22 小さな使用人
明らかに遠方からのお客さんが増えてきて、いつのまにか「ティエラ薬草店」は軌道に乗り出した。
おそらく騎士階級のお客さんが周囲の人に広めてくれたのだろう。
明らかに遠方から来た客人というと、その人が真っ先に思い浮かぶのだ。
本来ならお嬢様のにきびのことがバレる恐れもあるので、薬草の店に寄っていることすら言わないのが無難だろう。
それでも、応援の意味も込めて、さりげなくいい店があると伝えたりしてくれたのではないか。
もちろん、これは私の想像だ。ただ、遠方のお客さんたちがいかにも領主のところに仕えているような人たちというところから、なんとなく想像がつく。
おかげさまでお店の利益もなかなかのものになってきた。
そもそも薬草は領内に生えてあるものを使うから、仕入れ費がかかっていない。店の賃料もかかっていない。
なので、赤字になって困るということは最初から起こらない経営なのだ。
赤字に悩む商人から見たら、「なんて甘い条件でやっているんだ」と怒り出すのではないだろうか。
そんなわけで、私はこのお金をあることに使おうと思った。
「使用人を雇いましょう」
私は朝食の時間に言った。
今日もやたらといろんな燻製肉や卵料理が出ている。肉の豊富さだけなら、王都で暮らしていた時より多いぐらいではなかろうか。
「たしかに屋敷の掃除は大変だけどさ、どうにかなってるし、いいんじゃないかな?」
オーキッドはサラダを食べながら言った。一部は私が見つけてきた栄養価の高い野草だ。
これに関しては私が強く出る権利がある。
「どうにかなっていませんよ。だいぶ掃除に慣れてきたとはいえ、ほったらかしの部屋はほったらかしですし、かろうじてどうにか持っているという状況です。本音を言えば、私は妥協できてないですからね」
「あっ、やっぱり王都生まれのティエラが納得できないものがあったんだ」
これは男女の価値観の違いだろうか。いや、たんにオーキッドがゆるいだけだな。
「王都かどうかは関係ないです! 本当に使用人は募集しましょう!」
「募集と言ってもなあ。村の人はみんな顔見知りだから、かえって雇いづらいっていうのはあるんだよね。それに年頃の男とティエラを二人きりにさせるわけにはいかないし。ティエラも僕が若い女の子と一緒にいたら嫌だろ?」
「たしかに人がいなすぎるがゆえの弊害がありますね」
薬草伯家であれば、使用人の数も多かったので、使用人と自分しかいないなんて時間はほぼなかった。
しかし、オーキッドの屋敷では、すぐに使用人と二人きりの時間ができてしまう。
「その問題は人を募ってから考えましょう! とにかく、いろいろ人が足りません!」
私とオーキッドは村にいい人材がいないかと声をかけていった。
情報は村にすぐ伝わるから、ちょっと言っておけばそれで済む。その点は楽だ。
そして、私たちの要求に見合ういい人材が見つかった。
「あ、あの……サニアと申しましゅ! あっ……噛んじゃいました……。サニアと申します!」
私たちの前に使用人募集を聞いてやってきたのは、本当に若い女の子だった。
「ええと、サニアちゃんは何歳?」
私はかがみこんで尋ねた。
「はい! 10歳です!」
なるほど。これなら私がいないところでオーキッドと二人きりになられても問題はなさそうだ。
しかし、いくらなんでも幼すぎるのではないか。
たしかに掃除は重いものを持ったりしないかぎりは子供でもできるけれど……。
すると、サニアのお父さんが意図を話してくれた。
「私たちはサニアに文字ぐらいは覚えさせたいのです。ただ、このあたりには教育機関もありませんし、通わせるお金もないもので……」
「そういうことですか。たしかに文字の勉強ぐらいならお手伝いできますが」
薬草学の専門書を読める程度の高等教育は受けてきている。
「サニアもそれを望んでいます。真面目な子ですし、掃除や洗濯であればこなせると思います。どうでしょうか?」
オーキッドは自分は構わないという顔をしていた。たしかに私が言い出したことだしな。
「よろしくお願いしますっ!」
またサニアちゃんが声を上げた。必死なのか、声を出す時は目を閉じている。ああ、ちゃん付けで子供扱いはかえって失礼なのかな。
「ええと、サニア……それじゃあ、使用人のお仕事、やっていただけますか? ただし、日が暮れるまでには必ず家族のところに帰ること。疲れている時はちゃんと言うこと。この二点は守れますか?」
「はい! 奥方様! しっかり働かせていただきますっ!」
「うん、よろしくお願いいたしますね」
私はサニアの手をしっかりと握った。
掃除を手伝ってもらう代わりに、勉強を教えるという役目ができてしまったけど、専門の学問について教えるのでなければどうにかなるだろう。
半分お守りみたいな気持ちで、サニアにお手伝いをしてもらうことになったのだが、私はその実力を侮っていた。
「奥方様! こちらのお部屋は終わりました!」
サニアは本当に手際よく、掃除ができる子だった。私たち夫婦がたどたどしくやっている掃除より、ずっと短時間で床をきれいにしてくれた。
「ありがとう! 本当にありがとう! サニアのおかげでこの屋敷の生活環境は劇的に改善しました!」
私はぎゅっとサニアを抱きしめた。
「あの……サニアが掃除をするのは当たり前なのですが……」
「そんなことないです! 感謝してもしきれません!」
オールモット村での生活もだいぶ安定してきたようだ。
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