第96話 四角関係
居住まいを正したローレシアに、これから彼女から告げられる言葉が自分にとって良くないものであることをアルフレッドは察した。
そして・・・、
「アルフレッド王子。わたくしローレシア・アスターは、昨夜結婚いたしました」
「ローレシアが結婚・・・昨夜・・・そんな」
真っ青な顔で力なく項垂れるアルフレッド王子。
その予想を越えた落胆ぶりに、さすがのローレシアもかける言葉を失った。
二人の間にしばらく沈黙が続く中、お風呂の準備が終わったアンリエットが居間に戻り、アルフレッド王子の訪問に気がついた。
「ローレシアお嬢様。一応お風呂の準備が整っておりますが、アルフレッドが来ていたのならお風呂は後にいたしましょう。・・・でもどうしたのですか、この雰囲気。まるで葬式のような」
「葬式ではございません。王子にわたくしの結婚報告をしていたのです」
「お嬢様の結婚報告・・・ではいよいよ、あの話をされるのですね」
アンリエットはそう言うと、少し離れた場所に腰かけて、二人の様子を静かに見守ることにした。
アンリエットの含みのある表現に反応し、アルフレッドはどうにかその重い口を開いた。
「今のアンリエットの言い方だと、彼女もよく知っている相手、つまりアスター家の関係者だということだろうが、キミの結婚相手になれるような男を僕は全く知らない。家格を考えればアスター家の分家の誰かを婿に取った可能性が高いが、まさかマーカスと」
「ち、違いますっ! なぜわたくしがマーカスみたいな分家のおじさんと結婚するのですか!」
「マーカスではなかったか・・・。キミは幼い頃からずっとエリオットの婚約者だったためか、周りに男の気配が全くしないのだ。あと考えられるのは、ソーサルーラのランドルフ王子だが・・・。そうか! 昨日ソーサルーラ国王に報告した時そういう話になったんだな。くそっだったらローレシアを一時帰国させなければよかった・・・こんなことになるなんて、僕は」
「アルフレッド王子、聞いてください。わたくしの結婚相手はランドルフ王子ではなく・・・ナツです」
「・・・・・」
結婚相手はナツ。
アルフレッド王子は、そのあまりに想定外の相手に完全に表情をなくした。
しばらく沈黙が続くが、それに耐えられなくなったローレシアがアルフレッドに話しかける。
「あの~王子聞いてますか? 結婚相手はナツです」
「・・・ナツ?」
「そう、ナツです」
「・・・ローレシアすまないがちょっと教えてくれ。ナツと結婚するってどういう状態のことを指すんだ。ナツはキミの分身であり、異世界の魂であり、そして女の子だ。・・・どれ一つとっても、キミの結婚相手になれる要素はどこにもないだろう」
「王子。ナツは女の子ではなく殿方です」
「・・・え?」
「ナツは異世界の魂ではありますが、わたくしたちと同じ年齢の殿方なのです。普段わたくしの身体で行動しているため、みんなはナツが女の子だと勘違いをしていただけなのです」
「そんなバカな! どう見てもナツは女の子にしか見えないじゃないか!」
「でも本当のことなのです」
「まさか・・・ナツが男でしかも僕と同じ年齢・・・だったらもっと早く教えてくれれば!」
「本当はそうすべきだったのでしょうが、ナツが殿方だと最初に申し上げていたら、みなさまがとても心配されると思い、どうしても言い出せなかったのです。特にアンリエットが大変なことになっていたでしょうから」
「・・・なるほど。アンリエットはこの僕に対しても剣を向けるほど、キミのことを心配しているからな。最初にそれを明かしていたら、アンリエットはきっと暴走していただろう。だがナツが男だとして結婚ってどうやってするんだ。キミたちは一つの身体を共有しているではないか」
「わたくしとナツはそもそも一生離れることができないため、いずれかのタイミングでナツにこの身体の全てを許す必要があったのです。そして今回の公爵軍との戦いの中で二人の愛を確かめあい、ついにわたくしにその覚悟ができたのです」
「それはわかったが、そのことと結婚がどうつながるのだ」
「身体を許すということは即ち婚姻関係を結ぶことと同義であり、昨夜のお風呂でナツにわたくしの素肌を見せ、そして触れることを許したため、その前にわたくしたちは二人だけの結婚式をあげたのです」
「それがナツとの結婚か」
「はい」
「・・・なら、他の男とそういう関係になったわけではないのだな」
「もちろんでございます。わたくしの伴侶は生涯ナツただ一人ですので」
「それを聞いて安心した」
アルフレッドはホッと息をつき、ソファーに大きく寄り掛かった。
「だがローレシア。その考えで行くとキミはもう子孫を残す意思はないということになる。アスター侯爵家はどうするつもりだ。キミの弟妹にでも譲るのか」
「・・・そこが問題なのです。わたくしとしてはナツがずっとそばにいてくれるので、後は何もいらないのですが、貴族としての責務を考えるとそうもいかなくなります。いっそのこと貴族をやめて、ナツと二人で冒険者に戻りたい気持ちでいっぱいなのですが、今のこの状況で全てを捨て去ると大変なことになってしまいます」
「少なくともアスター領の領民は大変不幸なことになるだろう。それにキュベリー公爵が我が王国を支配すれば同様に苦しむ領民が増えて行くだろう」
「ええ。ですのでこのことは今すぐ結論が出るものではないため、しばらく保留することにいたしました」
「保留か、それがいいだろう。・・・だが仮に貴族の責務を果たすという結論に至った場合、キミは男性貴族との間に婚姻関係を結ぶことになるのか」
「・・・想像したくはありませんが、その時はそうせざるを得ないでしょう。アスター家の血筋を残すため強力な魔力を持つ殿方を迎え入れるしか・・・」
「・・・それは僕にもチャンスがあるということか」
「・・・ええまあ」
「よしっ!」
(ローレシア・・・アルフレッド王子がメチャクチャ喜んでいるが、あんなこと言って大丈夫なのか?)
(ちょっと誤解を与えてしまいました・・・わたくし基本的には貴族をやめる方向で考えているのですが)
(そうだよな。ローレシアが俺以外の誰かに抱かれるなんて、想像するのも嫌だよ)
(わたくしもです。ナツ以外の殿方に触れられるなんて、想像したくもありません)
(・・・俺たちは領主としての覚悟がきっかけで結婚することになったけど、いざ結婚してみたら、やはり貴族ではいたくなくなった)
(アスター家の血筋と家門なんか、お父様たちに早く返して、アンリエットを連れてどこか遠くの国に逃げてしまいたい)
(俺たち貴族でなければ、こんなことで悩まなかったのにな)
(本当にごめんなさいね、ナツ)
(・・・だが、万が一血筋を残さなければならないことになっても、俺は絶対にローレシアを他の男になんか抱かせない)
(ありがとうナツ! ・・・でもその場合、どうやって血筋を残すのでしょうか)
(ローレシアの代わりに、俺がその男に抱かれる)
(えーっ! ナツが・・・殿方に抱かれるのですか! えっ、えっ!?)
(考えただけでも身の毛もよだつ話だが、ローレシアが抱かれるよりはその方がはるかにマシだ)
(ナツ・・・)
(ローレシア、これが俺の覚悟だ! だからその時はせめて俺が耐えられるような相手を探してくれ・・)
(ナツの覚悟はよくわかりましたが、それならなおのこと貴族なんかやめて冒険者に戻りましょう。ナツにそんな無理はさせられません)
(ありがとうローレシア・・・でも、それができなかった場合は)
(それができなかった場合は、・・・ナツの気に入った殿方を探しましょう)
(やっぱりその結論になるよな・・・)
(・・・でしたらもう、アルフレッド王子が相手でもいいのではないでしょうか)
(ローレシアはやはり、アルフレッド王子のことを)
(違います! ナツが王子のことを好きなんでしょ)
(・・・え?)
(だってナツったら、王子が近くにいると心臓がドキドキして、胸の高鳴りを抑えきれていませんもの)
(あれは違うんだ! この身体が勝手に反応して)
(あら、そうかしら? わたくしは王子のそばにいても何ともなりません。この身体のせいにしないで頂きたいですわ)
(そんなバカな・・・)
王子が元気を取り戻して貴賓室を立ち去った後、ローレシアはなぜか身体の操作を俺に譲ると、アンリエットにお風呂に入れてもらうよう、俺に告げた。
それにさっきアンリエットに何やら目配せをしていたが、この二人は何か企んでいるのだろうか。
俺がそう怪しんでいたら、ローレシアが理由を教えてくれた。
(ナツ、わたくしの身体を自由にできると言うことは女の子の事情をもっと良く知らなければならないということです。これからアンリエットにお風呂に入れてもらい、そこで色々と教えてもらってください)
(それならローレシアが教えてくれればいいじゃないか。なんでアンリエットなんだ)
(あ、アンリエットは侍女をしているから、わたくしよりもいろいろなことを知っているからです。それにアンリエットはナツに騎士の誓いを立てたのだから、ナツの侍女になったということですよ)
(アンリエットが俺の侍女か・・・まあローレシアは自分一人では何もできないから、アンリエットに聞くのが一番なのは確かだな)
(それは高位貴族の事情です! ナツはさっさと侍女にお風呂に入れてもらってきなさい)
次回は、アンリエットのターンです
お楽しみに




