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25. 導かれた勝利


 ユスフはガリンダに声をかけられた時点でマドックに筒抜けと見做し、離脱を決めていた。途中で怖じて離脱する傭兵も珍しくはないから、ユスフが消えてもそう解釈される筈だった。然し。


「ユスフ。俺は放っておいてもイアチフに定住するから、いらんことをするなと伝えてくれ」


 一戦終え、改めて離脱を試みたところでマドックに見つかった。


「寛大ですね」


 マドックは伝達役として使うくらい、人を差し向けられることに慣れていた。


「斬って捨てた方が良かったか」

「いえ」


 ユスフにももう人当たりの良さはなく、淡々としている。


「もう報告は済んでいるので、監視を続けてもよろしいでしょうか」

「帰るんじゃなかったのか」

「斬るほどでもないようなので」

「そうか」


 マドックが剣を抜いた。ユスフは顔色を変えぬまま、両手を軽く上げて数歩下がる。


「俺の任務は貴方の監視と真意を探ることで、暗殺命令は受けていません。報告ついでに刺客は保留の方向を勧めておきました」


 マドックは胡散臭いものを見るように目を眇めた。


「殺すつもりなら何度も機会はあったでしょう。まともに遣り合ったら俺は貴方に勝てません」

「随分口が軽いな」

「後は監視だけなので。因みに俺を斬っても他の奴が来るだけです」


 言の全てを鵜呑みにはできないが、代わりは来るだろう。そもそもユスフ一人とも限らない。何より味方殺しは後々面倒なことになる。他の者にとって、ユスフは依然として傭兵仲間だ。マドックは一つ息をついて剣を納め、踵を返した。



 テゼン兵の士気は軒並み下がり、昨今ではイアチフが前進するだけで後退するようになっていた。兵糧の無駄遣いのようにじわじわと戦線を押し返す中、イアチフの第三王子が、新たな部隊を率いてやってきた。西方軍を統括している王子であるから、現場に訪れてもまったくの不自然ということではないが、何かあったのかと少なからずざわつく。団長の使う天幕にマドックが呼ばれた。王子とその側近と思われる数名、騎士団の参謀は居るが、団長がいない。


「実は団長が病に倒れてね」


 王子の口から出た言葉に、マドックは眉を顰めた。戦で勝敗を分かつのは、純粋な戦闘力ばかりではない。飢えと病は大敵だ。とはいえ、今戦は長引いているだけで、季節も悪くなければ病原を持つ虫の多い土地に遠征しているわけでもない。


「何の病ですか」

「早急に隔離したから大丈夫だよ」


 詳細を教える気のない言い方だった。マドックの不審の眼差しに気付かなかったかのように、王子は話を進める。


「でもこの先のテゼンの砦が欲しくてさ。僕が指揮しても良いんだけど、実戦経験に乏しい。傭兵を御すには不安があるんだ。この容姿だしね。マドック、君が指揮した方が確実だね?」


 王子は優秀と名高いが、女性的な顔立ちの優男だ。綺麗な見かけというのは、それだけで傭兵には侮られる。優しげな風貌のゼブロンなどは、顔に傷が残ったことを喜んだほどだ。マドックは司令官の名は王子が引き継ぎ、実質的な指揮をマドックが、ということだと解した。名目上は団長よりも高位の者の下で戦うのだから、騎士の中でも気位が高い者の不満は、これによって多少は抑えられるだろう。経緯に不審なものはあるが、一応の筋は通っている。ただ、これだけのんびり進軍していて砦が強化されていないわけがない。そして数に劣っても、籠城戦なら十分戦えるものだ。マドックは面倒な仕事になったと思った。


「俺では力不足です」

「何を言っているんだ。名声実績共に君以上の人間はこの戦場にいないだろう」

「所詮は傭兵ですので」


 これは謙遜ではない。実戦経験は豊富でも、正式に兵法を学んでいるわけでも、学ばずとも用兵の天才というわけでもないのだ。今まで生き長らえているのは、地力に加え、名声に驕らず分を弁えていたからに過ぎないとマドックは思っている。


「団長の指揮から飛び出して、偽英雄の首を取ったそうじゃないか」


 王子は薄く笑う。生き残りの法則を破ったかに見える件を指摘されて、マドックの片眉が上がった。


「最小の労力で最大の成果を齎したと聞いているよ」


 それは好条件が重なっただけだ。然し機を見るに敏であることは優秀さを示す。反論が反論にならないことに気付いてマドックが黙っていると、王子は満足げに笑みを深くする。


「ちょっと事情が立て込んでいてね。砦攻めを難しくしてしまったのだけど、それでも君なら落とせると、僕らは評価している」


 マドックに落とさせるのは決定事項のようだった。誰の目にも判りやすくイアチフの将として認識させるための、武勲を立てさせる気だ。そうでなくとも、マドックは既にテゼンを敵だと宣言してしまっている。自らお膳立てしたようなものだ。嵌められたのか、状況を利用されているのか。少なくとも、マドックの参戦が起因だったことには違いない。

 天幕を出るとユスフが待っていた。今この時より、監視理由に逃亡の警戒も追加されただろうが、マドックはちらりと見ただけで歩を進める。


「いらんことをするなと報告したんじゃないのか」

「判断するのは俺じゃないんで。それに俺刺客の保留しか言ってないです」


 マドックは舌打ちした。


「末端に何期待してたんですか」


 ユスフは淡白だ。


「多少は乗っておかないと、強硬手段に出られるんじゃないですかね」


 離脱してしまおうか。そう思ったマドックの心を読みでもしたかのようにユスフが続けた。マドックは顔を顰めたが、それを否定できない。ただ逃げ躱すだけでは駄目だと思い直したばかりでもある。砦を落とし、王城での発言力を高めるのは悪いことではないように思えた。

 それでも策を思いつけばの話だ。砦と言っても頻繁に所有国が変わる紛争地帯にあるので、補給路はその都度開拓されていてテゼン側にも幾つもある。結果的に孤立しにくく、単純な兵糧攻めは難しくなっているのだ。そして個人的な理由で、そんなに時間をかけていられない。落とすなら短期でだ。


「地下からいっちまえばいいんじゃねぇか。堀がねぇんだから土掘ればいけるだろ」


 騎士団の参謀にダンカン、カミーユ、ゼブロンを交え、周辺地図と砦の見取り図を囲んで知恵を出し合っていると、カミーユが苦し紛れのように言った。


「兵が通れる大きさにしなきゃなんねぇからなぁ。入り口は見えねぇ場所にしなきゃなんねぇし、そうするとこの辺の森しかねぇ。遠いし根っこ邪魔になんぞ。大分時間かかるんじゃねぇか。下手したら兵糧攻めのが早ぇくれぇの」

「それ以前に地盤大丈夫ですか。生き埋めはごめんです」


 ダンカンとゼブロンが難点を示すと、まるでマドックの従者の如く控えていたユスフが、見取り図を覗き込んだ。


「これ、最近完成させた見取り図ですよね」


 確認には参謀が頷く。イアチフにある見取り図に、密偵が調べた情報を足したものだ。改築し使えなくなった通路や扉、増設部分などが書き込まれている。ユスフが素性を隠さなくなって以来、不信感を隠さないゼブロンやカミーユは胡乱げにユスフを見た。


「この辺手付かずですし、ここの隠し通路、向こうには見つかっていない筈ですよ」

「………確かか」


 マドックのユスフを見る目も探るように細くなった。彼らは砦を落としたいのだから、陥れられると思っているわけではない。何故このタイミングで都合の良い情報を出せるのかという不審からだった。


「実際に使って確認してきました。この場所に出ます」


 ユスフはその鋭い視線にも動じることなく図の上に指を滑らせる。マドックは吐息し、策を定めた。

 テゼン兵の数を減らしながら砦に追い込み、程なく。月が雲に隠れる日を選び、隠し通路を使った夜襲を仕掛け、内から門を解放させて砦を落とした。勝鬨を上げるイアチフ陣営の中で、マドックは静かだった。


「何しけたツラしてんだよ! ドン亀進軍の時はどうなることかと思ったがよ、これで手土産持って会いに行けんな!」


 カミーユが興奮もそのままにマドックの胸元を叩く。


「ああ」


 マドックは生返事をした。

 王城にとってこれは、予定されていた武勲だ。

 王子は砦を望んでいながら、カタパルトも破城槌も用意してこなかった。ユスフから齎された情報は、つまりは王子から与えられた情報で、砦を損傷せず落とす策が既に用意されていたということだ。この武勲に、果たして発言力を高める効果があるものなのか。マドックには王侯貴族の価値観は解らないが、期待はできないと思った。

 元々戦後処理も兼ねての出征なのだろう、第三王子は砦に残った。砦の維持は防衛戦とは別の仕事になる。マドックを含めた新たな契約を希望しない傭兵達は、帰還の途についた。






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