第99話 帝国の介入
公爵の聴聞会がローレシアの結婚へと話が及ぶと、国王と公爵のどちらがローレシアを手に入れるのか、一歩も引かない攻防へと発展した。当の本人のローレシアを抜きにして。
(ローレシア・・・こう言っちゃなんだけど、お前ってオッサンにも人気があるんだな)
(そ、そうね・・・・わたくしも知りませんでした。エリオットの婚約者だった頃はわりとぞんざいな扱いを受けておりましたので、フィメール王国の二大権力者がまさかこのわたくしを奪い合うなど、以前からは想像もできませんでした)
(でもどうするんだ? このままだと、アルフレッド王子かキュベリー公爵の息子のどちらかと結婚させられてしまうぞ)
(わたくしに特別な事情がなければそれもあったでしょうね。貴族同士の紛争の解決手段として政略結婚を利用するのは古くからの王道ですので。問題はアスター侯爵家にわたくし一人しか貴族がいないこと)
(つまり今回は、政略結婚を解決手段として使えないということか)
(いいえ、妹のフィリアを侯爵家の養子に迎え入れれば一応は可能です。だから話を戻して、フィリアを前提に交渉を進め直す必要がございます。それにわたくしは最終的に、貴族をやめてナツとアンリエットとともに静かに暮らすのが夢ですので、わたくしの結婚はもうあり得ません。そろそろこの二人の不毛な言い争いを止めますね)
(ああ、その方がいいと思う)
ローレシアが二人の議論を止めようと発言しかけたその時、突然部屋に国王の側近が入室し、国王に何かを耳打ちをした。
「何だと、それは本当なのか!」
国王は思わず立ち上がると、キュベリー公爵を睨みつけた。
「公爵! ・・・貴様、ブロマイン帝国に援軍要請を出したのか!」
「ブロマイン帝国? ・・・いや、私はそんなことはしていないが」
「とぼけるな! 我が王国と帝国との国境線に帝国の軍隊が展開しているとの報告が、たった今あった」
「バカな・・・なぜ帝国がこのタイミングで」
「それは貴様が呼んだからだろうが!」
「私がそんなことをするはずがない! そもそも他国の内紛に介入してあわよくば国を掠め取ろうとするのがあの帝国の常套手段。それに皇帝はローレシアを」
「・・・なんだ公爵、今何か言いかけたな。ローレシアが何だというのだ!」
「いや、それが・・・実は、ブロマイン帝国の皇帝がローレシアの存在に気が付いて興味を持ち始めてしまったのだ。そのほとぼりが冷めるまで、帝国にはフィメール王国に関与してもらいたくなかったのだが」
「何だと、皇帝がローレシアを。・・・マズいな」
「と、とにかく、ブロマイン帝国を呼んだのは私ではない。それだけは分かってくれ」
「・・・そうだな。この状況で帝国が介入してきても貴様が得をすることは、ほとんどなさそうだ」
「国王、この聴聞会は一旦保留にして、帝国軍への対応を先に協議した方がいい」
「そうだな。まず私がフィメール王国の国王として、帝国軍の司令官を呼び出して出兵の意図を確認する。本日の聴聞会はこれで解散だ」
キュベリー公爵は今回の聴聞会のために完璧に理論武装をしており、絶対に勝つ自信があった。だから、ローレシアやアスター伯爵を公聴会に出席させて一気に政略結婚の確約まで得るつもりだったのだ。
ところがブロマイン帝国というとんだ邪魔者がやって来てしまった。帝国はローレシアはおろか王国そのものも奪い取りかねない危険な相手。
ローレシアを手に入れて、フィメール王国も手にいれる。そんな公爵の計画はこの帝国の派兵で一時ご破算にされた。
その怒りを側近にぶつけつつも、なぜか嫌な予感がした公爵は急ぎ公爵邸に戻り、次女のマーガレットを執務室に呼んだ。
「マーガレット。まさかとは思うが、帝国に派兵を要請したのはそなたではないだろうな」
「いいえお父様。実はあの後お兄様にも相談いたしましたら、お兄様もわたくしと同意見で、アスター侯爵は直ちに討伐すべきとのことでした。隣で話を聞かれていたお義姉様が直ぐに皇帝に援軍をお願いすると」
「なんだと! ・・・お前たちはなんてバカなことをしたんだ。この国は帝国に乗っ取られてしまう」
「でもお父様、ローレシアをこのままのさばらせる訳にはまいりません。ローレシアさえ始末すればあの子が王族になることは永遠にないし、アルフレッド王子の目もきっと覚めると思います」
「マーガレット・・・今はそんな話をしている場合ではないのだ」
「いいえ、わたくしはローレシアを王族にさせたくないのです。そのためには帝国だって利用いたします」
「マーガレット、ローレシアは王族にはならん。なぜならこのキュベリー公爵家に迎え入れる予定だからだ。ローレシアには大変な価値がある。膨大な魔力にソーサルーラの後ろ盾、おまけにあの美貌。ブロマイン帝国への牽制にローレシアは必ず必要なのだ。お前にはなぜそれが理解できないのだ」
「ブロマイン帝国は親族です。牽制など必要ないではありませんか。それにあんな子をこの公爵家に迎え入れるなんて、絶対にあり得ません! 汚らわしい! この件はお母様にも相談いたしますので失礼!」
「ま、待てマーガレット! くそう、とにかく帝国軍の動きを止める方が先か・・・」
公聴会が中断され、国王が帝国への対応のため急ぎ出て行ったため、部屋にはローレシアとアルフレッド王子、そしてアスター伯爵だけが残された。
「わたくし自身は結婚をするつもりございませんが、妹のフィリアをキュベリー公爵家に入れるのはいい考えだと思います。フィリアを一度アスター侯爵家の養子に迎え入れたいのですが、よろしいですかお父様」
「それはもちろん構わない。だが公爵がお前ではなくフィリアを受け入れるとはとても思えないが」
「そこは公爵との交渉で何とかするとして、一度家に帰ってお母様とフィリアに話をしましょう」
王城の転移陣の使用許可をアルフレッド王子から得ると、ローレシアは伯爵とアンリエットたち5人の護衛騎士を連れて、アスター伯爵家の居城にジャンプした。
するとタイミングよく妹のフィリアがそこにいた。
「あらフィリア。ちゃんと言いつけを守って、家に帰っていたようね」
「お、お姉様・・・それにお父様まで。おかえりなさいませ」
フィリアは突然転移してきた俺たちに驚くも、そこは高位貴族らしく、すぐに表情を作ってにっこりとお辞儀した。
「ちょうどよかったわ。フィリアに少しお話がございますので、お母様を連れてわたくしの執務室に来てください」
「お母様と執務室ですね。かしこまりました」
そして俺たちが当主の執務室へ向かって行く途中、廊下の角からローレシアの弟であるステッドが現れ、こちらに向かって歩いて来た。
向こうも俺たちに気がつくと、フィリアと違ってふてくされた顔つきでつかつかと歩みを速め、ローレシアを無視して通りすぎると、いきなりアスター伯爵につかみかかった。
「父上! なぜアスター伯爵家をこの僕ではなく姉上に後を継がせたのです! 約束が違う!」
「ステッド・・・すまん」
「謝って済む話ではない! 僕の将来は一体どうなるんだ。婚約者だって僕が次期伯爵になるのが前提で決まったもの。こんなことが知れたら婚約を解消されてしまう・・・」
「・・・すまん。だが、家督はもうローレシアに譲ってしまったのだ」
力なくうなだれる伯爵にこれ以上言っても無駄だとわかると、今度はローレシアにつかみかかる。
「姉上はソーサルーラの侯爵のくせに、どうしてこの伯爵家の家督まで継いだんだ。僕が次期伯爵だったのに酷いじゃないか!」
「それはブライト男爵家の危機を救うため仕方がなかったのです。その時あなたは何をしていたのですか」
「今は家督の話をしているんだ。ブライト男爵家なんか何も関係ないじゃないか」
「関係ございます。ではあなたは分家の領地が公爵の騎士団に蹂躙されている時に何をしていたのですか」
「なぜ僕がそんなことを気にする必要がある。分家の領地なんだから分家が自分で守ればいい。それが領主の務めだろう」
「あなたは何を言っているのですか! 分家の領地も伯爵家の領地だし、ブライト男爵は大切な忠臣です。そしてそこに住む領民全てを守る責任が、伯爵家の当主にはございます。そんなことも分からない人に、アスター家の当主になる資格などございません!」
「うるさい! 相変わらず優等生ぶりやがって。姉上のせいで僕はこの領地も婚約者も全て失うことになるんだぞ。責任を取れ!」
「そんなこと知りません。それに公爵軍を放置していたあなたは、遅かれ早かれすべてを失っていました。わたくしが家督を取ろうが取るまいが、どちらも結果は同じことよ」
「うるせえ!」
そう言うとステッドは、ローレシアを殴りつけようといきなり拳を振り上げた。だがステッドのその右腕をアンリエットが即座に掴む。
「貴様はアンリエット・・・。アスター家本家の僕にまさか手を出すわけないよな」
「ローレシアお嬢様からすぐに離れてください」
「貴様、主君に対して命令するとは生意気な。胸のでかい女はバカだと聞くがまさにその通りのようだな」
「いい加減にしなさい、ステッド! アンリエットを侮辱することは、このわたくしが許しません!」
「そうだアンリエット。お前をこの僕の婚約者にしてやろう。そうすればお前は伯爵夫人だ。お前見た目だけはそこそこ美人だから、僕が可愛がってやるよ」
パシーンッ!
ローレシアがステッドの頬を力一杯平手打ちすると、ステッドは床を転がりながら、廊下の壁に叩きつけられた。
頬が赤く腫れ口から血を流して怯えるステッドに、ローレシアが仁王立ちに見下ろすと、
「ステッド、あなたをこのアスター家から追放いたします。今後アスター家の姓を名乗ることは一切許しません。直ちにこの城から出て行きなさい」
「・・・なんだと!」
ローレシアは両手の指にはめた当主の指輪を見せつけながら命令する。
「ジャン。うちの衛兵とともに、この愚か者を今すぐ城から追い出してください」
「お嬢、承知した。おいステッドとやら、お嬢の命令だからこの城から出ていくんだ」
ジャンはステッドの腕を後ろ手に掴むと、衛兵たちとともに城の外に向けて連れ出していく。
「父上、何とかしてください! 父上!」
「・・・私はもうここの当主ではない。すまんな」
「父上ーっ!」
そうしてステッドはジャンに連れられてアスター家から放逐された。
次回、フィメール王国の運命が加速します
お楽しみに




