40 王都への帰還
父からの書状が届いた時、私は気が気ではなかった。
なにせそれは夫のオーキッド宛てではなく、私宛てのものだったからだ。
つまり、ヘルティアを保護してくれたことに対するお礼のような、形式的なだけのものとは違うということだ。直接、私に対して何か言いたいことが書いてあるわけである。
正直なところ、見ずに済むのならそのようにしたかった。
父を貶めるようなことは何もしていないし、中身は叱責するようなものではないはずだ。とはいえ、わくわくしながら中身を見たいとは思えなかった。
私に対しての言及ではないとしても、まさか妹を勘当するといったことが書いてないともかぎらない。
怖々と開封して中身を確認した。
そこにはシンプルな謝辞と、妹とともに夫婦で王都に観光にでも来いということが書いてあった。妹が帰還する際には揃ってやって来るようにといちいちことわってある。
つまり、これは世辞ではなくて、一種のヘルティアの帰還条件なのだ。
ヘルティアが帰るには私とオーキッドが揃っている必要があるというわけだ。
これを無視するわけにはいかなかった。
オーキッドに話すと、喜んで賛成してくれた。
「里帰りもしろということだろ。いい話だと思うよ」
「家族仲がよければ、そうも思えるんですけれどね……」
薬草伯家はいろいろと確執がある家なのだ。
だいたい、義理の母がどんな顔で自分を出迎えるのか想像もつかない。
しかし、こんな手紙を握りつぶすわけにもいかない。それではこちらが悪者になってしまう。
結局、私は帰還日程の交渉などを王都の父と数回繰り返した。
今はまだ寒いので、雪解けがはじまる頃にという話になった。
たしかに雪が降り積もる季節は終わったものの、まだ春がスタートしたというにはほど遠い底冷えは残っていた。
〇 〇 〇
王都は私がいた頃とあまり変わっていなかった。
考えてみれば当たり前の話で、私が王都を出てから一年もたっていないのだ。
私はオーキッド、それとヘルティアと一緒に薬草伯家の応接間に通された。
父と義理の母が現れた時に緊張は極点に達したが、オーキッドもヘルティアも平常心ではいられてなかったので、みんな仲良く平等と言えたかもしれない。
最初に声を出したのは、義理の母だった。
「おかえりなさい、ヘルティア。それとティエラさん」
義理の母がこちらを向いた。
「これまでのことは本当にごめんなさい。許してくれというのは都合がよすぎるから言えませんが、後悔していることは知ってください」
「妹の面倒を見るのは姉としては自然なことです。『ごめんなさい』ではなくて、『ありがとう』と一言言ってくれればけっこうです」
「いえ、そうじゃないの。これまであなたにしてきた仕打ちを悔いているのよ」
これは夢ではないかと思ったぐらいだ。
義理の母に謝罪をされるだなんて、そんなことがあるのだろうか。
「子爵、遠路はるばるお疲れ様でしたな。こちらの家族の話で退屈かもしれないが、少しだけ辛抱していただけるとありがたいのですが」
父がオーキッドに話しかけた。
「いえ! どうぞ何時間でも家族団らんの時間をすごしていただければ……」
オーキッドは単純に貴族の邸宅を訪れることがめったにないので、それで緊張しているらしい。一応、オーキッドも貴族ではあるのだが、地元では形式的なものだったからしょうがない。
「私は貴族たるもの、一人ひとりが家の存続のためのコマにすぎないと思っていた。その根本は今もあまり変わらない。だが、コマ同士がもう少し仲良くしてもよかったのではと考えている」
父はゆっくりとうなずいた。それから、私のほうに視線を移した。
「ティエラ、たまには里帰りしなさい。王都にしかない薬草学の新しい知見もある」
「そうですね。そのようにさせていただきます」
私も笑顔でうなずく。
実家との関係が良好であるなら、それにこしたことはない。
「ヘルティアは今後、身を入れて勉学に励むとのことなので、そうであれば今回の家出は不問にする。もちろん、勉学に励むという部分が履行されればの話だが」
「しっかりと学ばせていただきますわ」
ヘルティアが深く頭を下げた。
私が嫁いでから、ようやくこの家は団らんという時間を持てるようになった気がした。
〇 〇 〇
応接間での時間が終わったあと、私はゲストルームに案内された。
元の私の部屋は違う用途で使われてしまっているだろうし、あくまでも今の私はオーキッドという子爵の妻なので、それはおかしなことではない。
ただ、落ち着く暇もなく、使用人から呼び出しを受けた。父が書斎で待っているという。
家族揃ってできる話もあれば、一対一でないとしづらい話もあるのだろう。




