17 毒殺の噂 【王都視点】
この回は、ティエラの一人称視点ではなくて、王都を書いた三人称です。
ティエラが王都を離れて20日弱がすぎた日、薬草伯ドーミル・エキュールは王の政務室に呼び出されていた。
薬草伯は王の諮問に対して、その知識で答えるのが本来の職務なので、呼び出しがあること自体はなんら不思議ではない。
たとえば冷え性でひどいという話であれば、入浴時にこの薬草を入れてみてはどうかといった提案をする。
しかし、そんな単純な話で呼ばれたのではないということは、ドーミルも人払いが行われている政務室に入って、すぐに悟った。
もっとも、人払いといっても、近衛隊長や宰相といった側近中の側近と言える人々は部屋の隅に立っていたが。それでも、側近だけがいるということに、ただ事ではないということは伝わった。
「陛下、何かございましたでしょうか?」
ドーミルは礼節通り、片膝を床に突いた。
王のマドリアドは政務室の大きな机の奥でゆっくりとうなずいた。40歳なかばだが、10歳は老けて見える。
「薬草伯、お前の娘が嫁ぎ先に到着する直前に悪漢に襲われたらしいな。親として気が気でなかったであろう」
言葉だけは気遣うものだが、王はその娘の地位が高くないことも、ドーミルがその娘に厳しく接していたことも知っている。そこは宮廷での方便だ。
「はい。幸い、すぐに悪漢は退治されて、娘は無事に婚約者の元に到着したとのことで、ほっとしております。そもそも、手紙自体が娘の手によるものでありましたし」
ティエラからの手紙は婚約者の所領に到着した二日後、つまり悪漢に襲われた二日後に書かれたものだった。
落ち着いてからペンをとったので遅くなったというようなことが書いてあったが、ドーミルには細かいことでしかなかった。
とにかく、結婚も問題なければひと月以内に行う予定だと書いてあったので、それ以上のことは気にも留めなかった。
薬草伯家としては、それで義務は果たしたのだ。
「うむ。それでな、悪漢が出た話はすでにワシの耳にも入っておるのだが」
悪漢が出た際に居合わせた薬草伯家の従者はすでに王都に戻っているし、箝口令も命じてないので、どこからか王の耳に入るのはおかしなことではない。
だとしても王の耳が早いのは確かだが。
「悪漢の登場がまるでお前の娘を殺そうとする計画めいたものに感じられてな、引っ掛かっておるのよ。そういえば、婚約が決まったのも、やけに早急であったはずだしのう。ああ、薬草伯、楽な姿勢になっていいぞ」
言われて、ドーミルは立ち上がった。
「暗殺の疑いがあると? ですが、親の私が言うのもおかしいかもしれませんが、娘に何の権力もありません。娘が死んで権益を手にして、得をする人物などいないのでは」
「それは事実かもしれん。ただ、念のためだ。お前の娘から何か聞かされておらんか? たとえば、王太子と何かひと悶着あったとかな。お前の娘は王太子邸に出仕しておっただろう?」
「いえ、王太子殿下は娘の婚約者のあっせんまでしていただいたほどなので、もし娘がご迷惑をかけることがあるなら、そんなことはされないと思います」
ドーミルは顔を変えずに一般論を述べた。
このあたりは彼も慣れている。それに憶測めいたことは本当にティエラから聞いていなかった。
「そういう考え方も可能だな。だが、お前の娘を王都に置いておくことがまずくなって、地方に飛ばしたという考えもできるのでな。婚約のあっせんも、寝耳に水だったはずであろう? 婚約する男も婚約の話を持ち出されて、とうてい断れない地位の者を選んだような気もする。まあ、そんなことはないと思うがな。王などをやっていると、猜疑心が強くなって困る」
「ちなみに、王太子殿下の不穏な噂でも入っているのでしょうか?」
「ワシに毒を盛れないかとお前の娘に言った――という噂なら聞いている。真偽は不明ではあるが、愚息の婚約者が友人に漏らしたのを聞いたという者がいる。ほかにも愚息の側近が酒場で友人に話したとかな。つまらん噂よ。そのくせ、いくつかの筋からワシの耳に入ってくる」
ドーミルは娘がいきなり田舎貴族の元に嫁ぐことになったのはそのせいかと確信した。
王子が王に毒を盛れなどと無茶な要求をして、薬草伯家の人間は食事中の王のそばには寄れないと娘は断ったのだろう。
口封じのためか。単なる私刑のためか知らないが、山賊に襲われたことにしようとした。そして、失敗した。
結果、王が何かがおかしいと勘づくことになった。
不自然なことが重なっているなら、それは人為的に仕組まれた可能性が高い。
「言うまでもないことですが、陛下を害する計画を確認すれば私はすぐに注進いたします。娘からの手紙ならすぐにこの場に持ってまいりますが」
「いや、よい。田舎道であれば山賊も出るだろうし、おかしなことはない。ワシが疑っていただけよ。ところで、話は変わるが、薬草伯、これまで愚息に娘を出仕させてくれていたが、もう一族を出仕させる必要はないぞ。もし、どうしてもということであれば、第二王子のほうにしておけ」
ドーミルは、王太子は終わったなと確信した。
これは、王太子を王位継承の立場から切り捨てるという意味だ。
宮廷社会では自分の気持ちをそのまま表明する者は愚かだし、そういう愚か者はしばしば不慮の死を遂げるか、没落する。
今の王太子は宮廷社会のルールに逸脱したことをし続けて、排除されることになったというわけだ。
「わかりました。王太子のそばには才能のある方が集まっておりますので、我々の役目はありません」
「毒を使うなんて噂が出ているところに、薬草伯の一族がいれば、余計な疑いをかけられるからな。ならば、念のため距離を置いておくほうがいい」
王もドーミルもまったく笑わないまま、会見は終わった。
それから先、王太子の婚約者であるアルデミラ侯爵令嬢の一族が、少しずつ宮廷から遠ざけられていくのを、目ざとい者だけは気付いていた。
次回は17時更新予定です!




