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たびガール  作者: 諏訪いつき
二章 川越編
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最終話 決意

川越氷川神社を離れて10分ほど。蔵作りの街に戻ってきた。人の賑わいは静まる様子もなく、皆それぞれが休日を楽しんでいるようだ。茉莉もその1人。

 移動中すれ違った人が持っていたさつまいもチップに興味が湧いて仕方なかったので、まずはそれから買いに行くことにした。意外なことにそのお店は時の鐘のすぐ近くにあり、初めてきた時には見落としていたらしいと気づいた。多くの人が持っていただけあって少しばかり列ができていたけれど、迷わず最後尾に並んだ。時間の余裕はたっぷりある。

「全部の観光地が大宮から近かったらなぁ」

 湘南を巡っていた時は始発に乗ったり、ちょっと急ぎ足で回っていたこともあって、この川越の旅の楽さを身に染みて感じていた茉莉だった。

 数分待てばお店でさつまいもチップを買うことができた。通りすがる人のものしか見ていなかったからか、自分が持ってみると意外と量がある。

「これ、食べ切れる……?」

 もしかしたらシェア前提だったのかも、と買ってすぐ不安になった。

 そんなチップをちまちま食べながら蔵作りの街の雑踏に紛れて歩いた。道ゆく人に自分と同じものを食べている人もいて、ただ同じものを食べているだけだというのにちょっと嬉しくなった。

 川越最後の目的地である菓子屋横丁は、蔵作りの街の北西の一区画にある。近づけば、駄菓子屋にあまり行ったことのない茉莉でもなんとなく「懐かしい」と感じる匂いがして、すぐにその場所がわかった。ここでも木造建築の街並みが西日に照らされて輝いている。

 この道では歩いているだけで様々なお菓子が売られているのが見える。どのお菓子も美味しそうで目移りするけれど、やっぱり目を引くのは手に持っている黄金色と同じ色の芋菓子だ。芋けんぴや芋羊羹など、芋菓子だけでかなりのバリエーションがある。

「涼乃に良いお茶入れてもらって甘い芋菓子を食べる……。うん、これが良いね」

 近いうち川越に行くと涼乃に話したら、そのままとんとん拍子でお茶会の日程まで決まったのを茉莉は思い出していた。今回は茉莉も含め四人で集まることになっているけれど、それぞれの好みもわからないから、量で選ぶというよりは種類で選ぶことにした。目を引かれた芋けんぴ、芋羊羹はもちろん、今食べているものを小さくしたような芋チップに、変化球のチョイスとして金平糖や麩菓子を買った。大げさに用意したリュックがみるみるうちに埋まっていく。

「喜んでくれるといいな」

 友人の笑顔を想像しながらする買い物は、いつも以上の楽しさがあった。

 駄菓子の買い物も済ませたので今日することは終わった。のだが。

「芋チップ、全然減ってない……」

 それは先程購入したもの。茉莉の想像よりも多かったそれは、今彼女の胃を十分に満たしていた。けれど容器にはまだ何枚か残っている。

「どこかでゆっくり食べようか」

 腹ごなしもかねて、ゆっくりできる場所を探すことにした。賑わっている場所からは離れたかったので、川越氷川神社などがある方面とは逆の方面へと足を伸ばしてみる。ここらは埼玉ならよく見る住宅街だったが、それでもいつもは見ない景色だったから特別な感情を持てていた。

 街の賑わいから少し離れたところには名前も知らない川が流れていた。河川敷にも人が一人もおらず、ゆっくりするにはうってつけの場所を見つけて、ブルーシートを敷いて腰かけた。川の水は澄んでいて、川底が簡単に見える。せせらぎは気分を落ち着かせて、冷たい風さえ心地よく思えた。芋チップを一口。

「うちからそんなに遠くない所なのに、あんなに素敵な景色があるなんて」

 それは散歩をして薄々考えていたこと。自分が知っている場所はまだまだ少ないのだと感じていた。

「……この穴は当分埋まりそうにないな」

 心に一つ空いた穴は、空いたその日から存在感を薄れさせる気配すらない。

「何もしないのが一番良くないよね」

 『行動あるのみ』と友人が言っていたことを思い出していた。芋チップをまた一枚。

 また冷たい風が吹いた。それに目を細めたあと、決意を固めた顔で立ち上がった。芋チップはもうなくなっている。

「よし、決めた!」

 それだけ言葉を発して、茉莉は河川敷を後にした。

 川越を去る前に、もう一度蔵造りの街を通って帰ることにした。西日と木造建築の色がどこかノスタルジーを感じさせるような風景に様変わりしていて、先刻とは違った美しさがある。それをしみじみと見ながら、街並みを歩いた。昼頃とは違って寒くなっている上に、また冷たい向かい風が吹いて、自分の家の香りが恋しくなった。

「この寒さ、いつまで続くんだろう」

 吐く息は白い。

「……でも、もう少しすれば春だよね」

 川越駅までの道のりは、行きはそんなに遠く感じなかったけれど、疲れを感じている今はどうしても遠く感じる。

「バスの存在、忘れてた……」

 頭を抱えてももう遅く、仕方のない様相でとぼとぼと川越駅へと向かった。やっぱり遠い。20分強はかかっただろうか。見覚えのある駅舎が見えてきた。

「今日は電車止まってない!よかった……」

 先月の出来事は、若干のトラウマになっていた。

 ここまで来たら帰路はもう簡単で、たった4駅を電車で移動するだけ。幸いにも電車はすぐに発車して、茉莉は車内中ほどの席に座った。川越駅を発つときには、今更何かやり残したことはないだろうかと不安と名残惜しさが詰まった気持ちになったけれど、「また来ればいいよね」と自分に言い聞かせて、大宮駅までは今日撮った写真を見ていた。

 大宮駅の地下ホームは朝と変わらない雰囲気のままで、そこにどこか安心感を見出していた。エスカレーターを登ればあとはいつもの帰り道を帰るだけ。普段よく見る電車の行き先が、なぜだか少し魅力的に見えた。宇都宮、熱海、逗子。遠くは秋田や函館まで。そこはどんな景色をしているのだろう。

「こんなこと思ったの、初めてだ」

 名前だけしか知らない都市の事を考えて歩いていたら、家にはあっという間に着いた。これで川越への旅も終わり。湘南のように遠くはなくても、満足感のある旅だったと感じていた。

「ただいま~」

「お帰り」

 姿は見えないけれど、瑠璃の声が聞こえた。そのまま階段を登って、朝と同じ姿をしている自分の部屋を見て茉莉は一気に気の抜けた顔をした。荷物と上着を置いたら、自分の部屋のもう一人の住人にも声をかけた。

「グレイ、ただいま!」

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