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【連載版】地方に追放された伯爵令嬢は、子爵の夫と第二の人生を幸せにすごす  作者: 森田季節
第2部 伯爵令嬢は田舎子爵とともにすごす

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11 子爵の朝食

 朝食は聖職者のクリエラさんが作ってくれるものだと思っていたのだが、



「子爵が用意してくれているそうですので、今日は屋敷まで上がっていただけますか?」



 とのこと。



 ということは、オーキッドは本当に食事も自分で作るらしい。



 朝になってオーキッドの屋敷を見てみると、屋敷の外側は木の柵で囲まれていて、さらにたしかに深い空堀が掘られていた。



 屋敷の正面側には丈夫な木の橋がかかっているから気づかなかったが、これを外せば立てこもることだけは可能だろう。そこまで孤立して逆転できるかはわからないが。



 これぐらいの構えは戦続きでない土地でもありうる。



 その堀の外側に高台にしてはかなり広い畑地がある。位置からして、これもオーキッドのハルクス家の私有地なのだろう。



 肝心の屋敷だが、もし庶民の家と考えればかなり裕福だと思えるが、領主の住まいにしては小さい。代々、領主から村長に任命される家だというぐらいの規模だ。



 逆に言えば、だから一人暮らしでどうにかやっていけているのだろう。巨大な石の城に一人で暮らすには無理がある。



 ドアは開いているので、中に入ってみた。



 すると、香ばしいパンの香りが広がってきた。



「おはよう。食堂の場所は昨日来たからわかるよね。座っていて」



 そんなオーキッドの声だけが聞こえてくる。

 言われたとおり、昨日の夕食を食べた食堂に行くと、すでにサラダが置かれていた。



「そんなに品数は多くないけどね。あと、先に断っておくけど、手の込んだものは作れない。朝食なら問題ないよね」



 そう言って出てきたオーキッドは大きな皿を二つ持っていた。



 焼かれたパンと、もう一皿にはチーズと卵を焼いて混ぜたようなもの、あと、何かわからない肉が載っている。



「この肉は何ですか?」



「猟で狩ったシカ肉の燻製。これはとくにフィレの部分。ハチミツにつけてからゆっくりいぶしたので、硬くもないしいい仕上がりのはずだ」



 こともなげにオーキッドが言う。本職の猟師と話をしているようだ。



「まさか、朝からシカ肉が出るとは思いませんでした。早速いただいてみますね」



 想像以上に美味しくて、私の目が少し見開かれたと思う。



「臭みも全然ないし、見事な出来栄えです!」



「よかった! 僕の力というよりシカのおかげだね。それじゃ、イノシシ肉の燻製もあるから持ってくるね」



 ずいぶん野趣あふれる朝食になってしまった。



 まさか、生活がここまで激変するとは思わなかった。これも生きているから味わえることなので、早とちりして川に身を投げなくてよかったと思う。



「どれも美味しいですよ、オーキッド。私の一族は料理をすること自体が使用人がするもので、貴族がするのははしたないとして禁じられていたので、とても新鮮です」



 そんな私の感想を聞いたオーキッドは噴き出した。



「たしかに王都の貴族はそんな価値観を持ってるだろうね。こっちは一人しかいないので食事も含めて、あらゆる雑用をやらないといけないんで、はしたないも何もないんだ」



「でしょうね。オーキッドからしたら、私たちのほうがよほど非常識なんでしょう」



「実は僕のことを知ってもらおうと思って、今日の朝食は僕がやるとクリエラさんに言っておいたんだ。僕の生活は王都の暮らしとあまりにかけ離れているから」



「ああ、田舎の生活に耐えられるか、テストをしようということですね」



「テストと言ってしまうと僕が審査する側みたいだけど、審査をするのは王都で暮らしてたティエラのほうだよ。どちらがいい悪いではなくて、暮らしが違いすぎるから、耐えられなくなってもおかしくはない」



 オーキッドの言いたいことはわかる。



 かつて王族で庭を田舎の暮らしそっくりに仕立てた人がいたが、そんな人でも本当に田舎で暮らしたいとは思わなかっただろう。



「たとえば、こんな粗野な朝食はダメだということであれば、オールモット村ではどうすることもできない。僕より料理上手な人ならいくらでもいるから、その人に作ってもらうことはできるけど、宮廷料理のようなものを望まれたら打つ手がない」



「おかしなことを言いますね。私はこの村の外では暮らせないんですよ」



 これで王都に戻ったら、猟師の家にシカが訪ねてくるようなものだ。



「王都には戻れなくても、ほかの都市に住むことなら、できるだろう」



「理屈の上では可能ですけど、実家から一生暮らせるお金をもらってるわけでもないし、さすがに無理ですよ。幸い、美味しくいただいています」



 私は燻製肉の上に載せられているハーブに目をやりながら言った。



 これは王都近辺では採れないものだ。これだけ山野が広がっているなら、薬用の植物も多そうだな。



 お金も多少はもらっているが、貴族同士の縁組みとは思えないものだった。

 これは実家のいやがらせというより、王子が実質的な刑罰のつもりでいる以上、実家が支援するわけにもいきづらかったというのもある。



 オーキッドは胸をなでおろした。



「じゃあ、一つ目はクリアだね。結婚しても、これぐらいの料理なら毎日、僕が用意できる」



 私は胸に手を置いた。



「じゃあ、二つ目もお願いします。とことん田舎の暮らしを経験させてください。正直に感想を述べさせていただきます」



「よし、僕も飾り気のない生活をお見せするよ」





〇 〇 〇





 朝食後、オーキッドは畑を耕すと言って、自分の管理する畑のほうに向かった。



 くわで土を耕したあと、アスパラガスとホウレンソウの種をまいた。



 広大な農地というほどでもないのに、しばらくするとオーキッドは汗をかいていた。



 それを私はあぜに立って、眺めている。



 さぼっているわけではない。



 昨日の婚約者との会見の日の服装ほどではないが、今日の私の服装もセミフォーマルなもので、とうてい畑仕事には不向きなものだった。



 一応、オーキッドに参加したほうがいいかと尋ねたが、「今はじっくり見ていただくのがティエラのお仕事だよ」とやんわり断られてしまった。



 実際、素人が割って入っても、オーキッド側の仕事が増えるだけだろう。



 途中、オーキッドに木陰に入って待っているように言われた。オーキッドはすぐに屋敷のほうに駆けていった。

 言われたとおり待っていると、オーキッドが麦わら帽子を持って戻ってきた。



「炎天下でごめん! これをかぶっていて!」



 オーキッドは私の頭に帽子を載せた。



 それから金属製の水筒を渡してくれた。



「中身は冷やした湧き水。少なくとも土地の人間がおなかを下したことはない。疲れたら言って」



「ありがとうございます。でも、立っているだけで倒れるほどひ弱ではないですよ。それなりに働いていましたからね」



 オーキッドはオーキッドで王都の貴族はか弱いものだという偏見があるかもなと思った。体力があるのかと言われれば、怪しいものではあるけど……。



「さて、お昼は少し狩りを見せたいんだけど、もう少し動きやすい服はある?」



 私は自分の着ているワンピースを確認した。



「これではダメなのですか?」



「破れても責任は負いかねる」



 これは、どこかで借りてこないといけないな……。

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