28 ウソのある問題
冬の朝食はどうしても野菜が不足する。
そこは塩などで漬け込んだカブやキャベツを使うが、どうしても塩辛くなりがちで、これはどうにかならないものだろうか。
そんなことを考えながら、そそくさと朝食を終えた。
「ほら、ゆっくり寝すぎるから、あわただしくなるんだよ」
「オーキッド、そういうことで急いでいるんじゃないですよ。私は私で忙しいんです」
ただ、あわただしく食べるのも、それはそれで悪くない。つまり、あわただしく食べる自由が私にはあるということだからだ。
王都で暮らしている時はこんなことをしたら、落ち着いて食べろと絶対に言われただろう。
(私にとっては義理の)母のクレアノールと妹のヘルティアに笑われるのが癪だからというのもあったが、父が怒ると怖かったというのが一番大きい。父は理不尽な怒り方はしないが、間違いなく厳しくはあった。
「サニア、給仕はいらないから、空いてる部屋の掃除を始めてください。私もあとで手伝います。今日はいつものように入念にしなくてもけっこうです」
「ですが、奥方様、朝食中なのにほこりが舞ってしまいますが」
「すぐ食べ終えるから大丈夫です」
人の数が多いとにぎやかでいいな。
「今日のティエラはやけに機嫌がいいね」
そういうオーキッドも楽しそうだが、オーキッドのほうはだいたいいつも機嫌はいい。
「やる気のあるサニアを見ていると、こっちも気持ちが張ってくるんです」
「もしかして、幼い頃のティエラもあんなふうだったの?」
「いえ、もっと陰気な子供でしたよ」
「即答されると、僕も困るんだけど……」
そこは本当のことだからしょうがない。でも、薬草について学ぶ時はそれなりに楽しかったと思う。
「性格は環境によるものが大きいですからね。それに今が陰気ではないので問題ありませんよ」
私は残りのカブの漬け物を口に入れた。
〇 〇 〇
私は形だけの掃除をやって、すぐにサニアを私の研究室に案内した。
研究室と言っても、別に怪しげな実験をやっているわけではない。薬草学関係の本はここに集めている。
家の中での扱いは悪かった私だが、本を持ってくること自体はずいぶん大目に見られた。
なので、現役の薬草伯である父の書斎にはかなわないが、必要最低限の蔵書はしっかりと押さえていると思う。
もしかすると、嫁ぎ先の領主が小規模すぎて、私が薬草に関する仕事をするしかなさそうだと実家側も薄々感づいていたのかもしれない。
「冬でなければ、実際に外に出て草花を目で見たほうがわかりやすいんですが、本で勉強することにしましょう」
私は薬草学の図鑑を出してきた。
「この一冊だけでとんでもない値段がしますよね……。丁重に扱いたいと思います」
サニアはおずおずとしていたが、たしかに気楽に買える値段ではないか。幼い頃から開いているから、そのあたりの感覚が麻痺していた。
「この図鑑はすでにボロボロですからあまり気にしないでください。本は使わないと意味がありませんし。さて、今から私が植物名のところを隠しますから、図鑑の絵を見て、何という野草かを当ててください」
「わかりました! サニア、頑張ります!」
サニアはぎゅっと握って両手を前に出して言った。
「一問目はこれですね。白い花が特徴です」
「ええと……白い花だし、ニンジンです!」
私はうなずいて、またページをめくって、次の問題を出す。
「この野草は何でしょう?」
「これは……葉っぱの茂り方が弱い気がしますけど、コンフリーじゃないですかね」
もう何問か私は問題を出した。サニアはやっぱり勉強熱心だと思う。本格的に植物について教えたわけでもないのに、類似する野草の名前を次々に答えていった。
だからこそ、危険なのだとも言えるが、そこは私が教育すればいいことだ。
「お疲れ様でした。サニアは元々野草に興味があるんですね。どれもいい答えでしたよ」
「ありがとうございます! 図鑑の絵は実物と印象も違うので、悩みもしたのですが、この葉や花の特徴はあの野草だと思って答えました」
「ありがとうございます。実は今からサニアに謝らないといけないことがあります。私が出した問題はとてもずるいものだったんです」
「ずるい? どういうことですか?」
サニアは驚いて、目をぱちぱちさせた。
「野草の名前は何かということを私は尋ねましたね。実は、私が選んだ植物はすべて野草によく似た違う植物なんです。しかも、すべて有毒のね」
最初の問題のページを私は再度開いた。
その植物名は、ドクニンジン。言うまでもなく有毒だ。食すれば、けいれんを引き起こす。
「えっ、ニンジンじゃないんですか!」
「二問目、サニアがコンフリーと答えたものはジギタリスです。コンフリーと間違えてジギタリスを食べれば、最悪、心臓が止まります」
それ以降の問題もすべて本当は毒のある植物で、薬として使うことはできても、食用にむしゃむしゃ食べれば危険なものばかりだった。
「びっくりさせてしまいましたね。でも、私は意地悪をするためだけにこんな問題を出したわけではないんです。人間にもよく似た顔の別人がいるように、植物にも似たものはいくつもあります。間違えたせいで死んでしまうこともあるんですよ」
こくこくとサニアはうなずいていた。
「中途半端な知識で採取したら危険ということですね?」
私はサニアの頭を撫でた。
「よくできました。もし食用の野草だけを知っていれば、似ている毒草まで選んでしまいます。だから、サニアが野草を採るのはもう少し先にしましょう」
「わかりました。サニアは早とちりでした……」
しゅんとすることはないのだ。私は褒めているんだから。
「時間があれば言葉だけでなく、植物のことも教えてあげます。だからゆっくりと学べばいいんですよ」
「はい! 奥方様、ありがとうございます!」
もう笑顔になった。子供は切り替えも早いな。失敗を引きずる意味なんてないから、素晴らしいことだ。
私はもう一度、丁寧にサニアの頭を撫でた。
私に娘が生まれたら、自分が子供の頃とは違って、サニアみたいに元気に育ってほしいな。




