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たびガール  作者: 諏訪いつき
二章 川越編
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エピローグ 次のお出かけは……

川越の冒険を終えた翌日。茉莉はいつもの時間に起きて、これまたいつものように朝ご飯を食べていた。『心の穴』が痛むのも、もう日常の一部になりつつある。今日は彼女の友達が昨日買ってきたお菓子を食べに来る、お茶会が開かれる日になっている。

 昨日を含めて1つの予定として考えていたからそれ以外のすべての予定を空けていたので、逆に友人が来るまで暇になってしまった。そんなこんなで何かすべきことがあったような気もしながら、自分の部屋で少し痛む足をさすりながら地図帳を開いていた。開いているのは関東のページ。それを見ながら、ああでもないこうでもないと唸っている時間があった。

「江の島くらいの距離なら……でもあそこは交通機関が便利だったから行けたのかな……うーん」

 一人で考えていても結論が出ない。そもそも、授業以外で地図を開くのは初めてのような覚えが茉莉にはあった。

 結論の出ない考え事にもすぐに飽きてしまって、関東のページをもう閉じてしまったあと、今度は世界地図のページを見ていた。こちらはこちらで、知らない土地の名前ばかりが見える。歴史や地理の授業では多少扱っていた気がするけれど。

「ジュネーブ、フランクフルト、ミラノ……どんなところなんだろう。あ!ヴェネツィアは知ってる!」

 確か、テレビで「水の都」と紹介されていたところだ。

 スマホで少し調べてみる。日本からはおよそ1万キロ。飛行機のチケットサイトでは、茉莉の知らない次元の価格で往復チケットが売られていた。画像を見ると、日本では見ないような街並みに、水の青が綺麗に映っている。

「いつか行けるかな」

 その「いつか」を想像していた。画像に載っているような船に乗って、風に吹かれている時間を。

 そうしているうちに、今日一人目の来客がインターフォンを押した。カメラを見ると、この冬の寒さには若干の薄着の、やたら背の高い男がカメラ越しに見えた。茉莉の友人の一人、神崎結城(かんざきゆうき)だった。

「よ、茉莉。大丈夫か?」

「私は別に大丈夫だって。おはよ」

 茉莉は一言も相談したことはないのだが、若干の様子のブレを察知されたのか『心の穴』が茉莉に空いてからというもの、結城は会うたびに「大丈夫か」と聞いてくるようになってしまった。

「もうおはようって時間じゃないぞ」

「それもそっか」

 時刻は14時。

「……お前、本当に大丈夫か?」

 また結城に怪訝な顔をさせてしまった。

 結城を家に迎え入れて数分もすれば、涼乃も「やっほー」と言って家を訪れた。結城もそうだったが、2月にしては涼しそうな服を着ている。それほど今日の手には茶葉が入っているのだろうか、手提げ袋を持っていた。

「涼乃、いらっしゃい!」

 茉莉は笑顔で出迎えた。

「美味しそうなお菓子は買えた?」

「もちろん!部屋にあるから、見てみて」

「じゃあ、お邪魔します」

 涼乃も家の中へと入っていった。

 しばらくは茉莉の部屋で三人の談笑が続いた後、今日最後の来客がインターホンを鳴らした。モニター越しに、もう昼なのにまだ眠そうな青年の姿が見えた。

「茉莉、おはよ」

「もうおはようって時間じゃないよ、拓也」

 家の門扉の前には三人の共通の親友、蘇我拓也(そがたくや)が立っていた。

「僕にとってはおはようなんだよ」

「……私の部屋で寝ないでよ?」

「大丈夫、多分これからだんだん冴えてくる……はず……」

 元々ちょっと細めだから、瞼が閉じているかどうかはいつも判別がつかないのだが、それでも今日の拓也はいつもより眠そうに見える。そんなやつの「大丈夫」はあんまり信用できないけれど、拓也も他の三人のように茉莉の部屋に招き入れた。部屋の中ではすでに美味しそうなお茶の香りが漂っていて、四人分の湯呑みが置かれていた。涼乃は得意げな顔だ。

 全員が拓也と軽い挨拶をした後、茉莉も昨日買ってきたお菓子を部屋の中央のテーブルに並べ始めた。麩菓子、金平糖、芋けんぴ、芋羊羹……。袋から出していくだけでも、昨日の思い出が香ってくる。

「美味しそうじゃん!」

 涼乃のお茶を入れる手が、お菓子に見惚れて一瞬止まった。

 お茶が四人分入れられ終わったら、それぞれが自分のペースで湯呑みに口をつけた。熱かったのだろうか、結城は顔を顰めている。それとは対象に涼乃は涼しい顔で美味しそうにお茶を飲んでいた。一方拓也は、お茶がほどほどに覚めるのを待つことにしたようだ。その間に寝そうだが。

「川越はどうだった?」

「いい街だった。ずっとお菓子を焼いてる良い匂いがしてたよ」

 時折目を閉じて、記憶の中の蔵造りの街を瞼の裏に映した。たった一日しかたっていないのに、すべてが懐かしく、恋しい。

「それはよかった。おい、これうまいぞ」

 結城が麩菓子をかじって目を輝かせている。10年は若返ったような顔つきをしていた。

「茉莉はさ、いろんなところへ出かけることにしたの?」

 さっきよりは眠くなさそうな態度で拓也が訪ねた。同じく麩菓子を手に持っている。「この前は江の島に行ってたよね」と加えた。

「それは……」

 今日みんなと話したかったことが思わず話題に上がって、願ってもないことだったのに茉莉は言葉に詰まった。

 「ちょっと迷ってるんだ。私、川越に行ってみて、『他の素敵な街へ旅にいってみようかな』って何となく思ったんだけど、どこに出かければいいのかもわかんなくて。それを今日聞いてみてもいいかなって考えてた」

 その言葉によく反応したのは結城だった。

 「おお!それいいな。候補としてはどこがある?」

 「それが全然わかんないんだよね、出かけるとしても今までは近場だったし」

 茉莉は首を横に傾ける。

 涼乃が湯呑のお茶を飲んで、ほぅと一息をついてから、「県で言えば何県に行きたい?」と尋ねてきた。

 「私この通り全然知識ないから、最初は埼玉県がいいかなあ」

 場が凍り付いた。

 「え、埼玉ってなんもない……?」

 すると拓也が楽な姿勢から体を起き上がらせて茉莉に尋ねた。

 「茉莉、神奈川で言う江の島みたいな埼玉の観光名所、思いつく?もちろん川越以外で」

 「……」

 本当に思いつかない。

 「えと、大宮公園とか……?」

 自分で言っていてもあまりにも苦しすぎて、茉莉は一瞬の沈黙のうち笑った。周りのみんなも、同じように笑っていた。

 「茉莉のイメージの通り、埼玉ってあんまり観光名所がないんだよね、この辺りだってベッドタウンだから僕たちにとっては観光することなんてないし。特に今は冬だから、花見で有名なところも行く意味がないしね」

 「そっか……」

 茉莉はしゅんとした。

 「だけど」

 その一言で、もう1回顔を上げた。

 「1つだけ、秩父ならあるよ」

 拓也はスマホの画面を見せた。森の中の神社の写真と、綺麗な渓流の写真が写っている。

 「確かに!秩父って埼玉だったね」

 「お前それ、秩父市民に怒られるぞ……」

 結城がちょっと引いていた。

 「えへへ、そうだね」

 「とにかく、埼玉で出かけてみるなら秩父だと思う。江の島と同じくらい遠いし、江ノ島へ行くよりも難しいけどね」

 「どうして?」

 「秩父へ向かう路線が1つしかなくて、しかもこれ」

 時刻表を見せられた。それはどうやら熊谷駅のもので、ある一点が目を引いた。

 「……本数、少なくない?」

 「そう、1時間に多くて4本。大体は2本か3本しか走ってない。藤沢や江ノ島の方なら、こんなことは無かったよね」

 「なんなら帰るための迂回路まであるもんね」

 いつかの日を思い出して、涼乃もそう言った。

 「だから、あの辺りを巡るなら少し綿密な計画が必要かもしれない。難しそうなら、まずは県外のどこかに行ってもいいと思うけど……」

 「ううん、大丈夫」

 少し着丈に振る舞う。

 「計画を練っていくなんて、それこそ旅行っぽいし。きっと計画を練る時間だって楽しいと思うの。だって今、こうやって話してる時間も、こんなにも楽しい!」顔には笑顔が浮かんでいる。

「でもまあとりあえず」と結城が口を挟んだ。

「期末、なんとかしないとな。今の秩父はビビるほど寒いけど、期末が終わった頃にはマシになってるだろ」

「あ……」

 期末テストのことをすっかり忘れていた。考えないようにしていたから当たり前のことではあるが。『心の穴』が空いてから、うまく軌道に乗せていた勉強にも身が入らずにいた。ママが血相を変えて自分のことを心配し出したのも、2学期の期末テストの点数が今までではありえないくらい落ちていたことが判明した頃だったな、と茉莉は回顧する。

「ま、前回は危なかったし、今回こそ赤点をとらないようにしないとな。できる限り手伝うからさ」

「う、うん……」

「私も手伝うよ。それにテストが終わったころなら、めちゃ寒い秩父も少しは暖かくなってるよ」

「が、頑張ります……」

 それからずっとシュンとした茉莉を面白半分心配半分で他の三人がからかうことが続いて、そのうち今日のお茶会はお開きになった。

「次のお出かけは秩父かぁ」

「いい旅になるといいな」

 誰もいなくなった部屋で、そう独り言をつぶやいた。

 

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