8 田舎貴族の晩さん会
ティエラの視点に戻ります!
オーキッドの屋敷は本当に高台にあった。
屋敷の前に着いた頃には日もすっかり隠れて暗くなっていた。明日の朝には、ここから村全体を見下ろせるだろう。
「王都の貴族の方からすると、とても屋敷と呼べないサイズかもしれないけど」
「あれ、そういえば、ご一緒に暮らしている方もいないと聞いていたのですが」
屋敷には灯かりがともっている。
「今日はお手伝いを頼んでるからね」
中に入ると、エプロン姿のおばさん、おばあさんたちが4人出てきた。
「あらあら、やっぱり王都のお貴族様はべっぴんさんやねえ」「こんな色白な人、この村には誰もおらんわ」「はぁ、お美しい」「本当にそうねえ」
「おばさんたち、伯爵家の方なんだから、あまりなれなれしいのはやめてね!」
オーキッドがあわてていた。
「いいですよ。むしろ、伯爵家の娘というだけで崇め奉られるほうが窮屈で困ります」
「それならいいんだけど……。今日は料理をこの人たちにお願いしたんだ。僕は警備で家を空けていたので」
まるで、空けてないならもてなしの料理も自分でやったみたいな言い方だが、一人暮らしならそれで当然なのだろうか。あるいは、誰かが作って、届けてくれるのか?
私は薬草学は学んできたが、一方で料理や掃除は手をつけること自体をするなと言われてきた。私の一族は母親の身分を嗤うくせに、庶民的なことをやるのも否定するのだ。
「さあ、早速、料理を並べよう。晩さん会の始まりだ」
地元のおばさんとおばあさんたちが作ってくれた料理は、形式にこだわった貴族の式典のメニューとはずいぶん違っていた。
まず、たくさんの料理の皿が一斉に並べられる。式典であれば食べるごとに次のが出てくるところだ。
それと、食材が全然違う。実物を見たことのない野菜がいくつもあるし、魚などないだろうと思っていたら、川魚を焼いたものが出てきた。
あとは豚肉、鶏肉とも違う、おそらくシカ肉とイノシシ肉らしきもの。
「まさに山里の美食を集めたというものですね。ありがとうございます」
私は心から礼を言った。オーキッドだけでなく、おばさんたちにも。
「本当は食べた感想もその都度聞きたいだろうけど、帰りも遅くなるし、みんな、今日のところはこれでけっこう。本当にありがとう」
オーキッドがそう言って、おばさんたちには帰ってもらっていた。
彼女たちは笑顔で辞去の礼をしていた。彼女たちも慣れた様子でオーキッドが親戚の子供みたいに見えているようだった。
「村から信頼されているんですね。こういうのは礼節を超えて伝わるものです」
「それはそうかもね。僕は村を支配するというより、守る立場だから。一人じゃ、いかめしい領主面もおかしいし」
また、謙遜が卑屈にまで落ちそうになったと思ったが、ここまで小規模な領主だと胸を張るのも難しいかもしれない。
そういえば、私も王都では自然と卑屈になりかけていたことが多かった。
生まれが卑しく、かつ家からも保護されてない貴族というのは、なんとも中途半端で頼りないものだった。
王都でもいわゆる「田舎風」と呼ばれる素朴な形式の料理はあったが、これは本当に田舎の料理だ。
でも、それが不味いということはない。むしろ、食べているとほっとする味だ。
「来たこともないのに、なつかしくなるような味ですね」
「宮廷料理と違って香辛料が使われてないせいだと思う。だから、どうしてもシンプルな味付けになる。僕は肩肘張らないこういった料理のほうが好きなんだけど」
「私もです。それに作ってくれた方の愛情が感じられます」
愛情か。そんなものを感じられたことは久しくなかったな。
オーキッドがスプーンを持つ手を止めた。
「あの、食事中に堅苦しい話をしてしまって申し訳ないんだけど、ティエラさんに何があったのかお聞きしていいかな?」
「ティエラ、でお願いします」
「あ、そうだった……ティエラ。王太子からの紹介状に詳しいことは書かれてなかったけど、王都で長らく続く貴族、いわゆる『都市貴族』が地方の小領主と婚約することは普通はない。この婚約の話も実質的な流刑に近いものを感じたんだ」
オーキッドは利発な人だ。少し話すだけでもわかる。
「率直に聞かせてほしい」
王都の貴族は地方の貴族を田舎者とひとくくりにバカにしがちだが、オーキッドなら十分に王都でもやっていけるだろう。
「流刑……ではないか。あの山賊は金品ではなく、ティエラの命を狙っていた。正式に罪に問えないながらも、誰かがティエラの命を狙っていたということだ。ティエラの命を守るためにも教えてほしい」
「なるほど、紹介状には細かなことは書いてなかったんですね」
私は、まず、自分の出自を話した。薬草伯家の一員とはいえ、末端にいるにすぎないということを。
それから、王子が戯れに出した王の暗殺命令のことも。
「準備らしい準備も何もしていませんでしたし、気が大きくなって話しただけだと思います。王が消えれば自分が即位できる立場ですから、ついそんなことを口にしたのでしょう。本当に具体的に話が動いているなら、私が生きて王太子邸を出れるわけがないんです」
オーキッドは小さくうなずいた。先を続けろということだ。
「とはいえ、私は暗殺の話を聞いた者ですから、生かしておくリスクを感じたのでしょう」
「なるほど……。会ったことない方を悪く言うのはよくないけど、王子は愚かな方だ。いずれ命を落とされる」
ため息をついて、オーキッドはそう断言した。
「え! どうして、そう言い切れるんですか!」
私はびっくりして聞き返した。