24 オーキッドの縁(よすが)
「あの、毒キノコであることはよくわかりましたので、そろそろ……」
フードの人に言われて、私ははっとした。
かれこれ二十分はアカササコという毒キノコについて語ってしまっていた。
「すみません、ついつい興奮していました。私も本物を見るのは初めてなので」
「いえいえ。本当に薬草がお好きなんですね」
「そうですね。薬草を学んだのは好きで始めたことではないんですが、それのおかげで今も楽しくお仕事ができています」
「ありがとうございました。大変お役に立つ説明をありがとうございます」
フードの人は丁寧に頭を下げた。
立ち居振る舞いがやけに洗練されているので、商会の女性事務員などをしているのかもしれない。
それなら貿易で外国とのつながりがあってもおかしくないだろう。そこで外国の山の幸をもらうということもありうる。
「鑑定ありがとうございます。いくら、お支払いすればよいでしょうか?」
「いえ、薬草を売ったわけではないので、お金ももらいづらいのですが……」
「それはいけません。あなたは専門知識を使ったのです。それに対する代価は求めるべきですよ。世の中はそれで回っているのです」
フードの女性に強く言われた。
この口ぶりからして、この人も何らかの専門知識で仕事をしている人だろう。
私はだいたいの金額を提示した。
ただ、女性はその三倍のお金を出して、これが自分が思う対価だと言った。この人の信念なのだから、拒否するのもおかしいだろう。素直に受け取った。
「アカササコは本当に危険なキノコです。そして自生している国でも、発症の遅さから毒と知られずに食べられているケースも多いんです。送ってくださった方も知らなかったのでしょう。食べる前にここに来てよかったですね」
「あなたの薬草伯の娘としての矜持、たしかに拝見いたしました。これからも幸せに恵まれますように」
そう言って、彼女は去っていった。
どことなく、不思議な人だなと思った。それに、薬草伯の娘と知っていたし。
いや、もしかすると、変わった毒キノコを持ってきたから、変わった人に思えたのかもしれないな。
そのあと、いつものように店番をして、そろそろ閉店の時間になったので「店じまい」のプレートをかけようと思って、ドアを開けた時だった。
やけに慌てた顔でオーキッドがこっちにやってきた。
走ってきたようで、息も荒くなっている。
「よかった……。ティエラは元気みたいだね」
「何があったんですか? 全然わからないんですけど」
オーキッドの態度から、焦るようなことがあったことだけはわかる。ただ、それが何かさっぱりわからない。村全体の問題ならさすがに私も気づきそうなものだし。
「獰猛な巨大イノシシでも村に出てきたんですか?」
「ねえ、ティエラ。君のところにやけに上品な女性が来なかったかい?」
「ええ、キノコを鑑定してほしいという方がいらっしゃったけど、どうかしました?」
「隣の集落まで狩りで余った肉を売りに行った帰りに、どうも不吉な雰囲気のするローブの女性とすれ違ったんだ。見慣れない顔だけど、騎士階級の挙措だなと思って。それで村に戻って聞いてみたら、この村にも来てたって話だったから気になって……」
理由はわかったが、まだ納得まではいかないというのが本音だ。
「その人なら、たしかにお店に来ましたけど、さすがにおおげさじゃないですか? それに騎士階級の雰囲気のお客さんなら過去にも何人も来ていますし」
「ああ、説明不足だったね。なんていうかな、ただの騎士階級とは違う、もっと禍々しい空気があったんだ。別にすれ違った時に殺気に満ちてたわけでもないんだけど……」
「とにかく私は大丈夫ですよ。それに今頃になって私を殺そうとする人間が派遣されるとも思えませんし。それにオーキッドの言うように殺気もなかったんでしょう?」
オーキッドは私に上手く言葉が伝わってないと感じたようだった。
そして、ゆっくりとこう言った。
「すれ違った時、昔の僕に似てると思ったんだ」
その表現に私は、はっと自分の口を押さえた。
オーキッドは詳しくは語らないが、昔、暗殺者じみた仕事をさせられていた。それに近い空気を感じたというなら、じっとしていられないのも当然だ。
しかも、それはオーキッドの思い出したくないことも思い出させてしまう。
だから、今のオーキッドは少し落ち着きがないのだろう。
私は両手を広げた。
「こっちに来てください。そして、ゆっくりと深呼吸をしてください」
ゆっくりとこっちに来たオーキッドを私は静かに抱き締めた。
とにかく、何もなかったのだから、今はオーキッドをほっとさせるのが一番だ。
オーキッドは数回深呼吸をして、いつもどおりの調子に戻ったようだ。それこそ、空気でわかる。
「落ち着いたようですね」
「ありがとう、ティエラ。もうちょっと、このままでいいかな」
自分がこうしてオーキッドの助けになっていることが、純粋にうれしかった。
「少し土臭いから、水浴びでもしてきてほしいです」
「もう少しだけ。あと3分」
「まあまあ長いですね。でも、いいですよ。甘えていてください」
こんなに誰かに大切にされることなんて、王都にいる間は考えられなかった。
私はオーキッドのための縁になろうと改めて思った。
ところで、結局、あのフードの女性は何者だったのだろう?




