32 みんなで改良
スープの味付け自体は基本的なものでいいだろう。鶏の骨を煮出して、旨味を出す。あとは、塩を入れていけば、味は安定するはずだ。
「まあ、極端に塩辛くないかぎり、塩味があればおいしいでしょう」
大切なのは野草だ。これで、ほかのスープとの違いを出す。
野菜として食べても何も問題ない野草をたくさん入れていく。むしろ、食べれば食べるだけ健康になっていくとも言える。
念のため、味見もするが――
「うん、問題もないでしょう。これなら人にも出せます」
続いて、薬草のサラダ、こちらはドレッシングでさっぱりと。ドレッシングにもいろいろと香草を入れてある。
肉はオーキッドの作っている燻製でいいだろう。
私が狩りを覚えたところで、肉の味が変わるわけでもないし。
というわけで、私はオーキッドとサニアが座るテーブルに、サラダとスープを出した。
「はい、どうぞ。お召し上がりください」
私はテーブルの横に立って、様子を見守る。
「ティエラ、そこに立たれると緊張するから座っててほしいんだけど……」
「せっかくだから、食べた反応を見たいなと思いまして」
オーキッドはサラダではなくてスープのほうから食べるらしく、木のスプーンを入れた。
どうだろう。なかなか自信のある一品なのだけれど。
しかし、私の自信はすぐ打ち砕かれた……。
「うえぇ……変な味がする……」
オーキッドは目を閉じて、表情をゆがませた。
自分が見たことのないような苦悶の表情だった。少なくとも、冗談で作れるようなものではない。
「えっ! そんなにひどいんですか? いくらなんでもおおげさでは……」
「だって、本当に苦いんだって……。できれば僕もおいしいって言いたいんだけど、想像の斜め上をいく苦さで無理だった……」
「これでも味付けの確認はしたんですよ。食べられないなんてことは……」
だが、サニアも味に顔をしかめていたので、これは味に問題があると言わざるをえない。
「奥方様、申し訳ありませんが、これはサニアには難しいようです……」
「おかしいですね……。私の味覚がおかしいということもないと思うのですが……」
渋い顔をしていたオーキッドはそれでも少しずつ確かめるようにスープを口に入れて、一つの仮説を提示した。
「たしかに、いわゆる『まずい味』ともちょっと違うんだ。そういうのは味付けが全然不足しているだとか、土臭いとか、そういった味だけど、ティエラのはまた別だ」
「別といっても、まずいことはまずいんですよね?」
「広い意味ではそうだけど、ティエラのこのスープは薬臭いんだよ。健康にはよさそうだけど、食事として摂取するにはきつい」
サニアが同意を示すようにうなずいた。
「多分だけど、ティエラは薬草に慣れてるから、この味で違和感がないんだと思う。ただ、慣れてないといろんな香草が鼻についちゃうね」
「その可能性は…………極めて高いです」
私は素直に認めた。
「幼い頃から苦いものを食べて育ちましたので、おそらく苦さに対する許容範囲が人より大幅に広いんです。なので、おかしなことになるのかなと……」
「そういうことだね。味付けをマイルドにすれば、どうにかなると思うんだけど、まだスープは残ってる?」
「はい。調子に乗って作りすぎましたので」
このままでは夜も口に合わないスープが登場することになる。
「苦さがやわらげば印象は大幅に変わるはずなんだ。というわけで、みんなで調整しよう」
そのあと、オーキッドは私とサニアを連れて、台所に行った。
そして苦さを消すためにショウガを入れたりだとか、ああでもない、こうでもないと一緒に試行錯誤を行った。
そんな改良をしばらく繰り返すと――
「うん。これなら癖も少なくて、飲みやすい味になってる」
オーキッドは味見をして、納得したようだ。
続いて、サニアが味見をする。私が後回しなのは薬草の苦さに関しては、私の舌はあまり尺度として使えないからだ。薬草伯家として生まれた弊害とも言える。
「おいしいです! 苦さが後ろに退いているので、おいしくいただけます!」
「うん、成功だね。いい素材は使っているから気をつければちゃんとおいしくなるはずなんだ」
こうして、私の失敗作に近いスープは改良の結果、成功の側に引き込まれたのだ。
一度目の料理としてはまずまずではなかろうか。
最後に私もその成功の味を確かめるべく、味見をする。
「どう、ティエラ、おいしくなってるでしょ?」
オーキッドが自信を持った顔でこちらを見た。
「おいしくはあるのですが、勢いはないというか、私としては物足りないですね」
「やっぱりティエラの味の好みはズレてるよ」
「もう少し薬草の主張を強くしたいのですが、そんな料理ばかり作って夫婦の溝ができたりしたら本末転倒ですので、ここは妥協することにします」
私の説明にオーキッドもサニアもくすくす笑った。
「味のことは置いておくとしても、みんなで料理の味を決めるっていうのは楽しいものだね」
私も、強くうなずいた。
「その点には異論はありません」




