19 掃除の時間
「うん、なかなかサマになっているのではないでしょうか」
「だね。ここなら街道を通る人もよく目につくし、目立つんじゃないかな」
地元出身のオーキッドも大丈夫だと言ってくれているのだから、これは大丈夫だろう。
私たちは店の外に出て、外観を点検していた。
もっとも、まだ開店していないから、厳密には店になる予定の建物と言うべきだが。
看板には「ティエラ薬草店」と書いてある。
私が店主をつとめる薬草の店である。
「街道に近い場所に空いている家があってよかったです」
「そうだね。このへんは大半が農家だから、空き家ができても頑丈なようなら、倉庫として使うんだ。この空き家も石造りだったから、せっかくだからということで資材置き場になってた」
オーキッドが説明する。建物の選定はオーキッドが進んでやってくれた。
そこは信頼されている村の領主の言葉のほうが響く。おかげで文句のつけようのない建物の案が示されたのだった。
「屋敷がもっと低いところにあれば、屋敷の一部を使ってもいいなと思ったんですけどね。あんな高台じゃ、上がってくる気がしませんから」
「防御上の意図であんなところに建ってるからね。商売は人が通るところでやらなきゃいけないから、目的が違うんだ。ここなら買い物や用事のついでに出てきた住人が買いに来られるからちょうどいいね」
そう、斜面の中腹に住んでいる人でも、用事があれば川沿いの街道近くまでは下りてくるから、ついでに大回りしなきゃいけないということはないのだ。
「まあ……まだ外側ができただけで……」
私は入口のドアを開けた。
中はホコリが多いどころか、鍬や鋤がいまだに残されている。ほかの資材置き場に移転されてないものは、持ち主不明のものだ。
「中身をどうにかしなきゃダメなんですけどね……」
「棚は職人さんが作ってくれるし、農具も動かせばすぐどけられるよ。たいして広くないから掃除もすぐできる」
「掃除も不慣れではではあるんですが、これにも慣れないといけませんね」
私は、はぁとため息を吐いた。
結婚したその日から私はオーキッドの屋敷で暮らすことになった。
これ自体は当たり前だ。結婚後も別居していたら、小さなオールモット村中で噂になるだろう。
だが、屋敷で暮らすということは一つ大きな問題があった。
掃除も私とオーキッドの二人でやらないといけないのだ。
いくらオーキッドが小領主だと言っているからといって、代々一族が生活していた程度には広い屋敷なのだ。掃除の専門スキルもない二人で掃除するというのは簡単なことではない。
専門スキルがないどころか、私に至っては、王都に住んでいた頃は掃除などやらせてもらっていなかった。
そういうことは使用人がやるものであって、貴族の一族がやるものではないというのが我が家の教育方針だった。
せっかく結婚することになったからということで、普段オーキッドが使わずにいた部屋まで掃除しようとしたが、おそらく勝手が悪いのか、ずいぶん時間がかかってしまった。
結局、掃除が一段落するのに三日もかかった。
だから、また掃除かと思うとげんなりしてしまうのだ。
まあ、自分の店を自分が掃除しないわけにもいかないのだが……。
「ところで、薬草のほうは大丈夫なの?」とオーキッドに尋ねられた。
「ええ。ここに住んでいれば品物のストックが消えるということはないですよ。ある意味、薬草伯家の人間にとって最高の環境です」
これはあながち冗談ではないなと思う。
薬草の知識を多くの人に対して使えるなら、それは素晴らしいことだ。
さて、外観は整ったし、時間があるうちに今後に向けた対策をしておこうか。
「オーキッド、二人で掃除について村の人に入門しませんか」
「えっ? 掃除入門?」
私の言葉がおかしかったのか、オーキッドがびっくりしたような反応をした。いや、これはびっくりしているというより、面倒だから避けたいという反応だ。
「オーキッドが掃除するのも見ましたが、とくに掃除が得意でもありませんよね。私もはっきり言って半人前です。未熟な二人で掃除をしていたのでは、時間がかかります。掃除の技術と知識を高めるべきです」
もしそれで毎日の掃除の時間を短縮できたら、相当な意義がある。
「わかった。じゃあ、ちょっと聞いてこようか……」
掃除は雑貨店を営んでいるアルクマおばさんがとにかく得意ということで、彼女は店番もほかの人に任せて掃除のレクチャーをしてくれた。
「あっ、奥方様、そこはごしごしこすってはいけません。優しく拭かないと、板材が傷みます」
「そうですか……。でも、力を入れなくてすむなら、少しは楽になりそうですね」
「子爵は論外ですね。いかにもいいかげんな男のやり方です。もう少し丁寧にしてください」
「はいはい。努力するよ……」
オーキッドは何でもそつなくこなすと思っていたが、苦手なこともあるらしい。
「それにしても、この水のついた布で拭くとやけに汚れが落ちる気がするんですが。瓶もピカピカになっているような」
「それは灰を入れた水を使ってるからです。灰に熱湯を入れて、上澄みを使えばよく汚れが落ちるんですが、子爵はご存じないんですか?」
オーキッドがアルクマおばさんから目をそらしたので、オーキッドが知らないのが確定した。
やっぱりどんなことにでも詳しい人がいるし、そういう人に聞かないといけないのだ。
その日から、私とオーキッドの掃除の効率は少しよくなった。
新章の章タイトルは今、設定するとネタバレになるおそれがあるので、章が進むまでつけずにいます。ご了承ください!




