30 宿場町のデート
オーキッドが町と言っていたのは、その近くの宿場町ナラージュというところだ。
王都やその近辺の町とは作りがまず全然違う。
私とオーキッドが歩いてきた街道の両側にいつのまにか家並みが増えてきて、次第に両側が商店だらけになっていく。
「へぇ、そうか、街道沿いの宿場町だとこんな構造になるんですね」
通りに面した建物は意外と背が高くて、三階建てぐらいのものもある。私は顔を見上げながら歩く。
「多分、王都のあたりとは違うよね。王都の町並みは通りが東西に走ってるんだっけ」
「そうですね。構造からして違います。たしかに街道を歩く人なら、道の両側にお店があれば、街道を進む人のタイムロスもなくて助かりますね」
街道の途中は通行人の数も知れていたのに、町の中は人も多い。馬車がすれ違うために、速度をゆるめていたりする。
「さてと、かなり歩いたので、休憩できるところがあれば……」
「任せて。この町の店はだいたい知っているからね」
オーキッドはさっと私の手をとる。ここはエスコートしてくれるということか。
オーキッドは、以前ほど私の手をとるのに戸惑わなくなっていると思った。しっかりと、夫をつとめてくれているんだ。
でも、私のほうはまだうれしさのようなものが残っている。こういう気持ちはできるだけ風化しないように持っていたいところだ。
通りをそのまま進んでいくと、声をかけられた。
「若い恋人さんたち、こっちのお店寄っていかんかね?」
屋台の人の声が大きくて、少しびくっとしてしまった。
「ああ、あそこの店員は声が大きいからね。先に言っておけばよかった。ごめんね」
「いえ、別に怖かったりしたわけじゃないんですが……恋人に見えているんだなって」
村から外に出ていなかったので、私とオーキッドがどう見られてるかなんて意識していなかった。
「恋人も何も夫婦なんだから、驚くことはないでしょ?」
「まさにそうなんですけど、そういえば結婚前に町をデートすることもなかったから今が新鮮なんですよ」
私は思いきって、オーキッドの腕を自分の腕と体ではさんだ。
「えっ……。それは僕も恥ずかしいな……」
「いいんですよ……。恋人だと店の人が言うんだから、この町なら恋人が歩いていてもおかしくないんでしょう?」
田舎であれば、恋人(この場合は夫婦でも、婚約者でもないのにいちゃついている二人)が歩いていることなど、めったにない。
端的に言って、不道徳だと言われがちだ。
王都では恋人が歩くことは珍しくないが、貴族の間ではなかなかない。
「それと……人生で一回こういうデートのようなことをしてみたかったんです。小説で読んだことはあっても、きっと自分は人生で一度も経験しないと思っていたので……」
「言われてみれば、それはそうかもね……」
オーキッドも体を少し私のほうに寄せる。
私は思わず「ひゃっ」と声を出した。
「それはやりすぎですよ。考えてなかったので、恥ずかしいです……」
私は小声で苦情(?)めいたことを言う。
「だって、ティエラの言う恋人らしいことってこういうことじゃないの? 僕だって人前でひっつくのは恥ずかしいけどさ……」
「すみません、それは私も謝ります……。これを恥ずかしげもなくできる人がいたら、一種の才能ですね……」
「だね、僕もこれはダメだ」
ただ、私は心持ち、オーキッドのほうに体を預けた。
「あれ、ティエラ、矛盾してない?」
「どこかお店に入るまで……。本当に二度とないかもしれませんし……」
オーキッドが選んでくれた喫茶店に入るまで時間感覚がおかしくなっていて、あっという間だったような、10分は歩いていたような変な気分だった。
喫茶店ではオーキッドがガレットがおいしいからと言うので、それを注文した。このあたりはそば粉の産地でもあるので、ガレットもおいしいのだという。
たしかにそのガレットは内側にハムと卵を入れて折りたたんだもので、ハムの塩味がちょうどいいもので、とてもおいしかった。
「いいですね。オーキッドが選んだだけのことはあります」
「よかったよ。おそらく、ここは王都の店と雰囲気が近いかなって思ってさ。けどさ……」
そこでオーキッドは何かを思い出したらしく、うつむいた。
「デートってこんなに緊張するものなんだね……」
「ですね。想像以上でした……」
王都でいちゃついていた恋人はどんな胆力をしているのかと思った。心臓が鋼鉄でできているのではないか。相手の顔を見るのさえ、やけに照れてしまう。
「それと、ティエラって意外と大胆なんだね。知らないティエラを見たっていうか……」
「えっ! そんな言い方はないですよ! それだったら、オーキッドも恥ずかしげもなくおんぶしてくれたじゃないですか……。うれしくはありましたけど、あれだって大胆ではあったかなと……」
「歩けない女の子を担ぐのは正しいことであって、恥じることじゃないから――と思ってたけど、あれも大胆なことなのかな……?」
たしかに騎士道精神に則ったことかもしれないが、普通、そんな状況は発生しないから検討のしようがない。
結局、私もオーキッドも顔を赤くしていた。
もう夫婦になって半年たつのに、こんなにういういしい私たちはかなりの変わり者かもしれない。
宿場町では、ガレットを食べ終わったあと、靴を扱う店でこの季節に合っている靴を一つ買った。
雪の道を歩ける立派なブーツだ。意匠よりも丈夫さを意識したもので、これは雪がほとんど積もらない王都では売っていない。
それから、薬草を扱っている店があったので覗いてみたが、量を誤ると人体に悪影響のある草を使用していたりして、これは怖いなと思った。
大きな問題が頻発していれば営業できないだろうから、どうにかなっているのだろうが、少し怖い。元にしている知識も少し古いようだし、やはり私が自分の店でしっかり頑張らないといけない。
最後に私たちを恋人扱いしてくれた屋台でミートパイを買って食べた。
「ここが王都だったら、貴族が屋台で買い食いなんてはしたないと言われたでしょうね」
「東部でも貴族の夫婦の買い食いはそんなにいいものじゃないけどね」
「それはそうかもしれません」
私たちは笑って、はしたなくミートパイをかじった。
帰りは馬車に乗って、すっかり暗くなったオールモットの村に戻ってきた。
夫婦二人で過ごすこんな一日もいいものだと思ったのだけど――
私が大きなあくびをしていたところを、オーキッドが見ていた。
「あれだけ歩いたら疲れるよね」
「ですね。今日はぐっすり眠れそうです……」
急激な運動は、健康や体力の維持にも役に立たないと学んだ。