2 事実上の追放
三日後、王太子邸に出仕した私は、王子と婚約者のアルデミラ侯爵令嬢に呼び出された。場所は大きな会議室だ。
今日は密談ではないようで、警護兵もいれば、王太子邸に勤務している役人もいた。王子と侯爵令嬢らは奥の席についている。
「何かございましたでしょうか?」
私はこの王太子邸で侍女をしている。侍女といっても、実際は事務仕事だ。
王太子が所有する所領は全国にあるし、そことの書類のやりとりだけでも膨大な量にのぼるから、事務員は一定数必要になる。
薬草伯家のようになんらかの知識の伝承で家をつないでいる一族なら、誰しもが相応の教養を持っている。なので、事務員として使う分には、薬草伯家の末端の私でも問題ないというわけだ。
「ティエラ、お前はいまだに婚約者もいないらしいな」
「ええ、お恥ずかしながら」
事実ではあるのだが、王子がニヤニヤした顔で言ってきたので、私は顔をしかめた。
伯爵家の娘が17歳で婚約者すらいないというのは、はっきり言って遅い。
「親に愛されていないと大変だな。お前の親父が正式な結婚をする前に遊女との間にこしらえた娘だから、しょうがないんだろうな。髪の色もお前ひとりだけ、金色ではなくて銀髪だし、正妻の血ではないとよくわかる」
これは暗殺を拒否した当てつけだ。
自分の筋が通ってなかろうと、私に反論されたことが腹立だしかったのだろう。
しかし、この程度で腹の虫が収まるなら我慢もできる。
とうてい成功しそうにない暗殺をやらされるよりはマシだ。
「おっしゃるとおり、私の母親は王都の遊女だったそうです。名前も、今はどこに住んでいるのか、存命しているのかすら私は知らされておりません」
「そこでな、俺はお前のためにいい婚約者を選んでやった。オーキッド・ハルクスという子爵だ。歳は21だ。お前とそう変わらんだろう?」
子爵か。伯爵家の娘とはいえ私の立場を考えれば、それほど悪い話ではない。
その話だけを聞くかぎりには、まともだ。
聞いたことはない名前だが、子爵などフィルギナ王国中にいくらでもいるし、知らないほうが自然だろう。
だが、王子が善意ですべてを決めているとは思えなかった。
「そうそう、この子爵は東部の小さな盆地の村の領主だ。到着するまで時間もかかるし、数日中に出発してくれ」
そこまで言われて、王子の意図がわかった。
無謀な計画とはいえ、私に暗殺を漏らしたのだ。
遠方に追いやって、とことん人払いをしてしまえということだ
「数日中に出発……ですか?」
「そうだ。五日以内に王都を出ない場合は俺への反逆行為とみなす」
実質的な追放刑ということか。
しょうがない。心の中でそうつぶやいて諦めた。
私の立場で逆らえるわけもない。
薬草伯家としても、遊女との間にできた娘などいてもいなくてもいいのだ。
政略結婚の道具としても、母親の地位が低すぎればほとんど意味をなさない。
「うけたまわりました」
私はそれだけ言って、部屋を出た。
出立の用意もしないといけないので、最低限の事務作業を終えて帰ろうとしたところでアルデミラ侯爵令嬢が私しかいない部屋に入ってきた。
「悪いけど、あなたに王都にはいてもらいたくなかったのよ」
「密談に呼ばれた以上、やむをえない措置です。心配なさらずとも、誰にもしゃべりません。証拠も何もありませんし」
「違うわよ。あなたが王子のそばにいると、王子があなたに誘惑されるおそれがあるからよ」
私はあぜんとした。とても思い当たる節などない。
「何かの勘違いだと思いますが……。それに殿下にはアルデミラ様がいらっしゃいますし」
「あのね、男というものは一人の女だけしか愛せないとは限らないのよ。私を愛していても、ふと飽きてほかの女に目がいくこともあるわ。あなたは家でも日陰者かもしれないけど、薬草伯家の娘であることは事実だし」
もしかして、この人の見当違いな嫉妬のせいで、私は遠方に追いやられるのか。
誰からも顧みられないのは仕方ないが、いろんな人間の恨みを買うのは神を呪いたくもなる。
「はぁ……。殿下もさすがにもう少し見目麗しい女性を探すと思いますが」
アルデミラ侯爵令嬢はあきれたというため息を吐いた。
「あなた、薬草のことには詳しいようだけれど、色恋は本当に興味がないのね。自信がないから地味な服を着ているんだろうけれど、あなた、顔の造作は十分に整っているわよ。ただ、その価値を見せることをしてないだけ」
容姿を褒められる経験などあまりないが、褒められるとやはりうれしいものだ。
しかし、そのせいで遠方にやられるわけで、割に合わないが。
「だから、王子があなたの価値に気づく前に確実に消えてもらうの」
侯爵令嬢は私の耳元で囁いた。
少し、不気味な感じがした。