第98話 聴聞会
キュベリー公爵との話し合いは、王城の特別応接室で行われた。
国王側は国王とアルフレッド王子、ローレシアと父のアスター伯爵の4名だ。一方の公爵側は公爵本人と側近を一人つけているだけである。
公爵側には誰もついていないが、余程自信があるのだろうか。
さて話し合いは、ローレシアが提出した記録宝珠の映像と、アスター伯爵からの証言に基づき、公爵がアスター領を侵略したことに対する理由を追及することから始まった。だが公爵はそれを当然認めない。
「アスター領での軍事演習は、そこにいるアスター伯爵から事前の許可をとって行ったもの。それを一方的に侵略行為と断ずるのはキュベリー公爵家の名誉を著しく傷つけるものです。そうだな伯爵」
「いや、それは・・・」
「公爵。それはお父様をたぶらかして許可を得たにすぎません。それに軍事演習と言いつつ、実際には侵略行為だったのは、記録宝珠の映像からも明らかです」
「たぶらかしてなどいない。これは当主同士の正式な話し合いの場で交わされた約束であり、その結果が気に入らないからと後で無効にされたのでは、今後アスター家とはいかなる約束も行えない。まさかそんな子供みたいなマネをするつもりなのか、伯爵!」
「うっ・・・いや、しかし」
「お父様はちゃんと公爵に反論してください! 何のためにここに居るのですか!」
「・・・すまん」
「もうっ! それから公爵はあくまで当主同士の約束に基づく正当な行為と言いますが、それが王国の秩序を乱すものであれば、とても有効だとは言えません。だからこの聴聞会が開催されているのですから」
「なるほど、アスター侯爵は当主同士の約束や信用よりも、王国の秩序を乱したかどうかという基準で我が公爵家を処断しようと考えているのですね」
「あたりまえでしょ!」
話し合いは当初の予想通り、両者の言い分が平行線をたどる所からスタートした。
そもそもは愚かな約束をしてしまったアスター伯爵も悪いのだが、アスター領の領民のためになんとしても公爵の騎士団を撤退させて、この先同じようなことが起きないようにしなければならない。さもないと、安心してこのフィメール王国から立ち去ることができないからだ。
ローレシアは、フィメール王国のアスター領の平和を確保し、将来ソーサルーラ国王への忠義を果たした後は、アスター侯爵家も信頼できる親族に後を継がせて、ナツとアンリエットの3人で辺境で静かに暮らす幸せな未来を夢見ていた。
だからこの聴聞会がその最初の一歩と意気込んだ。
だが公爵はそんなローレシアの追及をのらりくらりとかわしていく。
「侯爵の言い分はよくわかりました。それでは、王国の秩序を乱しているのは果たしてどちらなのか、という点を論じませんか。魔法王国ソーサルーラのローレシア・アスター侯爵閣下」
「それはどういう意味でしょうか」
「言葉そのままの意味ですよ。娘から聞きましたが、我がフィメール王国のアスター領は現在、外国の貴族であるアスター侯爵の支配下にあると聞いています。侯爵はアスター伯爵家を乗っ取られたそうですね」
「それは誤解です。アスター伯爵家の当主を父から引き継いだだけですので、侵略の意図はございません」
「しかし、アスター侯爵が我が国との国境線にソーサルーラの精鋭部隊を配置させていると、我が公爵家の斥候部隊から報告がありました。これはどういうことですか」
「公爵に我がアスター領から撤退いただくためです。この話し合いで公爵からその確約が得られれば、直ちに軍を引きます。王国侵略の意図は持ってません」
「なるほど。だが、これが侵略にあたるかどうかは、ソーサルーラの人間であるあなたが判断することではなく、フィメール国王がどう判断するかです」
ここまではあらかじめ想定されていた展開で、すでに国王とも話がついているので心配はないが、この公爵はただの悪党かと思えば、堂々と正論を展開してくるのでやりにくい。
ローレシアはこのオッサンから、うまく好条件を引き出せるのだろうか。
「では公爵はあくまでわたくしが侵略者だと言いたいのですか」
「左様。国王陛下! このアスター侯爵の行為を我が国への侵略とみなし、我が王国の主権と名誉のために今こそ一丸となる時です。この私に、アスター領への進軍と討伐の勅命を!」
公爵はこの状況を逆手にとって、自分の侵略行為を正当化する作戦に出た。だが、
「まあ待て。そんなに結論を急ぐでない、キュベリー公爵」
「国王! そんな悠長なことを!」
「そなたもよく知ってるとおり、このローレシアはもともと我が国の貴族。そこの愚か者によって平民にされたため、結果としてソーサルーラの貴族になったにすぎんのだ。その事情は考慮すべきではないのか」
「うぐっ・・・」
国王から睨まれて小さくなるアスター伯爵に対し、国王の発言に何かを考えている風のキュベリー公爵が一瞬ニヤリと笑った。
「ふむ、確かにアスター侯爵に特殊な事情がおありなのは理解できますが」
「では仮にアスター侯爵が我が国の貴族であれば、侵略行為ではないと公爵も認めるのだな」
「それはもちろん認めます。だが今のアスター侯爵はフィメール王国の貴族ではない」
「形式的にはそうだが、実際には我が国に血族がおり、実質的に我が国の貴族と言っても差し支えない」
「だがソーサルーラの騎士団を展開させているのは事実であり、ソーサルーラ国王の命令があれば侵略を行う可能性はある」
「それは確かに公爵の言うとおりだが、それでは公爵はどうすればいいと言うのか」
「国王陛下、こういう時のために貴族家どうしの血縁関係があるのですよ」
「血縁関係だと?」
「私に提案があります。アスター侯爵家がフィメール王国との間で血縁関係を結べば、例え外国勢力と言えども侵略の心配はずっと少なくなる」
「例えばそなたの長男のようにか」
「はい。長男の正妻はブロマイン皇帝の腹違いの姉。だから私の次の代のキュベリー公爵家は、半分外国勢力とも言えなくはない。だがそれはフィメール王家とて同じ」
「・・・・・」
「仮に我が甥である第1王子のジェームズが次期王位につけなかった場合、残る後継者は二人。そこにいる第3王子か、今国内にいない第2王子のどちらかだ」
「そなた・・・」
「失礼を承知で申し上げるなら、ブロマイン帝国に人質に出されている第2王子の妻は帝国皇家の姫君。仮に第2王子がこの国の王位につけば、我がフィメール王国は帝国の属国の一つと成り下がるでしょう」
第2王子の話が出たとたん、国王は苦虫をかみしめたような表情に変わった。
「公爵・・・そなた何が言いたい」
「だから提案です。我が騎士団がアスター領から軍を引き、アスター家との間で不可侵協定を締結する準備がありますが、2つ条件を付けさせていただきます」
「その条件は何だ」
「次期王位を第1王子のジェームズに譲ることの確約、そしてアスター侯爵家とキュベリー公爵家との政略結婚による血縁関係の樹立の2つ」
「・・・盗人猛々しいやつめ」
「盗人とは人聞きの悪い。こう見えてもこのフィメール王国を愛し、ブロマイン帝国やその他外国勢力から我が国を守ろうとする愛国者なのですよ、私は」
「貴様、第2王子を理由に、この王国を乗っ取るつもりだな・・・」
「乗っ取るだなんてそんな。確かに、第2王子の話は現時点ではあくまで可能性であり、ジェームズの王位継承を今決める必要もないでしょう」
「なら、その条件は取り下げるのだな」
「今はですが。だがアスター侯爵の件は違う。現に我が王国にもたらされている侵略行為を解消するためには、一刻も早くアスター侯爵家との政略結婚を進めなければならない」
「・・・政略結婚で矛を収めるというのは妥当なところか。ローレシアそれならどうだ」
「政略結婚の意義はその通りですが、まずは侵略行為に対する公爵への懲罰と我々への損害賠償が先なのではないですか。それがなされるなら、政略結婚の話を進めても構いません。妹のフィリアはまだ婚約者が決まってませんので、ご子息との結婚は可能です」
「アスター侯爵、あなたは何か勘違いをされている。私が望んでいるのはアスター伯爵家ではなくアスター侯爵家との政略結婚です」
「・・・アスター侯爵家って、わたくし一人しかおりませんが」
「だから私が望んでいるのはローレシア、あなたとの政略結婚だ」
「・・・え? このわたくしがキュベリー公爵家に嫁に行くのですか?」
するとフィメール国王が待ったをかけた。
「それは絶対にならん! ローレシアはもともと我が王家に入ることになっていたのだから、政略結婚をするならここにいる第3王子アルフレッドとだ。それで公爵の心配も解消されるはず」
「いや、今回の話はキュベリー公爵家とアスター伯爵家の紛争の解決。であれば当事者同士の婚姻関係を結ぶのが妥当」
「ダメだ! ローレシアは絶対にダメだ。ローレシアをキュベリー家になど国王であるこの私が許さん」
次回、事態は大きく動く
お楽しみに




