち並ぶマンションの常夜灯と、窓の光。ふいに現れたあまりの美しさを見て、茉莉はただぽっかりと口を開けていた。

 赤羽駅を出発したら、さらに南下。すでに未踏の地に進んでいる。景色もあまり変わらなくなってきて、座っているだけの茉莉に眠気が襲ってきた。次は……尾久……?藤沢までは……あと……どれくらいで……。

 眠気に耐えられなくなって、ここで意識が途切れた。

 

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