38 妹の看護
私はヘルティアの額に手を当てた。
明らかに発熱している。
「あなた、風邪でも引いてるわね。掃除どころじゃない!」
「そういえば、長距離の移動から数日たって、少し口の中が荒れてはいましたが、熱まで出るとは思ってませんでしたわ……」
ああ、移動疲れが出たらしい。
すぐにそう判断するのは危険だが、現状、この地域でも王都でも疫病が発生したりはしていないし、口の中が荒れるという兆候もあったわけだから、疲労の可能性が高そうだ。
「とにかく、ゆっくり休みなさい。はい、部屋に戻って」
私はヘルティアを追い立ててベッドに寝かすと、すぐに治療薬を作るために研究室へ入った。
もっとも、体調不良を完全に治療できる特効薬などない。
あくまでも体力回復を補助する手段だ。それでも何もないよりははるかにマシだろう。
口が荒れているということは、口内炎やできものに効く薬草も使ったほうがいい。ユキノシタなら名前のとおり、雪をかきわければ、草が出てくるだろうか。干したものより、そちらのほうがいい。
あとは滋養強壮に効くものを中心にブレンドしていくか。
私は第一弾の薬をヘルティアに飲ませた。
「うぅ……苦い……」
「薬草伯家の嫡女なんだから、これぐらいは我慢しなさい。最低でも3日は寝ていること。たんなる疲れによるものなら熱はもっと早く引くかもしれないけど、そこで調子に乗るとぶり返すことが少なくないから」
「まさか、お姉様に看病される日が来るとは思ってませんでしたわ」
体調不良なせいか、儚げにヘルティアは笑った。
「私もあなたを看病するとは思ってなかったわ。そんなことを言ってたら、会うこともないかもと思ってたけど」
「そうですわね。王都を出発される時には王太子も健在でしたし、戻れるわけがありませんわね」
そうか。王太子との軋轢はヘルティアでも把握しているのか。
本当に当時とは状況も一変した。
たとえば私が王都に里帰りすることだって可能ではあるのだ。
「じゃあ、私はお店に行ってくるから。私がいない間はサニアに巡回するように言っておくわ。あんまり心細いようなら、お店を休みにしてもいいけど」
「いえ、お店に行ってください。もし急病人がいらした時にお店を空けていたら、お姉様も後悔するでしょう」
きっぱりとヘルティアは言った。
その言葉は、薬草伯家の人間としてのプライドを感じさせる、まっとうなものだと思った。
「薬草で対処できるのは急病人ではないのだけど、あなたの気持ちはわかったわ。ゆっくり寝ていなさい。それが今のあなたの仕事よ」
薬草店で仕事をしている時も、さすがにヘルティアのことが気にかかった。
朝食に変なものが入っていたわけはないし吐き気もなかったから、急性の中毒の可能性は低いし、ゆっくりと休めば自然と回復すると思っているが、人間の体というものは確定的なことがわからないので不安はある。
だが、ここで心配してもヘルティアの体調を回復させる効果はない。やれることをやろう。
私はお客さんがいない時間に、昼や夜、新たにヘルティアに飲ませる薬を用意した。
苦いのは嫌かもしれないが、効き目のほうが大事だ。きっちり飲んでもらう。
これまでの確執があろうとなかろうと、目の前に薬草を必要とする人間がいれば、自分ができるかぎりのことをする。それが薬草伯家の人間の存在意義だ。
その気持ちが消えてしまったら、爵位を持っていること自体がおかしいということになる。
薬草の調合中、妹は妹で苦労していたのだと思った。
その苦労の一端は、父が妹の能力不足を決して認めなかったせいだ。
それは薬草伯家としては普通のことではあった。
薬草伯家の一員である以上、ヘルティアが薬草の知識を求められることは将来もあるだろう。その時、誤ったことを伝えてしまえば、彼女の面目をつぶすだけでなく、最悪の場合、責任問題にもなる。
つまり、父は薬草学の知識については、一切妥協しなかったということか。
厳しい父だとは思っていたが、その点だけは尊敬できる。
幸い、お昼に食事で戻った時も、一日の仕事を終えて夕方に戻った時も、ヘルティアの体調が悪化しているというようなことはなかった。
一方で劇的に回復したということもないのだが、それは体調不良という性格上、やむをえないだろう。ゆっくり静養するしかない。
夜、眠っているヘルティアを確認して、私は食堂の椅子に座った。少し肩の荷が下りた気分だ。ヘルティアは明日のうちに回復してくる可能性が高い。
「オーキッド、今日は大変でしたよね」
「全然たいしたことないよ。それにサニアが気を配ってくれていたし、本当に僕は何もしてない」
多分だけど、これは謙遜じゃなくて本当にそう思っているんだろう。たしかにオーキッドが経験したような死線と比べればたいていのものは、どうということはないのかもしれない。
「ところでさ、一つ、ティエラに聞きたいんだけど」
「ええ、何でしょう?」
「君たち姉妹は本当に不仲だったの? そうは見えなかったけど」
私は苦笑いした。
「おそらく、今が人生で一番仲がいいんですよ」




