6. 貴方は欲しいものを持っていない
「その首の償いをしたい」
「仕返しは済んでる」
英雄の指先はその内水膨れくらいにはなるだろう。
「助けてくれた礼をする」
「要らないから」
元々そんな動機ではなかったからだ。
「そこをなんとか」
「なんないわ」
英雄は食い下がる。ルガルカが心底追い払いたがっているのが解って、害意がないと判断したらしかった。
「それは洗濯物だな? 俺の所為でまた汚れたんだろう。俺が洗おう」
「変態」
「変態!?」
「女の下着洗う気かい」
英雄は喉奥で唸った。
「剣を渡そう」
「要らないけど」
剣士には命にも等しい大事なものかもしれないが、魔女には特に価値のないものである。
「それなりの業物だ、売れば相当な金になる」
金目の物扱いだった。英雄にとっては剣士の魂ではなかったらしい。ルガルカは拍子抜けしたが、不要なことに変わりはない。
「有名過ぎて闇でしか捌けないやつだからそれ」
「宝玉を取り外して別々に売ればいい」
「いやあんた無手でどうする気なのさ」
生きていることが判明すれば、また狙われるだろう。ルガルカが呆れると、英雄の表情が緩んだ。
「心配してくれるのか」
「そうじゃないよ、厚かましいね」
至極真っ当な疑問が口をついて出ただけだ。ルガルカは眉を寄せて、掴まれている手を振り払おうとしたが、びくともしない。英雄はそれでまだ握っていたことに気付いたように手を離した。
「厚かましいついでに頼む。一ヶ月というのは本当なんだろう。身が軋むし筋力が大分落ちている。復調するまで匿って欲しい。その間いいように使ってくれて構わないから」
ルガルカがまるで敵わないのだから、今一衰え具合が判らないが、弱みになるようなことを正直に告げられて溜息が出た。いいように、などと魔女相手に言うものではない。厚かましさはあれど、英雄という大層な名声の割りに尊大ではないからか、英雄個人には特に悪感情が生まれたわけでもなかった。
「あんたの殺しに魔女が関わってるね?」
「凄いな、判るのか」
軽く瞼を持ち上げ肯定の反応を示す英雄を、ルガルカは睨んだ。
「そいつに気付かれたら出てってもらうよ」
魔女である以上、人除けを感知して意図的に捨てていった可能性が高い。分断魔法は解いたのか解けたのかは判らないが、結末の確認をしに来ないとも限らないのだ。
「わかった。感謝する」
英雄はほっと息を吐いて右手を差し出した。ルガルカは握手を求めるそれを、握らず叩いて払う。歓迎しているわけではないのだ。不本意であることを示すのを忘れない。
「防腐は解く。動くんじゃないよ」
頼みは聞くのだからと、決定事項として手を伸ばした。英雄は片眉を上げたが、今度は大人しく待っている。首筋は急所だから嫌がるだろうと、革鎧の途切れている上腕に手を添えた。触れた場所の筋肉が緊張したのが掌に伝わるが、ルガルカは構わず魔法を解していく。すっかり自分の痕跡を消し終えると、手を下ろした。
「どう」
「少し違和感がなくなったような気はするが…魔法を使うと、光ったり髪が逆立ったりするものなんじゃないのか」
変化の実感も薄いからか、英雄は腑に落ちないように身体のあちこちを触って確認している。
「それは演出の為に別の魔法組み合わせてるだけだよ」
防腐に光が発生する要素はない。殊に視覚効果の無い魔法は、今のように本当に行使したのか疑われることもあるから、人間相手に商売をする場合は演出が必要になる時もある。そうでなくても、派手好きの魔女はそういったことをするのだ。一般に浸透している魔法の印象は、それらの魔女が作り上げたものだろう。
「じゃ、手始めにそれ、片付けてくれる」
詳しく説明する必要性を感じず、ルガルカは英雄の背後を目線で示した。
「そこで寝泊りしたいってんなら、それでもいいけど」
「いや…寝れないこともないんだが」
簡素な枠組みの華やかな寝床を、英雄はまじまじと見る。
「花はどういう趣旨か、訊いてもいいか」
「小人にね」
英雄の戸惑った目が戻ってきて、ルガルカの声と表情が平坦になった。