21 にきびの薬
「ティエラ薬草店」をオープンさせて一週間ほどたった頃。
やけに身なりのいい男性が入店してきた。
おそらく、騎士階級の人間だろう。騎士身分も一種の爵位みたいなものだが、伯爵や子爵といったものと違って世襲権はない。
王都近辺に住む大貴族は家臣にも子爵や男爵といった貴族の末端がいておかしくないが、地方の貴族となると家臣の地位も低くなるので、騎士階級あたりの者が多い。
なお、騎士という名前だからといって、必ずしも戦場で活躍するとは限らない。あくまでも身分の名前というのが実情だ。
「お嬢さん、いや、この店の主は伯爵家の令嬢でありましたか」
身分をやけに気にするということは、やはりただの庶民ではなさそうだ。
「身分はお気になさらず。だいたい、そんなことを気にしているようなら、私は店主をやっていませんよ。それでどういった体調の問題でしょうか?」
「その……詳しいことは話せないのですが……」
「お客さんの秘密は守ります。もちろん強制はできませんが、細かいことがわからないと、適切な処方ができないことがありますので。おそらく、ここに来ているあなたではない誰かの問題ですよね」
「どうして、そんなことがわかったのですか!」
おおげさに驚かれてしまった。まるで私が魔法で心を読んだみたいだ。
「単純に、あなたはどう見ても頑健で、体調に不安があるとは思えませんから。仕える方のためにいらっしゃったと考えるほうが自然です」
お客さんは納得したようなため息を吐いた。
「わかりました。たしかに黙っていることが多くて問題が解決できないのでは本末転倒ですね。私が仕えている家のご令嬢がにきびで悩まれていまして……にきびに効く薬草というものがあれば……」
なるほど。年頃のご令嬢なら気にもするだろう。
「わかりました。にきびにはカモミールが効くのですが、ほかにもよく効く薬草が手に入ったんです」
よく効く薬草とはユキノシタのことだ。大部の薬草関係の事典でユキノシタはニキビによく効くと出ている。
あとはキンセンカも悪くはない。こういったものを複合的に試してもらおうか。キンセンカならお茶のように飲んでもらおう。
薬草というのは直接的に病気を治すものというよりは、体調を整えて少しずつ回復させていく面が強い。だから、複合的に問題に対処していく形になる。
私は処方する薬草と使用法を順番に説明していった。
お客さんはさらさらとメモをとっていた。たしかに使い方を間違って意味がないなんてことになると大変だ。
筆跡からも教養がうかがわれる。
「ありがとうございます。丁寧なご対応、痛み入ります」
「一般の方にとって、薬草はどれもなじみがないですからね。これがお皿の上の料理なら知らないものでも食べればいいだろうとすぐにわかりますけど、薬草はそうはいかないので」
そのお客さんは丁寧な礼をして、帰っていった。
その日の夕食の時間、オーキッドは「今日はずいぶん遠くの騎士が来たらしいね」と言った。なお、夕食は村の人からおかずをもらってきた。鍋に入ったニワトリと香草のスープはとくにいい味付けだ。
「どうして、そんなことまで知っているんですか? もしかして友好的でない領主の偵察だったり?」
すぐにオーキッドは首を横に振った。たしかにオーキッドの態度でおおかたのことはわかっていた。
「僕から知ろうとしなくても、村の中を知らない人間が歩いていれば目立つんだよ。村の人もさりげなく、僕に報告してくれる」
これは一種の安全保障なんだろうなと私は思った。
「山を二つぐらい越えた先の子爵だね。子爵といっても、ちょっとした城と五十人以上の兵士を抱える規模だから、こことは違うけどね」
「あんまり悲しくなることは言わないでください。まあ……そんな子爵の家なら、私が来ることはなかったと思いますが……」
ギルベール王子とアルデミラ侯爵令嬢は私に嫌な縁組みと思わせて、プライドを傷つけることを目的としていただろうから、有力な子爵との縁組みを考えるわけがない。
最初から山賊に殺させるつもりなら、どこに嫁がせても一緒ではと思うが、有力な子爵なら王子でも一方的にすぐに私を押しつけられないか。
「今、このあたりに残っている領主に敵はいないから心配しないでいいよ。敵だった領主はつぶされたり、親戚に継承されてしまったりしてるから」
「やっぱり、東部は血なまぐさいですね」
「それを殺されかけたティエラが言っても説得力がないよ」
「それは……そのとおりです」
オーキッドに笑われて、私も一緒に笑った。
ああ、自分の過去をごく普通に笑い飛ばせるということは、今の私が幸せという証拠なんだな。
しばらく、いかにも騎士だろうというお客さんはちょくちょく私の店にやってきた。効き目が出てきたので、ぜひ続けたいということだった。
そして二か月ほどが過ぎて、暑い日が増えてきた頃、またお客さんがやってきた。
「ありがとうございました。ご令嬢からも本当にありがとうございますとおっしゃっていました。今日はそのことをお伝えに参りました」
「ということは、解決したんですね。本当によかったです!」
私は自分のことのように声を上げて喜んでしまった。
「あっ、はしたなかったですね。すみません」
「いえ、こんなに喜んでくれるだなんて、本当に店主は心もおきれいな方ですね」
その時、私は気づいた。
ほかの誰かにこんなに気持ちを通わせられるだなんて、王都にいた時はなかった。感情を表に出すこと自体が危険になることすらあるからだ。
この村での生活のほうがはるかに素晴らしい。
またお客さんは丁寧に礼をして、帰っていった。
あれ、そういえば「心もおきれい」と言っていたっけ。
私は店の鏡を見た。
少なくとも、今の私は昔より笑顔でいられる時間が長いようだ。
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