26. 俊足のクレーマー
道中、マドックは考えていた。報酬を受け取りに行くか行かないかをだ。傭兵の報酬は、支度金という名目で事前にいくらか渡される他は、成果に応じて後払いされる。通常は最寄りの屯所で済ませるものだが、マドックが行けば王城に連れて行かれるのは間違いない。今までもそういうことがよくあった。そこで報酬の他に褒賞として爵位や土地、縁談が持ち出されるのだ。今回はおそらく、騎士団の役職ではないかと思っている。何れにしても行動を制限されることになるから好ましくはないのだが、役職だけなら捨てるのも簡単ではないかと思わないでもない。ただ、マドックには謀略に抗しうる能力が欠けている。今回も上手いこと転がされた。向こうは組織ぐるみなのだから仕方がないと言えばそうなのだが、その組織内で飼われることになれば、尚更抗えなくなる。そうならないための地盤を築いていくものなのだろうが、それでは腰を据えることになり、妖しの森が遠のいてしまう。
「お疲れマドックぅ。ルゥちゃんとこ行くぅ?」
野営地で火の番をしているところだった。音もなく隣に現れたガリンダが、マドックの耳元で囁いた。マドックはぎょっとして反射的に剣の柄を握った。周辺で寝ている人間への気遣いなどするような性格ではないから、何を企んでいるのかと、胡乱な横目にもなろうというものだ。だが、そうだ、とマドックは思う。ルガルカに会ってから決めればいい。報酬の受け取り期間にはある程度の余裕がある。これは怪我などで直ぐには動けない者が出るからだ。
マドックはちらりとマントに包まって木に寄りかかっているユスフを見た。ユスフはマドックが王城に入るまで監視を続ける筈だ。今も眠っているかは怪しい。
「ああ。何かあるのか」
マドックも声を潜めた。
「ううん。行くんなら一気にルゥちゃん家飛ばしたげようと思ってぇ」
「いらん。俺の足で行く」
何せ相手がガリンダであるから、カミーユのように別の女が関わって機嫌を損ねると思っているわけではないが、他者の力で楽をしては本気が伝わらないだろうとは思う。慣れないことに思考を巡らせていたから気が逸れていたが、褒賞と言うなら、これこそがマドックにとっての褒賞だ。これから褒賞を勝ち取りに行くのだ。
「ええ~でもさぁ、それだと辿り着けないよぉ?」
「………妖しの森の作用か」
マドックとて忘れていたわけではないが、ルガルカの許可があれば入れるものであることは知っている。
「俺が行けば招き入れ」
「ないと思う~」
マドックはガリンダを睨んだ。ガリンダは何も考えていないような笑顔だ。幼少期の愛称で呼び合っているのだから、ルガルカとは長い付き合いなのだろう。少なくともマドックよりはルガルカを理解しているだろうことは判る。だが語尾をさらう程の即答は不愉快だ。
マドックが一方的に睨んでいると、ガリンダが何かに気付いたようにぱっと顔を上げ、満面の笑みで両手をあげた。
「此っ処此処~! ルゥちゃん! こっちこっちぃ~!」
マドックは即座に立ち上がり、ユスフを含めた近辺で寝転んでいた者達が何事かと身を起こす。
ばさりと羽音がして、黒い影が頭上の木の枝を揺らした。
「どうした、会いたくなっのたか」
マドックはその黒鳥が枝の上で人型をとるのを見るや、喜色の浮いた声を上げた。対してルガルカは睥睨する。
「あんたね。私が欲しいならその御大層な名声捨てな」
「わあルゥちゃんご立腹ぅ」
ルガルカのドスの効いた声に、さあ来いとばかりに両腕を広げかけていたマドックは固まり、ガリンダは両手で口元を覆った。声が若干嬉しそうで、緊張感はない。
「ガリンダ! あんたも! 余計な小細工するんじゃないよ!」
「やぁんばれてたぁ」
嬉しそうに悶えるガリンダを一瞥して、ルガルカは飛び立って行った。
「なっ、なんで怒られてんだ? 勝ったら駄目だったのか?」
「………あれがマドックさんの? あんな横柄な女が?」
カミーユが慌て、ゼブロンが顔を顰めている。マドックは動揺した。ルガルカは理由もなく怒るような女ではない。何かなければ自らマドックに会いに来ることもないだろうとも思っていた。そしてルガルカは平穏を好む。つまり。
「ユスフ。お前のクソ王なんかやったな? 何しやがった」
「クソ……いや知りませんが」
別に俺のじゃないです、という言葉はマドックは聞いてなかった。
「………ガリンダ!」
「はいはぁ~い! お任せあれ☆」
マドックが拳を握りしめ、苦渋の選択であるかのようにガリンダを呼ぶと、ガリンダは全て心得ているかのように直様飛び立った。




