26 あなたとともにずっと
暑い夏が終わり、秋も深まってだんだんと涼しい日が増えてきた。
このあたりでは雪も積もるという。雪国で迎える冬は初めてなので、雪の準備もしておかなければと考えた頃、街道を通る行商人がこんな噂を届けてきた。
なんでも、ギルベール王子やアルデミラ侯爵令嬢たちが突如として奇病にかかったというのだ。
「両手両足が真っ赤に腫れあがって激痛が走るんだそうです。しかも、まったく引かず、訳がわからないと」
そう言う行商人に対して、私は「不思議なこともあるものですね」と怯えるような顔をして答えたが、実態が何かはすぐにわかった。
アカササコを盛られたのだろう。
一か月後、村に雪が降り始めた頃。王子と侯爵令嬢が激痛に苦しみ続けたまま、衰弱死したという一報が届けられた。
急性の症状が治まっても痛みが残り続けて、食事も睡眠もろくにとれずに力尽きたのだろう。そういう症例も読んだことはある。
毒殺というより、処罰だ。一か月苦しみを与えたすえに殺すという処罰。
「以前のフードの女性、王直属の諜報員か何かだろうね」
夕食のあと、もちろんサニアも夕方には帰っているから二人だけの時間にオーキッドが言った。
「おそらく入手した毒キノコが本物かどうか確認しておきたかったんだろう。彼らは念には念を入れるからね」
「そのようですね。アカササコは見た目だけでなく味も美味と聞きますし、しかも発症が遅くなることが普通なので毒見役がいたところでわかりません」
「そうだね。影響が出るか一週間待ってたら食事が全部腐る」
「それどころか、むしろ毒見役は王子の食事を大量に食べはしませんから、少量で中毒にすらならない可能性があります。つまり長く宴会を続けていた方だけが発症し、致死量を超えるというわけです」
そこまで言って、私はそのキノコが毒殺に極めて便利な特質を持っていることに気づいた。
食品の顔をして、実は猛毒。しかも変化が出るのは、ずいぶん先。
しかも、アカササコはこの国の産ではないのだから、薬草学者や博物学者が現物を目にでもしないかぎり、何が原因かさえ発覚しない。
父は気づいたかもしれないが、王太子の肩を持つ必要はないから、教えなければいいだけのことだ。
「王子たちは王を殺そうとしていたんだよね。おそらく、王にそれが知られたんだよ」
「その可能性は高そうですね」
この呪いはもちろん迷信めいたものではない。
おそらく、そういった事実がどこかで漏れて、王側の耳に入ったのだ。
そして、苦しみが長く続く罰を受けた。
「これは間違いなく人の手によるものだ。だけど、ある意味これは呪いのようにも感じるな」
「呪い?」
「王子たちはティエラの命も狙った。その呪いが自分に返ってきたんだろうね」
報いが返ってきたとオーキッドは言いたいわけか。
でも、その考えには私は反対だ。
「呪いなんてないです。偶然、そのように見えただけです。それに毒殺は宮廷社会ではまったくないとも言えないものですし」
「ティエラは薬草を扱う立場だものね。唯物主義的な考えにもなるよね」
「そういうことではないです」
私はオーキッドの右手を自分の両手で包んだ。
放したくない。
「もし、過去にやったことが呪いとなって返ってくるとしたら、それじゃ、オーキッドもいつか誰かに殺されてしまうじゃないですか!」
オーキッドは、はっとした顔になる。
こんな怖いことを無意識に言っていたわけだ。
「私はまだオーキッドと出会ったばかりです。まだ出会ってから半年ほどじゃないですか。気味の悪いことは言わないでください! 私はもっとオーキッドと長く過ごしていたいんです!」
「うん、僕も努力する。でも……失敗した時はごめん」
「だから、失敗した時のことなんて考えないでください!」
私は手にさらに力を込めた。
その私の手にオーキッドが左手を乗せた。
「今は守りたい人がいるから、僕は君を守るために戦うよ。ティエラを一人にしないために戦う」
「ええ、もし傷ついても私が治療しますね」
「じゃあ、治療で助かる程度のケガで済むようにしないとね」
オーキッドははにかんで、少年のように笑った。
私たちがこれから末永く平穏に暮らせるかはまだわからない。
王子に命を狙われることはなくなったが、オーキッドを恨む人間がこの世界にいても不思議はないのだ。
でも、ある意味、そんなことはどこの誰にとっても同じことだ。王都から一歩も出なくても政争で命を狙われることだってある。
そして私たちは平穏に暮らせる努力をすることはできる。
薬草店も始めたばかりだし、最小規模の貴族であるこの家には課題がいくつも転がっている。休んでいる暇なんてない。
どうか、オーキッドを幸せにできますように。
第3部はこれでおしまいです! 次回から第4部に入ります! (章タイトルなどはネタバレリスクなくなったあたりで入れますのでご容赦ください)




