18 結婚の日
私がオールモット村に到着したちょうど二週間後。
私は実家から持ってきた豪華なドレスに身を包んでいた。
髪を整えるのも近くの町から呼んできた女性職人に担当してもらった。
理由は簡単で、今日、私はオーキッドと結婚式を挙げるからだ。
「ところで、なんで今日だったのですか?」
聖職者のクリエラさんが私のドレスの最終チェックをしながら尋ねてくる。
私が生活していた教会で式を開くので、あまり特別な感覚がないが、そんなことは些細なことだ。
「子爵が2週間待って、それで私が心変わりしないなら結婚するとおっしゃったからです」
「ああ。子爵はあんなに狩りも上手なのに、自信がないところがありますからね」
クリエラさんもオーキッドの性格は同じ村に住んでいるだけあって、とっくに把握しているようだ。
「私が王都から来たせいも大きいでしょうけどね。都会の人間がここで生活すると音を上げるかもと思ったんでしょう」
「大丈夫でしたか? お世話をさせていただいた私が言うのもおかしいですが、何かと不便だったと思いますが」
クリエラさんが少し困り眉になって聞いてきた。
「どうってことはありません。いくら王都だろうと、そこがとんでもなく窮屈だったら、そうじゃない場所のほうがいいに決まっています」
本当に考えるまでもないことだ。
「たしかに、当初よりティエラさんも元気になられた気がします。たまに田舎に出てくると、性格が陽性になる人はいらっしゃいますからね。ティエラさんもそうなのかもしれないですね」
たしかに、この数日、薬草を採取したり、乾燥させたり、葉をすりつぶして生薬を作ったりする時も自然と笑っていたと思う。
王都での生活にはなかったメリハリのようなものがあった。
「よし、髪は完璧です。ドレスもとても似合っておいでですよ」
「ありがとうございます。自分の持ち物とはいえ、こんなドレスはほとんど着た記憶がないので落ち着かないですが、式典用なんだから当然ですね」
王太子邸への出仕も地味な服で行っていたし、パーティーに私が顔を出すこともめったになかったせいだ。
「それでは、隣の部屋でお待ちの子爵のところにその姿を見せてあげてください」
「ええ。もたもたしていて、ドレスを着崩してしまったりしたら大変ですからね」
隣の部屋のドアを開けると、そこでは緊張した面持ちのオーキッドが立っていた。
「あっ、ティエラ……」
声も上ずっているし、緊張は表情だけじゃないようだ。
「スーツ姿なせいか、いつもより凛々しく見えますね」
「ありがとう。ドレス姿のティエラは、その……本当にきれいだ。絵に描いたような王都のお嬢様だなって……」
オーキッドは顔を赤くしている。素直にうれしいけれど、新郎の反応としては少しズレている気もする。
「夫が顔を紅潮させるというのはおかしくないですか? どちらかといえば、女性側の反応ですよ。これまでだってそこまで恥ずかしがることはなかったと思うんですが」
「今のティエラがこれまでで一番美しいからだよ……」
まさか、こんな歯の浮いたセリフを言われることが人生で来るなんて。
しかも、ちゃんとうれしいじゃないか。
もし、政略結婚で大貴族の妾同然の立場に置かれたりしたら、こんな気持ちになることもなかっただろう。
この人となら長く二人で歩んでいける。
「ありがとうございます。オーキッドもとてもかっこいいですよ。王都にいたら、多くの女性が振り向くはずです」
「自分の体験からは想像もできないけどね。前にも話したかもしれないけど、僕はあまり女性には慣れてないんだ……。思春期の頃は仕事のせいで避けられてばかりだったし……」
「異性に慣れていないのは私も同じだから、ちょうどいいですね。さて、そろそろ神像の前に出ないと」
神像の前に立ち、結婚を誓うのがフィルギナ王国の作法だ。
「うん」
ゆっくりとオーキッドが私の右手を優しくとる。
そして、私を丁寧にエスコートしてくれる。
私はオーキッドとともに礼拝堂に入る。神像の前には、すでに町から来た上級神官が立っている。
列席しているのは周辺の領主の一族だ。さすがに村の人たちをすべて入れるといったことはできないけれど、あとで村を回ることになっている。
私たちは王国の最高神の像の前で、お互いの指に指輪をして、それから、ゆっくりと顔を近づけて――
口づけをした。
口づけは本当に短い時間のことだったけれど、とても特別なことに感じた。
この瞬間、私はオーキッドの妻になったのだから、それも当然か。
「ティエラ、君を何があろうと守り抜く」
「オーキッドが体調を崩したら、あらゆる薬草を使って回復させますね」
そのあと、私たちはオールモット村をゆっくりと歩いて、村中から祝福を受けた。
間違いなく、人生で最も幸せな一日だと言っていいだろう。
ここで第2部 完です!
次回から第3部に入ります!
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