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【連載版】地方に追放された伯爵令嬢は、子爵の夫と第二の人生を幸せにすごす  作者: 森田季節
第3部 ティエラ薬草店と王都の「呪い」

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23 季節はずれのフードの客

「たしかにむくんでいますね。ではパースニップの根を処方します。薄切りにして野菜として食べてもらってけっこうです」



 私は頬を押さえているおばさんに白い根を渡す。



 お客さんも安定してきたし、私の仕事も以前よりは忙しい。



 もっとも時間に追われるというほどではないし、ちょうどいい具合いと考えてよいだろう。


 

 屋敷の家事もサニアが来てくれてから、かなり楽になった。楽になったというか、めりはりがついたという感じだ。



 お客さんが帰ったので、その間にサニアに渡す文字の教材の続きを作る。



 サニアは少し話してもわかるけれど頭がいいし、なによりやる気があるからすぐに覚えられるだろう。

 こういうのはやる気が大事なのだ。



 そういえば、私も薬草に関することは覚えるのにほとんど苦労した記憶がない。



 あれも私が薬草を覚えるのが好きで、やる気がやけに高かったからかもしれない。



「あとは、オーキッドの農作業も手伝ってくれる人を雇ったほうがいいのかな。でも、それだと男の人になるし、使用人という形では置いておきづらいのか」



 サニア用の教材を作りながら、そんなことをつぶやく。

 まあ、オーキッドの場合、農作業を割と楽しんでいるところがあるので、これでもいいのかもしれない。



 ただ、どうせならお金に余裕ができてきたら、畑地も広げたいところではある。

 そうすれば生活はより安定するはずだし。



 と、ドアが開いてベルがからんからんと鳴った。



 長い赤毛の女性だった。フードをかぶっているが、赤い髪の毛はそれでもよく目立った。



 一見して、私は何か違和感を覚えた。

 あ、そうか、まだ暑い盛りなのに、フードをかぶっているからだ。冷えてくるとしても二か月は先だろうに。



「すみません、ここは薬草に詳しいお店ということでよいでしょうか?」



 どことなく、女性は幸薄そうな笑みを浮かべた。もちろん、余計なお世話だと思う。あくまでも私の印象だ。



「はい。薬草のお店ですから。どうかいたしましたか?」



 薬草を求めに来た客にしては変な聞き方だ。もしや、商売敵か? 商売敵といっても近所に競合する店はないと思うので、たんなる同業者と言ったほうが近いのだろうが。



「外国からもらった土産の中に知らないキノコがあったんです。それで、もし毒キノコだったら大変だなと思って、可能であれば調べていただきたいなと」



「そういうことですか。キノコも薬草のカテゴリーに入りますから、確認はできますよ。ただ、いわゆる草木と比べると難しいので確信が持てるもの以外は扱わないんですが」



「難しい、というと?」



 このままでは薬草学の関係者しかわからないだろうから、わかりやすく話す必要があるな。



「たとえば、このあたりでも採れる食材用の有名なキノコがあります。しかし、このキノコそっくりの毒キノコもあるんです。違う木から生えているので採取の際には確認できますが、採取後で、なおかつ食事用に炒めたりした後ではほぼわかりません」



「見分けがつきづらいということですか」



「そうです。宗教の宗派によっては、あらゆるものは人間のために神が与えてくださったという考えがありますが、その割には人間では区別ができないほどよく似た別種というのがあるんです。草木にもありますが、キノコはとくに多いんですね」



「なので、毒キノコの恐れがあるものは処方も避ける、ということですね」



「そうです。人の体に直接作用させますからね。少し慎重すぎるぐらいにやっていますよ」



 もし、誤って死人が出たら、商売どころではない。

 そこは私も気を遣っている。



「その姿勢でお願いいたします。それで、わたくしが持ってきたのは、こんなキノコなんですが」




 女性が出してきたのは、茶色くておいしそうなキノコだった。



「まさか……」



 見た途端、私はびっくりした。



 口が少し開いてしまったほどだ。



 いや、これは……。この国では採れないはずだが……。



 実物では初めて見るものなのに、すぐ名前が浮かんだ。

 それだけ特異な反応が出るものだったのだ。



「そんな有名なキノコでしたか?」



 フードのお客さんもすぐに私の反応が変だとわかったようだ。



「その可能性があります。すみません、慎重に確認させてください。図鑑で確認いたします」



 ほぼ間違いない。仮によく似た別種だとしても、毒を持っている可能性は依然として高いから口にはしないほうがよい。



「確認が終わりました。食べる前に持ってこられてよかったですね」



 私は自分のことのように安堵した。



「これはどういうものなのでしょうか?」とフードの女性が尋ねてきた。それは気にもなるだろう。



「まず、私の反応でおわかりかと思いますが、これは毒キノコです。外国ではアカササコと名付けられています。ササというのは、この国にはほとんど自生していない植物の名前で、その根元に生えるキノコです」



「ササの子というネーミングなんですね」



 私は小さくうなずいた。それで合っている。



「このアカササコは症状がとても派手に出るんです。いわゆる毒キノコの中では、そのせいで有名です」



「嘔吐を繰り返すとか、錯乱状態になるとかですか? そういう毒キノコの症状なら話に聞いたことがあります。中には踊りだしてしまうものまであるとか」



 私は首を横に振った。



「専門用語では、肢端紅痛症と言います」



 当然、聞いたことはないだろう。私は続ける。



「手足などを中心に、全身の末端部分が赤く腫れて、激痛が走ります。量によりますが、多く食べれば助からずに命を落とします。しかも、恐ろしいことに……」



 私は過去に読んだアカササコの外国の事例を思い出しながら続きを語った。



「この毒キノコは発症が遅くなるケースが珍しくありません。5日ほど経過してから症状が出るのが一般的なため、原因がわからず、外国ではつい最近まで風土病だと思われていました。いまだに毒キノコとすら認識されずに食されていることも多いのです」



 私はアカササコに関する事例をできるだけ詳しく語った。

 変な話、私は楽しんでいた。なにせ、国内で目にすることもないような毒キノコの現物を目にしていたからだ。



 相手の女性も熱心に聞いているようだった。


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