14 山賊の生き残り
オーキッドの表情が変わっただけで、鈍感な私までこのあたりに殺気が漂っているような気がしてきた。
「こんなところにいるって、イノシシか何かじゃないんですか?」
「いや、そんな気配じゃない。これは人間だ。それと、念のため、ティエラはこっちのほうに隠れていて」
オーキッドは私の手をつかむと、原っぱから少し低くなったところに移動させた。
「人だとしても、村の人が来ただけということはないんですか?」
「村人はこの時間、僕が狩りに入ることを全員知っている。その時間は入らない。獲物の奪い合いになるからとかじゃなくて、純粋に矢が当たる危険があるからだ」
たしかに矢が刺さったりしたらシャレにならないから、狩りの時間に地元民が立ち入ることはないか。
「あと、このあたりの山はどこも所有がはっきりしていて、この地方の人間が無闇には入らない。領主の狩場を荒らしたということで、投獄される危険があるからね」
楽天的な可能性を一つずつオーキッドはつぶしていく。
さっきまでのオーキッドの雰囲気とはまったく違う。触るだけでケガをしそうな、そんな怖さがある。
「でも、王子や侯爵令嬢が何度も追手を差し向けるような真似はしないだろうって、オーキッドは言ってましたよね」
別に私は何としても息の根を止めないといけない存在ではない。
だったら、最初から王都で仕留めるはずだ。
山賊を使って、あわよくば殺しておこう――彼らの思惑はその程度のものだろう。
「派遣された追加の追手の可能性は低い。だけど……何かが来てはいる」
オーキッドも頭を下げて、息をひそめた。
やがて、明らかな足音らしきものが違うところから聞こえてきた。
善良な住民とは違うということは、話している言葉からわかった。
「おそらく、このへんだ。このあたりから降りればオールモット村にたどり着く」
「でもよ、兄貴、そんなチンケな村を襲ってもろくなものは手に入らないんじゃないか?」
「そうですよ。街道を張ったほうがいいですって」
山賊だ。
私は口を押えて、声が漏れないようにした。
「違うっつうの。オールモット村と言えば、薬草伯の娘が来たところだよ。頭領たちが殺し損ねて、逆にぶっ殺されたんだから、村のどっかにはいるだろ。そいつを殺して、王都に持っていけばたんまり儲かる。しかも残った俺たち3人だけで独占だぜ」
「あ、たしかに、それはいいな!」
「冴えてますよ、兄貴!」
「あと、俺のことは頭領って呼べよ。もう前の頭領は死んでんだからよ」
たしかに山賊の人数まで確認しようがなかった。おそらく、この3人は馬車がほかの道を使った場合に備えて、そちらで張っていたのだろう。
山賊なら山林の所有者に逮捕される危険も顧みずに山の中を移動してくることもあるだろう。むしろ、人が少ない山林のほうがよほど安全かもしれない。
どうしてだろう……。昨日より、今日のほうがよほど怖い。
はっきりと命を狙われていることを考える時間があるからか。
昨日はよくわからないままに命の危険を感じて、さらにすぐにオーキッドが助けてくれたから。
体がふるえる。
殺されるかもしれないと思うと、平然としてはいられない。
ぽん、と肩に手を置かれた。
オーキッドの手だ。
「婚約者の命を守るのは当たり前の仕事だから」
オーキッドはそう言うと、原っぱのほうに顔を出した。
そして、すぐに矢を放った。
放ったと思うと、もう次の矢の準備をしていた。
「ちっ! 頭を射抜かれやがった! 領主の兵士か? あっ……」
その山賊も矢が刺さって、声を出さなくなった。
そのまま、オーキッドはナイフを持って生き残りに近づく。
怖くなって、私は頭を抱えて、起こっていることを見ないようにした。
「ああああっ! いてぇっ!」
オーキッドが冷たい声でこう尋ねていた。
「命が惜しかったら、正直に話せ。何か隠してると判断したらその場で殺す」
「わかった! わかったから待ってくれ!」
オーキッドはほかに山賊の仲間がいないかどうかをまず確認した。
もう山賊仲間がいないとわかると、依頼人の確認をした。王子と侯爵令嬢の名前がちゃんと出た。
「ほかに王子たちが依頼した山賊がいないか知らないか?」
「王子に確認とったわけじゃねえけど、そんなことないだろ。同じ標的を狙って、山賊同士で争うことになる。それで急いで仕留めようとした奴が失敗して警護を固められたら、意味がなくなる」
「わかった。助かったよ」
「じゃあ助けてくれ――」
「僕には領内の犯罪者を処刑する権利があるんだ」
山賊の声はそれっきり聞こえなくなった。
私がゆっくりと顔を上げると、オーキッドが寂しそうな顔をしていた。
手には赤く染まったナイフが握られている。
「こういうことは、もうしたくなかったんだけどね。これは必要悪だ」
オーキッドは笑おうとしていたが、明らかに顔はゆがんでいた。
腕前が見事なものだからといって、こんなことをして平気ではいられないのだ。
オーキッドは私を守って、その代わり、たしかに傷ついている。敵だからといって、殺してなんともないなんてことはないのだ。少なくとも、オーキッドはつらい顔をしている。
だから、私がその心を安らかにする義務があると思った。
私はオーキッドのそばに寄って、その手をぎゅっと包んだ。
「大丈夫です。オーキッドは何も悪くありません! 私が保証します」
「ありがとう、ティエラ。君は優しいね」
「もし自信がないなら、私がずっとそばにいて、オーキッドは何も悪くない、婚約者を守った立派な人だと言い続けますから!」
次回、21時更新します!




