7. 過ぎたるは猶及ばざるが如し
ルガルカの家には寝室が三つある。そのうちの一つを英雄に提供し、基本的には不干渉、ルガルカが望む用事をこなし、指示に従う条件を出した。ルガルカの生活圏に施されている人除けは、外部からの侵入に対するものだから、英雄が中で活動する分には影響はない。紳士かは判らないから、念のためルガルカの寝室には人除けを施し、復調しないと出て行ってもらえないのだから、食材は提供している。英雄と言えど傭兵稼業だ、粗野な振る舞いもあろうと構えていたが、意外に行儀よく穏やかで杞憂に終わった。
だが看過できないこともある。
菜園の横に作業場として整地してある区画で、英雄が剣を振っている。ルガルカは筋肉質な男は嫌いではない。肌に残る大小様々な傷は自らの力で生き抜いてきた歴史を感じさせ、鍛え抜かれた巨躯が躍動する様は鑑賞に値する。だが全裸だ。
「こら英雄!」
一週間は我慢した。常時というわけではなく、視界に入れなければいいだけだからだ。だがふとした折に目に入ってしまう。作業場で体を動かし、川に下りて汗を流し、帰ってくる道のりまでも全裸なのだ。馴染みたい光景ではないので、ルガルカはついに声をあげた。
「せめて下を隠せ」
「すまん、服が乾かなくてな」
着の身着のままなのだから、仕方のないことである。手を止めた英雄が正面を向いて話さないのは、一応の気遣いらしかった。
「俺一人なら臭う服を着てても構わないんだが」
気遣いの末の全裸だった。嗅覚か視覚か、選べと言われればルガルカも悩む。怒るに怒れず、感謝しようにもできず、ルガルカは蟀谷を押さえた。
「っく、服借りるよ」
魔法で乾かすことはできるが、逐一煩わされたくない。ルガルカは英雄の服を一瞬で乾かし、それを持って街に飛んだ。古着屋の店主に同じサイズの服を適当に見繕わせ、一週間着回しできるだけ入手した。服を差し出すと英雄は驚いたように眉を上げ、妙に嬉しそうな顔をするので、ルガルカは舌打ちしそうになった。面白くない気持ちを紛らわすように魔草を詰めた煙管を咥え、撫でるようにして魔法で火を入れる。独特の甘味のある煙を吸い込み、ふくよかな香りを取り込んだ。家の外壁に背を預け、服を着始めた英雄から目を逸らすように、吐き出す煙が消えゆく先を眺める。
「英雄サマの失踪はまだ話題になってないようだよ。長期休業ってどのくらいの予定なんだい」
ルガルカとしては、休業期間が終わる前に出て行ってもらうのが面倒もない。ついでに見てきた街の様子を話すと、英雄はベルトを締めながら、苦笑いをするように口元を歪めた。
「そんな予定は立ててない」
ルガルカは察した。この話題は掘り下げてはいけないものだ。
「魔女殿の煙草は変わった匂いがするな」
深入りしたくないルガルカを慮ってか、英雄の方から話題を変えた。
「魔草だからね」
魔女が魔力を補う為に摂取するものだ。人間の嗜好品とは種類が違う。
「そろそろ熊くらい狩れるかい」
英雄は巨躯に違わずよく食べるので、食材の減りが早い。噂通りなら大型の獣を狩るくらいわけないだろうだから、剣を振れるならと、ルガルカは様子を窺う。英雄は今一度具合を確かめるように剣を振り、少し考える様子を見せた。一週間程度ではまだ本調子ではないのかもしれない。
「魔女殿の援護は貰えるのか」
「狂竜を倒したんだろ?」
ルガルカが一人で足るならそれで済ませて欲しい旨を暗に含めると、英雄は苦笑いをした。
「俺一人でやったんじゃない」
「巷じゃそういうことになってるよ」
「普通に考えてみてくれ。俺はちょっと強いだけの人間だぞ? 魔女殿のように魔法も使えない。部隊を率いていたのは俺で、止めも刺したが、複数で倒したに決まってる」
「ふうん。噂が一人歩きしたクチか」
「王から剣を貰ってるからな。利用されることもある」
一人歩きというより、情報操作の類のようだ。おそらく、宝剣を使って倒したという事が噂の肝なのだ。イアチフ王の息がかかっている男だということを知らしめることで、英雄を手に入れたい他国への牽制にもなっているのだろう。何れにしても、英雄にとっては歓迎すべきことではないようだ。
「………その剣、煩わしいのかい」
「まあまあな」
だからあんなにあっさり手放そうとしたのだろう。売るに売れなかったのだろうものを他者に渡そうとするのも如何なものかと、ルガルカは少々白い目にもなる。
「まあいいよ、採取したいものもあるし、一緒に行くよ」
ルガルカは準備の為に家に入り、英雄も続いた。