1 王の暗殺命令
長編版はじめました! よろしくお願いいたします!
「王子、そのご命令には従えません」
私は毅然とした態度で王子の言葉を拒絶した。
これまでも首を縦に振らなかったことはあるが、ここまではっきり気持ちを表に出したのは初めてだ。
「なぜだ。ティエラよ、お前は薬草学の知識をもって、王家に奉仕する薬草伯家の出だろうが。伯爵家の地位もその意義にたいして与えられたもののはずだぞ」
ギルベール王子は、自分の言葉を否定されて、むっとした顔をする。
昔から自分の言うことを受け入れられない時は露骨に表情が悪くなるのだ。
その横では彼の婚約者であるアルデミラ侯爵令嬢が私をつまらなそうに眺めている。
どうも、この侯爵令嬢は私のことが気に入らないらしい。
一度、二人きりの時に王子に色目を使っただろうと、くってかかってきたことがある。無論、そんなことはしていない。王子は私のような地味な女に興味はない。
「ああ、お前の知識ではまだ生半可だから、自信がないということだな。だったら、お前の親父を呼んで来い」
「いえ、そうではありません。薬で人を助けるとなれば、17歳の私より父のほうが長じているかもしれません。ですが、毒殺のために薬を使うのであれば、私でも同じことです」
治すのと殺すのとであれば、後者のほうが簡単に決まっている。
「だったら協力すればいいじゃない。あなたの一族は王家に寄生することでお情けで伯爵の地位を得た貴族なのだから、素直に従うといいのよ」
アルデミラ侯爵令嬢は口が悪い。身分が下の者に話すとはいえ、私も貴族の末端ではあるのだが。
もっとも、ここは王太子邸の人払いされた部屋だ。今更、礼儀もあったものではないか。
「だからといって、王を暗殺せよというのは承服いたしかねます……」
私は再度、暗殺命令を拒んだ。
とてもお受けできない。
「たとえば、多くの民が王の圧政に苦しんでいるのが明らかだとか、そういった事情であればわからなくもありません。しかし、王の20年を超える治世は平穏なものです。せいぜい、東部の大貴族の一部が家督相続の争いをしているぐらいで……」
「理由なんてどうでもいい。それに、どんな圧政を敷いている王であろうと、死ねば立派な王として葬られるし、途中で殺されれば悪人であることが喧伝される。それだけのことだ。大事なのはお前が従う気がないということだけだ」
つまらなそうに王子は言った。
機嫌は悪いだろうが、激しい怒りの感情もないらしい。
それに、なんとしても急いで王を殺すという決意もない。
無計画ということなら、これで話は終わるだろうか。
このまま機嫌を悪くした程度で終わってくれればいいが。
もう少し、具体的な理由を付け加えたほうがいいな。
「それに、そもそも毒殺が難しいのです。食事の場に私たち薬草伯家は近づくことを許されていません。宮廷での古来からの慣例です」
「そうなのか? では、計画自体が立てられんではないか」
なんとなく、そんな気がしてきたが、本当に知らなかったのか。
この方は本当に故実を知らない。
アルデミラ侯爵令嬢が言うように、薬草伯家は薬草学に特化した知識を代々継承し、王家に奉仕することで爵位を賜っている。薬も知っていれば、毒も知っている。
そんな一族が食事の席に近づけば怖くなるのはやむをえないだろう。
実際、はっきりしたことはわからないが、毒殺ではと疑われる事件はこのフィルギナ王国建国以来、何度か起きている。
「薬草伯家の者が調理の場や会食の場に居合わされれば、それだけで警戒されます。私だけが捕まるだけでなく、首謀者が誰かといったことも必ず調べられます。その時、殿下にも危険が及ぶわけです」
「わかった、わかった。この件は諦める。お前は俺の侍女だしな。俺が真っ先に疑われるのでは話にならん。ティエラ・エキュール、帰っていいぞ」
どうにか、私は王殺しをさせられることだけは回避することができた。
「それにしても、親からも嫌われているお前が家の存亡がかかると、必死に避けようとするとはな。そんな忠義の精神があるとは思わなかったぞ」
王子は不思議そうに言った。
どうやら、私が拒否した理由が、犯人がバレて薬草伯家が滅ぶリスクを避けるためと映ったらしい。
「そういうわけではございません。単純に、殿下に危険が及ぶと思ったからでございます。あと、私が家からのけ者にされていることは宮廷でも周知の事実ですから、薬草伯家は無関係とみなされる可能性も高いです。ですが、私が王太子邸に出仕して働いている以上、王子は疑われてしまうかと」
「ああ、そうか。お前が罪を犯しても、遊女に産ませた娘が、薬草伯家をつぶすためにわざとやったと思われるかもしれんということだな」
「ええ、そういうことです」
「それを聞いて安心した。では、下がっていいぞ」
どこか、モヤモヤするものを感じながらも、私は王太子邸を辞去した。