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29 夫に運ばれる旅

 オールモット村は豪雪地帯とまで言うほどではないものの積雪はある。家屋が雪に埋もれて二階が出入り口になるなんてことはないが、雪を見ること自体は慣れてきた。



 それでも、夜のうちに大雪が降った日の翌日は違った。



 私とオーキッドが暮らす屋敷は高台にあるので、屋敷を出ての眺めが一面の銀世界になっていたのだ。



「素晴らしい景色ですね!」



 と私について外に出てきたオーキッドに言ったのだが、言われた側の反応は鈍いものだった。



「そうなのかな。だったら、うれしいけど」



「言われて初めて認識したという様子ですね」



 謙遜というより、知らなかったという反応である。



「住んでいれば、こういう日もあるからね。それと、オールモットの村は観光地じゃないから」



「まあ、この景色のために遠方から来る人はいませんね。雪の降った直後でなければ木々に雪がついて輝く様子も見れませんし」



 オーキッドがあくびをする。

 私もつられてあくびしそうになったが、我慢した。

 田舎だからといって、気品を失ってはいけない。



 雪がしっかり積もってしまうとオーキッドの農作業の時間も減る。



 それと私も薬草を採取する時間が減る。



 おかげでオーキッドも私も時間が余り気味なのだ。



「別にだらけているつもりはないのですが、冬になってから、運動量は減った気がしますね」



「たしかに、ティエラは屋敷とお店の往復ぐらいしか歩いてない日も多いよね」



「うっ……。そう言われると、急に運動が足りてない実感が……」



 時代によって美意識は異なる。



 王国ができた頃は豊満な体のほうが美しいとか、かっこいいとか思われたりしていたようだが、今の王国ではどちらかと言えばやせているほうがいいように見られる。



 それと、実家から持ってきたドレスが入らなくなるのは楽しいことではない。



 これはうれしい悲鳴なのだが、オールモット村周辺は今年は豊作で、しかも冬場はオーキッドがとってくる獣の肉も越冬仕様の栄養をため込んだもので、ほかの季節よりもおいしいのだ。



 なので、食事の量自体は増えているほどだ。



「オーキッド、屋敷の近くで運動する方法ってないでしょうか?」



「運動? そんなことまでしなくていいと思うけど。だったら、近くの町まで歩いて買い物にでも行く?」



 町か。そういえば、オールモット村に来て、すぐに薬草を集めだして、ついにお店まで開いてしまったせいで、村の外を歩き回った経験がないままだった。



「北に3時間も歩けば着くし、街道だから除雪されてるし、歩けないことはないよ。帰りは馬車に乗ればいいし」



 そういえば、オーキッドとちょっとした旅をしたこともない。ちょうどいいじゃないか。



「いいですね。早速出かけましょう!」





〇 〇 〇





 私たちは街道をゆっくりと北上していった。



 ちなみに見た目は旅人然としたもの。変装というわけではないが、薬草店で着ている服は長距離歩くのには向かない。となると、着ていく服は自然と限られてくる。



 それに、いかにも領主の妻ですという姿もおかしいし、旅人らしい姿というのは想定の範囲内のものだ。領主の妻は何時間も歩いて目的地を目指さない。



「ティエラ、思ったよりも元気だね」



「やっぱり、オーキッドは王都の女性は体力がないと思い込んでますね。王都の娘たちもそれなりに元気ですからね」



 舐められてたまるかと私は歩く足を速める。オーキッドを置いていくぐらいの気持ちで歩いてやる。



 しかし、それが裏目に出た。








「もう、そろそろ町まで着きませんか……?」



「まだ2時間歩くよ。ペース配分を考えないとね」



「オーキッドは距離感もわかるかもしれませんけど、初めて歩く私は無理なんです……」



 王都では3時間ぶっ通しで歩くことなどない。最初に気合を入れたせいで、歩くのがつらくなっている。



 と、私の手をオーキッドがつかんだ。



「はい。じゃあ、ここからは僕が連れていくから。疲れてきたら言ってね」



「は、はい……」



 オーキッドの手は本当にがっしりした手だと思う。

 どちらかといえば童顔の表情からかけ離れている。



 オーキッドが前に進む力が私にも伝わったようで、少し足が軽くなった。



「あまりゆっくり休んでも、町にまで着きませんし、しっかり歩きますね」



「大変だったら休んでいいけどね。ティエラをおんぶして歩くぐらいならできるだろうし」



 あっさりと、当然のことみたいにオーキッドは言った。



「えっ、それは私がいくら軽くても無理なんじゃ……」



「だったら、試してみる? 僕は全然かまわないけど」



 私はしばらく思案した。

 夫におんぶしてもらうって、それは貴族の娘として気品ある行動なのだろうか。



 やっぱりそれはみっともないんじゃないだろうか。



 …………よし。






 私はオーキッドにおんぶしてもらっていた。



「ふふふ、なんか景色が変わっていくのが面白いです」



「そんなに楽しんでもらえてるなら、なによりだよ」



 オーキッドは私をおぶっても本当につらそうな雰囲気も出さず、軽々と街道を歩いていく。



「オーキッド、見た目からわからないぐらい、肩もがっしりしてますね」



「でも、これだとティエラの運動にはならないね」



 言われてみれば、そうだ。



「運動したくなったら言ってね」



「もう少し、このままでいさせてください」



 また歩き出すふんぎりをつけるのには、温かいベッドから出るぐらい時間がかかってしまった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘い! ごちそうさまでした…! [一言] こんな体験、次の年にはいい思い出になりそうですね。 何十年かしてから思い出すと胸がきゅんとなるような記憶になりそう。
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