7 王太子と婚約者 【王都視点】
今回はティエラ視点ではなく、王都側の話です。
「王太子、今頃、あの女はさぞかしひどい目に遭っている頃でしょうね」
にやにやとアルデミラ侯爵令嬢はよこしまな笑みを浮かべた。
ただ、王子のギルベールはそんなアルデミラの顔も嫌いではなかった。ほかの貴族の娘にはない底抜けの闇みたいなものにギルベールははまったのだ。
二人は庭園の東屋で酒を酌み交わしていた。
「そうだな。そろそろ、首が胴体から外れていることだろう」
ギルベールは王の嫡男として幼児の頃から王太子に任命された。まさに開かれた人生だった。あらゆる者が自分にひざまずいた。
だが、だからこそ、ギルベールはそんな人生に面白みを感じられなくなっていた。
あまりにも人生が自分の都合がよいように進むので、意外性がないのだ。どんな貴族に会っても、形式的なあいさつを交わしてくるだけで面白みがない。
だから、アルデミラの人を人とも思わないところに興味を持ったのだ。若い人間が不良ぶりたがるという、よくある病気にギルベールもかかったわけだった。
そしてアルデミラと逢う回数が増えるたびに、ギルベールの価値観もどんどんアルデミラに寄っていった。
「あのティエラという女、昔から気に入らなかったのよ。頭のいい女ですっていう顔をして働いてたからイライラしていたの。伯爵家の、それも妾腹、いやどこぞの娼婦との子なら妾腹とすら呼べないわね、そんな女がなんで、つんと澄ましているのよ」
勉学を放棄して生きてきたアルデミラにとって、知識のある人間はたいてい苛立たしい存在なのだ。
年をとったその手の連中はほぼ確実にアルデミラを諫めてきたので、余計に印象が悪かった。
それと、アルデミラがティエラを許せないことがもう一つあった。
あの女は化粧すればいくらでも映える。
薬草伯家の中でも立場が悪いせいで、誰かに言われるがままに生きているようだが、金に糸目をかけずに化粧をさせれば、相当の女になるだろう。
そういうことにアルデミラは敏感だった。だからこそティエラはアルデミラにとって危うい存在だった。
自分がギルベールの婚約者の地位を追われるとまでは思っていないが、かといって、ギルベールが王になった後、愛妾のほうが権力を握るということぐらいはありえた。
しかも、生来、権力欲のない女が権力を持った場合、どういう振る舞いをするか、アルデミラには未知数だった。
そんな潜在的リスクは排除しておかねばならない。
「あいつは本当にかわいげがないからな。しかも、こっちの命令を拒否した。だったら、その報いは受けてもらわないとな」
ギルベールの笑みはアルデミラにずいぶん似ていた。
「それにしても、田舎に追いやって、そこで殺してしまうとはいい案だな」
王子たちの悪友の中には非合法なことに手を染めている連中も多くいた。
その縁で、各地の荒くれ者とのつながりもあった。わずかな接点でもあれば、あとは金をちらつかせれば、連中は喜んで協力する、
ティエラが王都にとどまっているまでの間に計画を整えることはいくらでもできた。
「だって、王太子に逆らったなら、死で償うしかないでしょう?」
「たしかにな。いきなり山賊に襲われれば、処刑などと違って覚悟をする時間もとれないだろうからな。最も、恐怖に苦しんで死ぬことだろうな」
ギルベールの想像の中では、すでティエラの首が早馬で王都を目指しているところだった。
「親父の毒殺の方法ぐらい、直接薬草伯家の者が近づかなくてもいくらでも方法はあるはずだ。それを忠臣ぶって拒否しやがって! ムカつくんだよ!」
「あら、怒る必要はないんじゃない? 事が成ったって笑っていればいいのよ」
人が死ぬところを想像して、アルデミラは本当に面白そうに笑う。
「それもそうだ。ところで、念のため聞くが、事が露見する危険は本当にないのか?」
ギルベールはアルデミラと接するうちに気が大きくなっているだけで、元々の小心者の部分は消えていなかった。
「発覚するわけがないわ。山のほうの街道で山賊が出ることぐらい普通のことだし、仮にあの女が生き延びたとして、私たちが襲わせたという証拠なんて出せるはずがない」
「それもそうか」
〇 〇 〇
一方、その頃、フィルギナ王国の王マドリアドのところに冴えない顔の男が現れた。
王都の各地で活動する諜報員の一人だ。王のところに直接顔を出せるほどに地位の高い者だった。
王が近衛兵たちに守られながら、側近の大臣とチェスをしているところに、その男は近づく。
そして、王の許可も得ることなく、淡々と話しだした。その権利を王から与えられているのだ。
「酒場で王太子のご親友が、酔っ払ってこんな話をしていたそうです」
その内容は、王を毒殺してやろうと薬草伯家の娘と相談しようとしたが拒絶されたので、王太子が私刑にすることにしたという内容のものだった。
「わかった。下がっていいぞ」
静かに王が言った。
王も対戦相手の大臣も驚いた顔もせず、チェスの盤面を見続けていた。
「酔っぱらいの話だ。話半分に聞けばよかろう。ただ、そんな話が何箇所も聞こえてくるなら、気にはしたほうがよいだろうな」