25 王太子の最期【王都視点】
薬草伯ドーミル・エキュールは一族を集めると、こう命令した。
「いいか、王太子および王太子の婚約者・側近・婚約者の一族には近づくな。すでに親しい者がいる場合は、距離をとれ。そういう関係で心当たりがある者は今のうちに名乗り出ておけ。まだ、時間はある」
とくに誰からも反応はなかった。
せいぜい薬草伯の屋敷に出入りしている庭師が王太子邸の庭も担当しているぐらいで、それほどの付き合いはなかった。
元々、ドーミル自体が不良青年のような王太子を苦手としており、それを忖度した一族や家臣も近づくことは避けていたせいだ。
「お父様、もしかして王太子が冷遇されることと、お姉様のことと関係があるのでしょうか?」
ティエラの妹で正妻の娘のヘルティアが尋ねた。
「ヘルティア、お前は少し口が軽いな」
ドーミルは娘をにらんだ。
「余計なことは言わずに頭で考えろ。あるいは尋ねる場所を選べ。まして、私は王太子殿下がどうなるかなど一言も言っていない。ただ一族の長として今後の方針を伝えただけだ」
「はぁい。わかりました……」
ヘルティアはふてくされたような声を出した。
「あなた、そんなふうにおっしゃらないでもいいではないですか。ヘルティアが気にするのも当然のことです」
ドーミルの妻のクレアノールが娘をかばう。
ドーミルはいちいち言い返すことはしなかったが、苦々しい顔をした。
ヘルティアは薬草学の勉強もおろそかだし、しかも貴族としても粗忽なところがある。
薬草学を学ぶのは婚約者の婿だと思っているのかもしれないが、薬草伯家の人間としては適性がないかもしれない。そうドーミルは感じた。これで婚約者の薬草の知識が知れていれば、薬草伯家は弟に継がせるべきだろう。
いっそ、ティエラに家を継がせるべきだったか?
ふっと、そんなことが頭をかすめるが、なかなか難しい。女子が家を継ぐこと自体は貴族でも認められているが、薬草伯家のような学者のような要素のある家長は、女子が行った前例がない。
つまりヘルティアの婿となる婚約者が薬草伯として振る舞えるほどの薬草学の知識があるかどうかという問題になってくるのだ。能力はあるということで婚約者も選んでいるのだが、果たしてどうなることか。
それはそれとして、王からティエラに結婚祝い金を送るようにとドーミルは言われていた。
王がティエラに申し訳ないことをしたと思っていることはないだろうが、息子がやったことに対するけじめの意味合いもあるのだろう。
〇 〇 〇
その日、王太子ギルベールと婚約者のアルデミラは取り巻きたちと酒を痛飲していた。
「最近、面白くないことも多いからな。酒でも飲まないとやってられん」
自分から距離を置こうとする貴族が増えているのはギルベールも感じていた。
それにギルベールの周辺の人間も地位を失いつつあった。
たとえば、アルデミラの親元である侯爵は問題のある会計処理をしていたとして王室会計を管理する重職を罷免されていた。
直接、ギルベール自体が何かの地位を追われたわけではないが、あまり楽しいことではない。取り巻きたちの地位を通して、父である王が自分を管理しているような気がしたのだ。
「俺を避けようとしたバカ貴族どもめ。俺が王になったら、どうなるか見ていろよ!」
王の地位に就けば、好き放題できる。そんな自分を避けるなんて、ギルベールからすれば命知らずなことに見えた。
「今日の料理はとくにおいしいわね。山海の珍味と言うのかしら」
アルデミラも料理に満足している。
「ああ、滅多に手に入らないようなものばかりを集めたからな」
取り巻きの男の一人が「こうやって宴会をやって、毒を入れれば王も殺せるのに」と言った。
「それが難しいんだよ。毒見役がいるから、早目に毒を入れるわけにもいかないしな。この料理も毒見役がちゃんといて、全部食わせている。食事中に毒を入れるにしても、忍び込んで実行できるかというと難しいだろ」
「たしかに。俺たちの一人が裏切れば毒も入れられますけど、危険が多いし、バレやすいしで、やってられませんね」
「そういうことだ。だから、あのティエラとかいう女も難しいと言ったんだろうが、絶対に何か方法はあるはずなんだ。薬草伯家なんだからな。それを隠しているから殺そうとしてやったんだよ」
「そういえば、あの女、生き延びたみたいね。どうやって助かったのか知らないけど、運のいい奴だわ」
憎々しげにアルデミラが言った。
「そういえば、あの土地で山賊が殺されたという話があったな。薬草伯家の従者の中に剣の腕の立つ用心棒でもいたんだろう」
彼らの宴会は楽しく続き、翌日にようやく終わった。
だが、5日後、ギルベールの身に異常が起こった。
やけに両手と両足が痛いのだ。片方の手や足なら虫にでも刺されたのだと思えるが、すべての手足が痛いというのはおかしい。しかも恥ずかしいことに股間までが痛い。
何が起きているかわからないが、次第にその痛みは激痛と呼べるものに変わっていった。
ギルベールは医者に運ばれたが、医者もどうしていいかわからず、せいぜい痛み止めを処方するぐらいしかできなかった。
なにせ、原因がわからないのだ。
宴会に参加していた者の多くが似た症状になっているので、宴会に何かあったのではと思われたが、食材はとっくに廃棄されていたし、侵入者も想定しづらく、真相は不明なままだった。それに5日後に発症する食中毒が何なのか、医者もわからなかった。
病院では悲鳴が四六時中聞こえて、気味悪がった病人はほかの病院へ転院するほどだった。
あまりの激痛でギルベールの意識は発症10日ほどで不鮮明になっていき、さらに2週間ほどで薨去した。
なお、婚約者のアルデミラはその3日前に卒去していた。
恨みのある者が毒を盛ったのではと噂されたが、恨みのある者の心当たりが多すぎて、具体的な名前すら上がらなかったという。
食べて5日後に発症する特殊な毒キノコだという話は噂にすら上がらなかった。
この国にその毒キノコについての知識を有する者がほとんどいなかったためだ。
おそらく薬草伯や薬草学者の中には気づいた者もいただろうが、王から諮問を求められてもいないのに意見を言うことを彼らはしなかった。
王が不要と考えているなら、それは余計なことなのだ。




