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妖しの森の魔女  作者: 十々木 とと
番外編
30/32

妖しの森への道(前)

森の主を狩るまでの紆余曲折。


 イアチフ王との取引を終えると直ぐに、マドックは妖しの森に向かった。当初はマドックが使っていた川岸の通り道に行けば、入れるものだと思っていた。潜伏していたあの期間は通り抜け可能であったから、マドックを感知する仕様にしてくれたのだと思っていたのだ。だがそれはガリンダによって否定されている。実際に現場を訪れて、ガリンダが正しかったことを確認することになった。だからその付近に野営し、ルガルカが出てくるのを待つことにしたのだが、待てど暮らせどちらとも現れる気配がない。


「まだ怒ってんじゃねぇか?」

「カミーユさんの顔で良からぬ輩と警戒されてたりしてませんかね」

「魔女だろうがよ、顔が怖いくらいで怯むか」


 カミーユは物見遊山、ゼブロンは心配でついてきている。


「出入口が一つとは限りませんし、単純に気付いていない可能性もありますが……手紙の返事はないんですよね?」


 問う形で推測不可能だと言うユスフは、取引の成立を見届けるために同行していた。

 王のやらかしで、思いがけずルガルカへの連絡手段を知ったはいいものの、それは一方通行のものだったのだ。だからルガルカの反応はまったく判らない。又、ペニナは見知らぬ誰かに転送箱を使わせたくないらしく、調子を崩すのでこれきりにして欲しいと、オーランから言われていた。直接的ではないにしろ被害に遭わせたのだから、無理も言えず、ルガルカには森に向かう事を報告できていない。


「そろそろ冬だ。一旦引き揚げる」


 無為に過ごすうちに持参の食料も尽きてきた。マドックは不景気な顔で森を後にする。

 何を伝えるにも兎に角会わねばどうにもならない。雪が浅いとはいえまだ冬が終わりきらないうちに、またマドックは妖しの森に向かった。今度は川岸で待つのではなく、罠を探し歩くことにした。マドックがいなくなってからは罠猟に戻っているだろうから、その近辺で張っていれば会える筈だ。


「魔女の罠は人間のものと違うのでは?」


 幾日か探し歩いて、ユスフがぽつりと言った。雪解けも済んでいるというのに、それらしきものが一向に見つからないのだ。


「魔法を使った罠なら、俺達には見つけられないかもしれませんね」

「そう言われてみれば!?」


 言われて思い当たったように少し瞼を持ち上げ、ゼブロンが得心いったように頷き、カミーユが衝撃を受けた顔をする。


「どんな罠か聞かなかったんですか」

「……聞いてない」


 マドックはユスフの淡白な目から目を逸らした。ルガルカが説明しないことは想像するしかない。マドックは人間と同じ罠を使っていると思い込んでいたのだ。


「他に方法は」


 ユスフに促されなくとも、マドックは次なる策に頭を悩ませる。

 マドックが初めての狩りに使った丘は、ルガルカはあまり使っていないようだった。キャナロの採取場には必ず現れるだろうが、それは妖しの森の内部にあって入れない。ヌフォークの群生地もルガルカにとっては重要な場所らしかったが、まだ花の咲く時期ではなくても近寄りたくはなかった。ルガルカとの暮らしを順に追っていくうちに、マドックは思い出した。一つだけ魔女の家に迎え入れられる方法があることを。


「お前達はここまでだ」


 だからマドックは三人に告げた。脈絡のない宣言にユスフは一つ瞬いて目で問う。


「突然なんですか。俺も行きますよ」


 声に出して問うたのはゼブロンだ。


「ここまで来て帰れはねぇだろうよ。感動の再会くらい見せてくれよ」

「野次馬は帰ったほうがいいですね」

「ばっか違ぇよ、親心だろ! つうか俺だって貢献したんだから成果は見てぇだろうがよ」


 説明を待つユスフと、騒がしいゼブロンとカミーユに背を向けて、マドックは歩き出した。無言でユスフが続く。


「帰れ」

「俺の主は貴方じゃありません」


 マドックは舌打ちをし、走った。いくつもの茂みを越え、木々の合間を何度も折れて、闇雲に走った。背嚢を捨て、体力の限界まで走り、地面に膝をつくまで走った。木の幹についた手で倒れそうになる身体を支え、苦しい呼吸を繰り返す。顔を上げることもできずに、下垂り落ちる汗が下草を濡らすのを見ていた。そこに水筒がさしだされる。マドックの水筒だ。その手を辿って水筒の持ち主を見上げると、そこにはマドックの捨てた背嚢をもう片方の手に持つ、ユスフの顔があった。多少は息が上がっていて汗ばんではいるが、随分と涼しい顔である。ユスフはマドックに比べれば線が細く身軽で、マドックより持久力があるようだ。監視任務につけるだけあって、追尾に長けた能力を持っている。それを確認するために走ったようなものになってしまった。

 マドックは無言で水筒を受け取り、呷った。


「マ、マドッ、さ……どう、し……」

「ちょ、おま……急、急に、走んな……」


 ゼブロンとカミーユも、茂みを掻き分け姿を現した。二人共息切れでまともに言葉が紡げない。


「連れがいたら妖しの森に迎え入れられない。だから帰れ」


 全員の息が整った頃、マドックは簡潔に説明した。


「俺は無理です」


 ユスフは見届けなければならないのだ。


「必ず事実にする。見届けなくても問題ないだろう」

「俺の信用問題なので」


 マドックは熱の無いユスフの目と睨み合う。


「じゃあ一人も二人も一緒だな」

「そうですね」


 カミーユとゼブロンが便乗し、マドックは額を押さえた。


「つうか連れが駄目ってそれだけか? 条件簡単過ぎねぇ?」

「それだと一人で行けば誰でも入れることになりますね」

「そんな開かれた妖しの森、聞いたことありません。魔女が貴方だけならと許したんですか? いつの間に?」


 皆訝り、ユスフが言葉尻でそんな事実はないだろうと言っている。その通りだ。

 マドックは口を開くのを躊躇した。王との取引を提案したのはユスフであり、魔女の恐ろしさも知っているようだから、ルガルカの迷惑になるようなことはしないだろうが、それでも妖しの森に入る方法を知られるのは抵抗がある。マドックは暫し迷い、もしその方法で森に入ろうとする者が増えても、マドックが追い返せば良いのだと気付いた。暴露の責任は取る。


「───遭難だ」


 マドックがぽつりと白状すると、三者三様に数秒黙り込んだ。


「遭難者を迎え入れて魔女は何を? 窮状を良いことに無理難題吹っかけて、更なる苦し」

「食料を与えて帰してる」

「普通に善い魔女ですね!?」


 不穏なことを口にしかけたゼブロンは驚愕した。第一印象の所為で、ゼブロンはルガルカに好意的である要素がないのだ。だからこそマドックについてきている。


「いやあ、遭難ったってよお。どういうのを遭難って言うんだ? 一人で森徘徊してりゃ、それは遭難か?」


 カミーユは首を捻る。


「……食料を持たず迷っていれば、遭難と言っていいはずだ」


 些か自信のないマドックの声に、ユスフは自分の手にある背嚢を見た。


「………他の方法はないんですか」

「ない」


 ユスフの目に哀れみが宿る。


「計画性というものをご存知ですか」

「知ってる」


 マドックは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「情報を整理しましょう。魔女はどうやって遭難者を察知しているんですか」

「わからない」

「遭難の他に、迎え入れられた人間の共通点は」

「わからない」

「迷うってことは、妖しの森を見つけるのは偶然でなければならないんですよね」

「わからない」


 その後も続くユスフの問いの全てに同じ答えを返すマドックに、ゼブロンとカミーユの顔が引きつった。


「マドックさん……」

「マドック……」

「だからお前らは帰れと言ってるんだ」


 ルガルカが招いていた遭難者が単独であったこともあるが、不確かなことに付き合わせる気もないのだ。マドックは唸るように言って、立ち上がった。






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