12 よく見れば薬草だらけ
動きやすい服といっても、街に出かける服という次元のものではなくて、山に分け入るようなものはあるはずがないから、私は教会のクリエラさんから、農作業用でも使うズボンを借りた。
脚だけでなく、体の上も手まで隠れそうなほど長い農作業着を着ている。
これほどオシャレからほど遠い服も少ないのではないか。
「正直、交際中に女がこの格好で現れたら、どんな男も幻滅すると思います。王都で着たら一週間は宮廷社会で話題にされるでしょうね」
私は納得がいかないという顔で、オーキッドのほうを見た。
王都では地味な見た目ではいたが、かといって格好悪い見た目でいたわけではない。
一方、オーキッドのほうは山賊を倒した時のような狩人の格好だ。
それも異性と出歩く格好ではないが、私よりはずっとサマになっていた。
「ごめんごめん。でも、山に入るとトゲのある枝もあったりして、ケガをする危険もあるし、肌は出てないほうがいいんだ。クリエラさんのチョイス自体は適切だよ」
「わかりました。結婚しても狩りのお手伝いはできないと思いますけど、どういうことをされているか知っておくのは悪いことではないですからね」
「そういうこと。僕が普段何をしてるか、見ておいてもらったほうがいいからね」
狩りの場所は高台のオーキッドの屋敷のさらに上に進んだところだった。
道らしい道はなくて、完全に森の中に入ってしまう。
道を茂ってきた木の枝が覆ってしまっているところもあり、たしかに肌を出しているとケガをする危険はありそうだった。
もし、王都で男が婚約者をこんなところに連れてきたら、非常識極まりない人間として貴族中の笑い者になるだろう。そんなことを移動しながら考えた。
言うまでもないが、だからといって、今の私は山道を歩いていることに不満はない。
王都には王都の、田舎には田舎の正しさというものがある。
だいたい、王都を追放された私が、王都の常識を持ちだすこと自体が愚かだ。
そんな考え事をしながら、オーキッドの後ろをついて歩いていると、ずるっと足が滑った。
しまった。道が意外と砂地で傾斜を上りきれなかった!
体が反り返りそうになる。せめて、転倒しないように前かがみになっているべきだったか……。
私の右手が、がしっとつかまれた。
「ティエラ、大丈夫!?」
「え、ええ……。すべっただけですから……」
それにしても、自分と同い年ぐらいに見えるような童顔なのに、手はすごく硬くて、がっしりしている。
「ずいぶん、頑丈な手をしているんですね。弓を引くからですか?」
「どちらかというと、農作業のせいかな。僕の注意が甘かったね。ごめん!」
「いえ、それはいいんですが、念のため……もう少し手を握っていていただけますか?」
「うん……。それぐらいならいいけど」
なんだろう、手を握られると、妙に胸が高鳴る……。
これが物語でよく見る恋愛感情というものなのだろうか。
それとも、単純に経験がないから、落ち着かないだけなんだろうか。転倒しそうになったから、落ち着いていないのだろうか。
よくわからないけれど、こうしていて、あまり嫌な気持ちにはならないし、もう少しこのままにしていよう。
「狩りの場所はもうちょっと先なんだ。疲れたら休むから言ってね」
「いえ、それは大丈夫そうです。ああ、この背の高い草はアルカンナじゃないですか! こんなところにも生えているんですね」
「え? そんな珍しい草があった?」
「乾燥した土地に生える草なんです。根は火傷などでただれた部位を治療する時に使えます。そちらにはハッカが生えていますね。胃を整える効果がありますし、蚊に刺されたかゆみ止めにも使えます。その奥はニワトコですね」
それからも、目に入る薬草の名前を私はいくつか挙げていった。
「この森は植物の種類が豊かですね。そこまで人間の手が入っていないせいでしょうか。王都の近くだと、小高い丘もハゲ山のようになってしまって、薬草の種類も少ないんです」
ぽかんとした顔で、オーキッドは私のほうを見つめてきた。
「どうしましたか?」
「ティエラは本当に博識なんだね! 住んでる僕も知らない植物の名前がいくつも出た。まして効能なんて考えたこともなかったよ」
「ははは……薬草に関してだけは詳しくないと許されなかったですから……」
「すごいよ。それだけの知識があれば薬屋も開けるんじゃない?」
「いえ、本格的な治療薬を作れるほどの技術は私にはありませんから。まだまだですよ。せいぜい、日常使いができる薬を用意できる程度です」
「それだけでも十分にすごいけどね。もしかして、たいていの植物って薬草として使えるの?」
オーキッドがそのあたりの草に手を出した。
「申し訳ないですが、知識がないのなら、やめておいたほうがいいです。薬になる草木が多いのは事実ですが、逆に言えば毒になるものもあるということです。薬と毒は表裏一体ですから」
「あっ、そっか……。そういえば、そうだね……」
「たとえばスズランの根は大昔は治療に使われていましたが、毒性が強すぎるので今では避けられます。民間で気軽に使えるものではありません。まして効能を知らないのに試してみるのはやめておきましょう」
「ありがとう。ティエラの言うとおりだ。気をつける。でも、ティエラの知識があれば、この村でもやっていける気がするよ」
請け負うようにオーキッドが笑った。
「それは、結婚してこの村で暮らせそうだという意味ですか?」
私も少しからかうように微笑む。
「それは……もう少しティエラに様子を見てもらってから、決めてもらうことだから……。さて、そろそろ狩りの場所に着いたよ」
山の上の、少し視界の開けた場所に出ていた。
次回は17時頃更新予定です!




