36 客人としてもてなす
私は屋敷に着くと、すぐにサニアにオーキッドを呼んできてもらった。
サニアとオーキッドにそれぞれあいさつさせるよりは、一回にまとめたほうがヘルティアもまだ心理的にマシだろう。
「薬草伯家の嫡女のヘルティア・エキュールです。もしお邪魔でなければ、しばらくこの地で逗留させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あなたは妻の妹にあたる方だ。もちろんご協力させていただきます。ただ、なんでまたこんな片田舎にいらっしゃったのですか?」
田舎から王都に上ることとは訳が違う。何か理由があると誰だって思う。
「恥ずかしながら、わたくし、薬草学の能力が不足していると叱責されまして……。王都を飛び出してまいりました。ただ、行くあてもなく、ご迷惑とは思いますが、この地に置いていただけないでしょうか?」
虚勢もないからか、ヘルティアがやけに小さく見えた。
妹は何の不満もなく生きていると思っていたが、そんなことはなかったらしい。
「ええ。余っている部屋もありますし。王都と遜色ないもてなしは不可能ですが、それでもよければ」
「もちろんです。これで文句を言えば、天罰が下りますわ」
ヘルティアは丁寧に礼をした。
「そういうわけだから、サニア、空き部屋を本格的に掃除してくれるかしら? あそこは元々客室だからベッドもあるし、ちょうどいいでしょう」
「わかりました! ほこり一つないようにいたします!」
「そんなことは構いません。腰を落ち着ける場所があれば……」
私はヘルティアのほうに手を出して、しゃべるのを制した。
「完璧なもてなしができないことと、いいかげんにもてなすこととはまた話が違うから。客人が来た以上はできるかぎりのもてなしはする。それに、いいかげんに扱われたら、あなたも腹立たしいはずよ」
「……そうですわね。お姉様のおっしゃるとおりですわ。お任せいたします。ただ、わたくしとしては場所を提供いただけるだけで感謝しておりますから」
この言葉にウソはないのだろう。今のヘルティアは自分を覆い隠すような余裕もなさそうだからだ。
よほど自分の将来が不安になったのか。
まあ、余計な詮索はやめよう。あまり行儀のいいことではないし、ここは王都とは違うのだ。妹を出し抜いて、自分が得をすることもない。
「では、奥方様、すぐに掃除にとりかかります!」
「私も食事を済ませたら、少し手伝います」
「えっ、お姉様まで掃除をなさらなくても……」
ヘルティアがまさかという顔になる。そうか、王都の常識で考えれば、これはおかしなことなのだ。すっかり忘れてしまっていた。
「ヘルティア、この屋敷の使用人はサニア一人だけなの。当然何から何まで任せっきりというのは無理だから、残りの仕事は私と夫がやるわけ。これがここの生活なのよ」
「そういうものなのですね……」
「さあ、食事にしましょう。移動中に食べていたものよりは、よほどちゃんとしたものが食べられるはずよ。少なくとも栄養に関しては保証するわ」
私はヘルティアを食堂にまで連れていった。
ヘルティアは黙々と昼食を食べていたので、よほど空腹だったらしい。田舎の料理もそこまで口に合わないということはなかったようで、お皿が空になるのは速い。
「私はまたお店に戻るけど、あなたはどうする? 夫なら応対してくれると思うけど」
「お姉様のところについていきますわ。それに……お姉様の夫のそばに若い女がべったりしていたら心証もよくないでしょうし」
「それは一理はあるけれど、どうせ、あなたの存在は村に知れ渡るから、あまり気にしすぎる必要はないわよ」
「広まるって、言いふらされるということですの?」
「村の噂の情報拡散力を舐めないほうがいいわ。今頃、村中に子爵の屋敷に貴族の客人が来たという話は共有されているから。逆に言えばあなたが自分の出自をはっきりさせておけば、心証がどうとかいった心配もいらないわけ」
ヘルティアはそれについてはあまり納得していないようだったが、噂が広まる問題は不可抗力なので、私としては耐えろとしか言えない。
お昼の薬草店の仕事もヘルティアはやたらと私の仕事ぶりを見ていた。
徒弟制の弟子みたいだと思った。こうやって師匠の技術を見て覚えろと言われるのだ。
よほど、後継者不足の仕事でないかぎり、師匠が手取り足取り教えることなどない。
まして、私の場合、ヘルティアは弟子でも何でもないので、余計に教える理由がない。
というか、よく考えたら、妹なのに私はヘルティアにほとんど薬草学について教えた記憶がない。
お高くとまっているヘルティアに私が何かを教えようとすれば、それはヘルティアのプライドを傷つけることにつながるので、私が避けていたのもある。ヘルティア側もそんなものは求めていなかった。
姉妹として仲が悪いという以前に、私たちは姉妹らしいことをしていなかった。
なので、やたらとヘルティアに見られるのは変な気分ではあった。




