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【連載版】地方に追放された伯爵令嬢は、子爵の夫と第二の人生を幸せにすごす  作者: 森田季節
第4部 雪が積もるところでの生活

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33 嫡女の家出 【王都視点】

「いったい、なんだ、この出来は。このていたらくで、本当に薬草について学んできたと言えるのか?」



 薬草伯のドーミルは自分の嫡女であるヘルティアを叱りつけた。



 あくまで叱ったのであって怒鳴ったりはしない。



 学問で身を立てる家である薬草伯家は野蛮な暴力には手を染めない。そんなことは頭の悪い貴族のすることだ。それがドーミルの主義だった。



 だからといって、叱られる側が得をしたと思ったりするわけなどないのだが。



「お父様、わたくしは手を抜いたわけではありません。自分なりに勉強をしてまいりました」



 ヘルティアは胸に手を当てて、自分はよくやったとアピールするように言った。



「お前の中での努力は薬草伯家として恥をかく程度のものか。だったら、何の意味もない。泥棒が捕まったあとに道理を語るようなものだ」



 ヘルティアも言葉に詰まる。

 彼女の真ん前には薬草学に関する問題用紙が置いてある。問題は親であるドーミルも監修に参加したものだ。



 薬草学は知識不足が誰かの死に直結するものであるため、関係者たちは極端に能力のない者が入ってこられないように、同業者組合のような一種の参入障壁を設けていた。



 薬草伯もそれは例外ではなく、試験での及第は家を継ぐ際の最低条件である。



「あなた、ヘルティアに強く当たりすぎですよ。そもそも薬草伯家を継ぐとしても、それはヘルティアの婚約者でしょう」



 ドーミルの妻のクレアノールが娘を弁護する。



「だからといってこのまま結婚すれば、薬草伯家の娘なのに素人と大差ない知識の人間だと嘲笑されることになるぞ」



「いくらなんでも、素人ほどではありません!」



 口答えする娘をドーミルは苦々しげににらんだ。



 それからすべてを諦めたように嘆息した。





「やはり、学問はティエラのほうが優秀だったな……」





「あなた、それは、あんまりです!」



 妻が声を荒げたが、ドーミルは平然としていた。



「あんまりというのは、どういう意味だ? ティエラのほうが優秀というのが間違いであれば、私も言葉を撤回するが」



「それは……」



 妻が言葉に詰まったことが事実が何かをすべて物語っていた。



 そして、中途半端にかばわれたせいで、かえってヘルティアの傷は深くなった。



 ヘルティアは父親が自分をひいきしたりはしないことをよく知っていた。



 この父親は客観的な事実を曲げることをよしとしない。



 たとえば、母親の違いによる子供の地位の差は超えられない差としてそのまま認める。



 だが一方で、能力の差については、生まれの違いで甘く見たりはしない。



 嫡女の地位にあろうと能力が低ければ、それをはっきり指摘する。



(母親の違いだけで立場を保証されているだけだなんて、本当に屈辱的ですわ……)



 ヘルティアは昔から、自分の頭の回転が腹違いの姉ほど速くないことを実感していた。



 そのくせ、正妻の娘である自分が家の看板として振る舞わないといけないのはヘルティアにとって苦痛だった。



 同母の姉だったら、あの姉が家を背負ってくれるのにと、身勝手な憤りを覚えたこともある。



 今はナクレ州という田舎で暮らしているそうだが、どうしているのだろう。

 それで幸せに暮らしているのだとしたら、ヘルティアとしては鼻持ちならない。



 責任はヘルティアにだけのしかかってきて、誰も肩代わりしてくれないのだ。



「一か月、徹底的にわかっていないところを復習しろ。嫌になるほど繰り返せば、覚えが悪くてもいずれ定着する。わかったな?」



「もう……わたくしに嫡女の地位は無理です……。だいたい婿を取らずとも、弟が家を継げばそれでいいではないですか……」



「まだ小さい弟がどう育つかはわからん。それに親戚があり余るほどいるわけではないから、婿にも薬草伯の地位を継げないにしてもそれなりの地位は保証できる。それは婿のほうもわかっているから、婚約者になることを受け入れたわけだ」



 つまり、自分も婚約者も弟もすべては薬草伯家という大きな馬車の部品に過ぎないのだ。



 そして、その部品としての役目をヘルティアは上手く果たせていない。



 もう嫌だ。



 そうヘルティアは思った。








 まだ16歳のヘルティアは思いつめると、行動に出るのも速かった。



 旅行用の服をカバンに詰めると、早朝に屋敷を飛び出して、王都の外に出る馬車に乗った。



 目的地はない。だが、王都から離れられれば、とりあえずはそれでよかった。



 しかし、二日、三日で戻るのも空しいし、どうせなら遠方の土地を目指したい。



 自然と馬車で東部のほうへと向かっていた。



 そうしているうちに、一度、姉の顔を見てやろうという気になった。



 別にからかいに行くのではない。そもそも、最悪勘当されるかもしれない今の自分は姉の地位よりはるかに不安定なのだから、からかうどころではない。



 ただ、突然、遠方へ嫁いでいってしまった姉のことが気になっただけである。



(今のままでは定住する場所もありませんし、泊めるぐらいはしてくれるのではないかしら)



 追い出されたらどうするのか?



 その時はその時だ。


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