はじめましては一度きり
「わ、私は浜崎小鳥!静岡から来ました!えっと、お父さんとお母さんと、あと弟と…あっ、犬が!犬がいます!あっ、十三歳です!あのっ、どうぞ、よろ…よろしくおねしゃす!」
良く晴れた日。川に面した公園で、急に大声で話し始めたのは、栗毛のショートカットの活発そうな少女。
内容からして自己紹介の練習だろうか。
「…みたいな感じのを考えてるんだけど、どうだったかな?ねぇ、雛ちゃんはどう思う?」
少女はぐるりと振り返り、ベンチに座る黒髪メガネの少女に尋ねた。
「んっ…?」
「やっぱ不安じゃん?新しい土地でちゃんとやっていけるのか…めっちゃ不安じゃん?何事もやっぱ最初が肝心だよね?最初と言えば自己紹介だよね?だよね!?」
「んー、まぁ…」
「だから意見がほしいの!みんなのハートを一撃でガシッと掴める素敵な自己紹介を、一緒に考えてほしいの!いい?いいよね?“イエス”?それとも“はい”?」
「いや、せめてNGの選択肢くれないかな!?なんで疑問形で聞いてくる割に強制なの!?普通に断りたいんだけど!」
「別にいいけど…絶対後悔するよ?」
「え…なんでアタシが?」
「いや、私が。」
「知らんがな!どんなメンタルならその立ち位置でいられんの!?前世は貴族か何か!?」
「そこをなんとか!お願い!この通り!」
しつこく食い下がる小鳥。
微妙に変顔をしているため、“この通り”がどの通りなのかは全くわからない。
「ちなみに…拒否権は?」
「んー…二千円?」
「売ってくるの!?なんか買えない額じゃないのが妙に生々しいし…」
常習犯の手口と思われた。
「う~~ん…わ、わかったよ。上手くできるかわかんないけど、頑張るよ。」
「えっ、ホントに!?やったー!ありがとー!」
渋々ながらも引き受けたメガネの少女。
どうやら彼女は、変に抵抗するより早く終わらせることを選んだようだ。
「じゃあ早速、さっきのやつについてご意見いいかな?どこらへんにときめいちゃった?」
「いや、なんで高評価が前提なのかわかんないんだけど…そんなことなかったよ?むしろ最後めっちゃ噛んでたし、なんか十三歳の犬を飼ってるっぽくなってたし。十三歳ってアンタの歳でしょ?そもそも、どこから来たかと家族構成しか言ってないし、そんな簡単なのでハート掴まれる奴とかいないし。もしいるとしたら簡単に絵とか買わされるタイプの奴だけだわ。」
「オーケー、じゃあ何枚か持ってくね。」
「いや売ろうとすんなや。ものの例えだから。」
「えー、じゃあどんなんがいいわけ?」
「ん~、やっぱ“趣味”とか“特技”じゃない?これから友達になりたいって思わせたいんなら、家族構成とかじゃなくて自分がどんな人間か伝えた方がいいんじゃないかな?」
「なるほどなるほどー。じゃあ今のを踏まえて一回やってみるね!両目かっぽじってよく見てて!」
「いや、耳ね!?両目えぐるとかどんな拷問よ!?」
小鳥は訂正することなく実演に移った。
「えっと…はじめまして!静岡から舞い降りた浜崎小鳥です!趣味は『借りた歴史の教科書の偉人にこっそりヒゲを生やすこと』で、特技は『バレて追いかけられても無事に逃げ切れること』です。よろしくお願いします!」
「いやいや、全然よろしくできないから。そんなプチ悪事自慢みたいな…。捕まらないってのが余計にタチが悪いからね?せめて仕返しさせろや!」
「えー。結構な画力なのにー。」
「あと“舞い降りた”って何?天使か!」
「うん…よく言わせる。」
「“言われる”ならまだしも!ねぇ…なんでそう無駄にポジティブなの?“新天地で不安だから”っていう当初の設定覚えてる…?」
「んー、じゃあ…趣味は『食パン咥えながらダッシュで登校すること』で、特技は『曲がり角で誰かにぶつかりそうになっても華麗に避けること』です!…で、どうかな?」
「どうもこうもないよ!なんで趣味がフリで特技がオチみたくなってんの!?別に上手いこと言おうとしないでいいから!」
「えー。でも事実なのにー。」
「てか避けちゃ駄目じゃん!この令和の世において敢えてその古典的なシチュに挑むんなら、そこは避けちゃ駄目じゃん!転入初日にぶつかってさ、ひとしきり揉めて、ホームルームで再会して、“あー!あの時の!”ってなれよ!」
「でもその後、なんだかんだで急接近して?」
「そうそう!文化祭とか、何かのイベントをきっかけに芽生える恋心…」
「現れるライバル。」
「えっ、初恋の先輩って…誰…?」
「急なバトル展開!」
「そんな…!その威力の魔法を…無詠唱で…!?」
「そして襲来する、謎の宇宙生命体…」
「負けない!私達は…絶対生き残ってみせる!!ってどうしてこうなった!?いつの間にそんな壮大なスケールの話に…!?」
雛ちゃんはちょっと毒されてきた。
「ん~~…じゃあさ、お手本見せてよ雛ちゃん!目指すべき方向性さえわかれば、もうちょっとやれる気がする!」
「お、お手本!?嫌だよそんなの…」
「そこをなんとか!お願い!この通り!」
「だからどの通りなの!?なんなのさその奇妙なポーズ!?」
「言っとくけど私、諦めは悪いタイプなんだ。」
「…言っとくけど、アタシも全然上手くないからね?」
雛ちゃんは諦めがいいタイプだった。
「ふぅ~~…はじめまして、『東雛菊』です。この七月で十四歳になります。趣味は絵を描くことで、週末はよく公園とかでスケッチしてます。この辺りはまだ慣れてないので、色々教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。」
雛ちゃん…改め雛菊は、とてもまともな挨拶を披露した。
だがあまりにまともすぎて、まともじゃない小鳥は不満顔だ。
「んー、ちょっと普通じゃない?」
「だから普通でいいんだって。初対面で変人扱いされると後が辛いよ?」
「いーや、そんなことない!普通じゃ絶対埋もれちゃうもん!このバズるバズらないで一喜一憂するSNS全盛の世の中で、“普通”なんてもはや“無”も同然!私は花火のようにド派手に輝いて、そして散りたいの!」
「いや、わざわざ散らんでいいから。とにかく普通でいいから。」
「でもやっぱさ、趣味と特技だけじゃ弱いよね。他に何かないかな?」
「いや、アンタのは趣味と特技だけでもインパクト強すぎる気がするけど…じゃあ好きな四字熟語とかは?」
「『他力本願』?」
「だろうね!もうちょっと自分でなんとかしようね!」
「他は?もっとこう、成功に繋がりそうなやつ!」
「あとは…“長所”とか?上手いこと伝われば、生徒だけじゃなくて先生からも頼られちゃったり?」
「えー、でもなんか自画自賛とか鼻につかない?」
「じゃあ逆に、敢えて“短所”を挙げるとかね。敢えて。」
「あぁ~なるほどね。隙がある方が愛嬌がある的な?あまりに完璧すぎると逆に距離できちゃう、みたいな?」
「まぁアンタの場合、そこに辿り着くまでに取り返しのつかない状況になってそうだけどね…」
容易に想像できる未来だった。
「んじゃ、もう一回やってみるね!」
「ハァ~~…うん、わかったよ。やってみな。」
「はじめまして!命からがら静岡から逃げてきた浜崎小鳥です!趣味は…」
「はいカーーーット!」
「えぇっ!なんで!?」
「なんで!?はこっちのセリフだよ!なんで出だしから捻り入れてくるの!?ふざけてんの!?命を狙う奴の気持ちがわからんでもないよ!」
「だったら…静岡人と名古屋人のハーフ、浜崎小鳥です!」
「じゃあ純日本人じゃん!その割に言葉は通じてなさそうだけども!ねぇ、ホントに真面目にやる気あんの…?」
「えっ…」
「え…?」
「私…真面目にやるって言ったっけ?」
「ちょ…ちょっと待って、いま弁護士手配するから。」
「ご、ゴメンちょっと調子乗った。以後気を付けます。」
雛菊は目がマジだ。
「でも私ってば、なんかエンジンかかっちゃうと止められないんだよねー。なんかこう、“降りてくる”…みたいな?」
「じゃあまぁ、アタシも途中で止めるのはやめるよ。血管が切れる寸前まで我慢する。」
「ありがと!じゃあ、私も全力でいくね!」
小鳥は大きく息を吸い込んだ。
「みなさんはじめまして!静岡の登呂遺跡から出土した浜崎小鳥です!趣味は『ホームラン性の打撃音が聞こえた瞬間に父が見ているテレビを消すこと』で、特技は『その結果ブチ切れた父を上手いこと煙に巻くこと』。好きな四字熟語は『家賃収入』。長所は『いつでも明るいこと』で、短所は…『自分の短所が思いつかないこと』です!よろしくお願いします!」
「いや…情報量が多すぎるよっ!ボケが渋滞しててどこから突っ込めばいいのかわかんないんだよ!」
「オーケー、じゃあ順に聞こうか。」
「ねぇ早速ふざけてるよね!?さっきの“以後気を付けます”の“以後”っていつなのかな!?本当にいつか来るの!?」
「まぁそれはさておき…さっ、まずは?まずはどこなのさ気になる箇所は!?」
「まずは遺跡!なんで“出身”が転じて“出土”になってんの!?なにさ登呂遺跡って!?」
「いや、やっぱ具体的な名前とか出した方が信憑性高まるかなって。」
「高めなくていいんだよ!だから変に捻らないでってば!もしくは土に還れ!」
「あとは?」
「あと、趣味と特技も都度変えないでくんない!?一歩も先に進まないんだけど!なんかどんどん悪化してくし…そりゃ親父さんもキレるよ!」
「からのー?」
「からの、『家賃収入』は四字熟語とは言わないから!まぁ確かに憧れる響きだけども!将来楽できそうだけども!」
「じゃあ肝心の長所と短所は?」
「長所は…まぁそうなんだろうね。んで短所も…まぁ確かにそうなんだろうね。決して褒められたもんじゃないけども。」
雛菊はだいぶ疲れてきた。
「んもう!NGばっかじゃん!雛ちゃん厳しくない?じゃあどうすればいいってのさ?」
「言っとくけど厳しさはアタシの方が感じてるからね…?ん~~…じゃあさ、一つずつ決めてこうよ。一度に全部直すとか無理だと思うし。」
「なるほどね。じゃあまずは…掴みの静岡ネタから?」
「まずはその認識から改めてね。“初手は静岡絡めて一笑い”みたいなの要らないから。普通に“静岡から来ました浜崎小鳥です”でいいから。」
「出だしはホントに“はじめまして!”でいい?“二度目まして!明後日から来ました!”の方が良くない?」
「なんで二日後に“おととい来やがれ”って言われる前提なの?まぁアンタならあり得そうではあるけども…。普通に“はじめまして”でいいから。」
「オケ。次は趣味か…。ちなみにこれまでので何かいいのあった?」
「驚くほど無いから困ってんだよね…。なんかこう、普通の無いわけ?運動するとか映画見るとか音楽聞くとか…あ、料理なら特技にもなるよね。」
「趣味は、運動しながら映画見て音楽聞いて料理することです!」
「何それギネスにでも挑戦してんの…?違うから、一つ選んでって意味だから。」
「んー、でも特に無いんだよねー。休日とか犬の散歩くらいしか…」
「あ、それでいいんじゃない?『散歩』も立派な趣味だって。」
「ホントに~?じゃあ次は特技だね。どう?何かある?」
「それはアタシのセリフなんだけどね…。さっきも言ったけど料理とか、あとは歌とか運動とか…?その場で軽く見せるならマジックとかパントマイムとか?」
「あとピッキングとか?」
「それは仮にできても絶対に黙ってるべきやつ。」
「特技…ん~~、特技…って言っていいのかはわかんないけど、暗算とか割と得意かな?前にそろばんやってたし。」
「いいじゃん『暗算』。対抗してくる奴とか出てきたら、一盛り上がりあるかもだし。」
「じゃあ次は好きな四字熟語だね。」
「まぁ出会いの場で言うなら『一期一会』とか?あと印象良さそうなのは…『誠心誠意』とか『有言実行』とかかなぁ?」
「『四面楚歌』とか?」
「素で自己紹介したら絶対そうなるから気を付けてね。」
「ん~、まぁさっきの例の中なら『一期一会』かなぁ?やっぱ無難なのがいいよね無難が。」
「おっ、いいねぇ意識変わってきたね!あとは長所と短所だけど、長所の『いつでも明るいこと』はそのままでいいと思うんだ。短所が浮かばないってのも…まぁいいんじゃない?ウケ狙いとしてはアリな気もしてきた。というかもう限界近い。」
雛菊は疲労の色が濃い。
「よしっ、じゃあ最初から通してやってみてよ!ちゃんと覚えてる?」
「うん大丈夫、任せといて!」
小鳥は先ほどよりもさらに大きく息を吸い込んだ。
「はじめまして!サイレント・ヒルからカミング・スーンの、浜崎リトル・バードです!趣味は『しばらくノーガードで公開しといたWi-Fiに突然パスワードかけて近所の子ども達を絶望の淵に突き落とすこと』で、特技…と言っていいかわかりませんが、振り込め詐欺の犯人に逆に振り込ませたことがあります!好きな四字熟女は『天海祐希』。長所は『いつでもどこでも明るいこと』で、短所も同じです!よろしくお願いします!」
「全っっ然違うじゃん!えっ、何がどうなったらそんな見事にフルモデルチェンジされちゃうの!?いつ別人格と入れ替わったの!?」
「いや、なんか…我慢できなくて…」
「もう流れ的に全部言わせてもらうけど、まずなぜに英語化した!?静岡の言い換えもさることながら、自分の名前まで変換しちゃうとかどうなの!?なにその売れないお笑い芸人みたいな名前!?」
「ちょっと雛ちゃん!それはさすがにバードさんに失礼なんじゃない!?」
「実在すんの!?だったら確かに謝るけど、それなら他人を自己紹介に組み込んだアンタはどう反省すんの!?」
「まぁいないんだけどねバードさんとか。だから反省はしない。」
「って、いないのかよ!なにその無駄な嘘!?それはそれで反省はしろよ!」
「じゃあ次、趣味と特技は…」
「なんでそう、ふざけた趣味がバンバン出てくるのかなぁ!?誰の差し金なの師匠は誰なの!?特技は…なんか凄いね!ガチなの!?味を占めて変な道に走っちゃ駄目だからね!てゆーか警察には届け出たの!?」
「あっ、でも天海さんはオーケーでしょ?」
「いやそもそも“四字熟女”ってなんだよ!?天海さんうんぬん以前の問題なんだよ!これならさっきの『家賃収入』の方がまだマシだったよ!」
「でもちゃんと四字だよ?」
「そういう問題じゃないんだよ!なんなら三字だよ“大惨事”的な意味で!」
「じゃ、じゃあ最後の長所と短所は…?」
「そこは引き続き自覚があってなによりだよ!ただ長所か短所かどちらか一方って話なら確実に短所だから気を付けてよねーーーーっ!」
雛菊は川向こうに届くほど全力で叫んだ。
しばらくの間、「ねーーーーっ!」が周囲に木霊した。
「ゼェ、ゼェ、つ、疲れた…もう全部…出し切ったよアタシ…」
精も根も尽き果て、肩で息をする雛菊。
その姿に、さすがの小鳥も申し訳ない気持ちになった。
「なんか…ごめんね雛ちゃん。私、こんなに良くしてもらって…」
「え…?いや、いいよやめてよ。急にそんな…。キャラじゃないでしょ?」
「でも…」
「いいよ今さらだよ。急に改まられてもなんか変な気分になるしさ。」
「でもウチら…初対面だし?」
「………だよね!?やっぱそうだよね!?あまりにナチュラルに話しかけられたもんだから、前にどっかで会ったかな…?とか考えて聞くに聞けなかったんだけど、やっぱ普通に初対面だよね!?」
「うん。名古屋にはお母さんの実家あるから何回か来てるけど、会ってはないと思う。」
「マジかー…あれ?でも最初っから“雛ちゃん”て…」
「ほら、その手提げ袋に刺繍で“HINAGIKU”って。」
「そっか、そいういうことか…。だったら変だよね…確かに初対面の二人のやりとりじゃなかったよね…」
小鳥のキャラも普通じゃなかったが、雛菊の対応力も尋常ではなかった。
「ちなみに転校先の学校は?この背筋をよぎる悪い予感からすると、もしや…」
「えっとね、あの丘の上のとこ。」
「やっぱりかーやっぱそうなるかー。よくよく見れば同じ制服だし、そりゃそうだよね…」
「えっ!じゃあ同じガッコなの!?」
「そうなるね。もしアンタが今年度で十四になるって話なら、学年もだね。」
「まさか同じF組!?」
「まさか…クラスもとはね…」
雛菊は運命を呪った。
「あ~…そういえば先生言ってたわー。確かに今日転校生が…」
「舞い降りるって?」
「うん、舞い降りるって。うわーヒント出てたわー。先生忠実に再現してたんじゃーん…って先生にはもうあんな感じの挨拶を披露済みってこと!?」
「初対面とは思えない勢いで怒られたね。死ぬ気で考え直して来いって。」
「それが最初の噛み噛み自己紹介に繋がるわけね…合点がいったわ。てか、この七月って中途半端な時期に転校の話題って時点で気付くべきだったな…うっかりしてた。」
「もし気付いたらどうしてた?」
「まぁそりゃ逃げたよね。叶うなら“よろしくおねしゃす”のあたりで。」
序盤も序盤だった。
「ところで雛ちゃんは、平日の朝っぱらからこんな場所で何してたの?」
「あ~、実はアタシも散歩が好きでさ。登校前にちょっと寄り道して、たまにスケッチとかしてんの。」
「こんな時間まで?」
「…えっ!?うわっ!もうこんな時間じゃん!遅刻ギリギリのラインじゃん!」
「そ、そんな…一体なんで…!?」
「いや明らかにアンタのせいじゃん!まぁそりゃこうなるよねあんなに尺とったらさぁ!」
「んー、転校初日から遅刻かー。まぁそれはそれで伝説に…」
「いやいや印象悪いから!それに遅刻なんかしたらさっきまでの練習が無意味になっちゃうじゃん!まぁ失敗しそうだしその方がいいのかもしんないけども!」
「まぁ確かにもったいないよね!んじゃ、急ごうか!走れば間に合う?」
「今から出ればまだ…ね。余計な事してる暇は無いからね?」
「でも、曲がり角で誰かに…」
「避けていいから!さっきはああ言ったけど今回ばかりは避けて!ってだからおもむろに食パン装備しないでよどっから出したの!?」
「ちなみに一限目は何?」
「んー?あ、歴史!教科書持ってる?」
「まだ無いの。席近かったら見してくれる?」
「いや、絶対ヒゲ描く気じゃんその手つき!てゆーかいい加減行くよ急いで!」
「あ、うん!あっ…あれ…?」
雛菊に促され、走りだそうとした小鳥だったが、なぜか足が止まった。
「えっ!?ちょっ、何してんのアンタ!急がないと時間が…」
「なんか…その…不安になってきちゃって。」
「ハァ!?」
先ほどまでとは打って変わって、弱気な表情を見せる小鳥。
新手のボケの可能性も無いではないが、そうも見えなかった。
「親の都合でこんな時期に、慣れない土地に引っ越してさ、知らない人ばっかの学校に一人で行くとか…やっぱ不安だよ!めっっっちゃ怖いの!わかる!?」
「いや…今チャンネル変えた人なら同情する話かもだけど、これまでの流れからアタシには無理だよ…?」
無理もない話だった。
「大丈夫だから!アンタなら問題ないよ!初対面の人間に“あれ?知り合いだったかな?”って思わせるあの空気感をもってすれば、すぐ打ち解けるって!むしろ誰も逃げ切れないって!」
「で、でも…!」
「いいから!もし駄目だったらアタシが…アタシがなんとかしてあげるから!」
「雛ちゃん…!」
「ま、乗り掛かった船ってやつ?」
「雛ちゃん…」
「いや、乗ってないな…無理矢理引きずり込まれた船…?沈みゆく泥船…?」
「雛ちゃん…?」
「ごめん、やっぱ無理かもしんない。」
「ひ、雛さん…?」
「でもまぁ、もう…なんていうか…」
「もうアタシら、友達でしょ?」
「雛ちゃん…!」
そして雛菊は、少し照れ臭そうに―――
「さっ、行くよ…“小鳥”!」
「あっ…」
「うんっ!!」
駆け出す雛菊と、あとに続く小鳥。
その顔はとても晴れやかだった。
「そうだ!改めて自己紹介でも…」
「もういいわっ!!」
- 完 -