第95話 錯綜する思惑
キュベリー公爵は急ぎ王都にある公爵邸に戻ると、執務室に側近たちを全員呼び寄せ、アスター領に展開していた騎士団の戦況を詳細に確認した。
そこで聞いた騎士団の惨状に、公爵は愕然とした。
「つまり今の報告をまとめると、ブライト領から撤退したのは、奇襲を受けたり退路に待ち伏せされたりして敵の策にまんまとはまった指揮官の責任だったが、決め手となったのは神々しいまでの美少女騎士の存在であり、彼女の放った光魔法の一撃で50騎もの騎士が消し飛び、恐怖で隊列が瓦解した」
「・・・そのとおりです」
「アスター分家領の方の戦況はどうなっているのだ」
「斥候の報告では、領地が全てアスター家に奪い返されているようです。そして駐留していた我が騎士団とは、まだ連絡がとれていません」
「連絡がとれない理由は」
「領地の周りには我が軍の騎士の遺体だけが転がっており、他の騎士たちは全員捕虜にされた模様。逃げ帰ったものは誰一人おらず、情報が全くありません」
「あそこにはかなりの人数がいたはずだ。それなのに一人も逃げられなかったなんて、そんなバカなこと」
「ただ騎士団からの最後の定時連絡では、軍事演習中に神々しい光に包まれた美少女騎士が妨害を行ってきたとの報告があります」
「・・・さっきからその神々しいという表現が気になるが、高度な光魔法が使用されたのだとすれば、その美少女はローレシアしか考えられん。つまり我が騎士団はローレシア一人にしてやられたことになる」
「誠に申し訳ございません・・・」
「だがわからんのは、なぜローレシアが自分を捨てたアスター家のために先頭に立って戦っていたかということだ。先日の歓迎式典では、父親であるアスター伯爵がローレシアに助けを求めたのに、公衆の面前で門前払いをするほどアスター家を拒んでいたのだぞ」
「あのシーンは社交界にも衝撃を与えましたからね。追放した娘に助けを求めるアスター伯爵の恥知らずさも酷かったですが、ローレシアの断り方も凄かった。周り全員がドン引きでしたから」
「そうだったな。ワシはあれを見て、伯爵に付け入る隙ができたと判断した訳だし、あの時はローレシアに感謝したぐらいだ」
「それにジリ貧のアスター伯爵家が仮に救済されるとすれば、頼りは長女ローレシアの存在と見られてましたから、あの決定的なシーンを見た王国貴族たちは、アスター伯爵の命運はつきたと判断したのでしょう。我が公爵陣営に傾き始めましたから」
「左様。だからワシも安心して、マーガレットのためにブロマイン帝国に足を運ぶことができたのだ。だがその僅かな隙に、ローレシアはアスター領を救済し、我が騎士団をレイス子爵領まで押し戻すことに成功。一体この一週間でローレシアに何があったのだ」
「全く意味がわかりませんが、改めて戦略を考え直す必要がありますね」
「・・・ワシはローレシアを少しなめていたようだ。かつての魔力の弱い頃のローレシアのイメージに引きずられていたが、ソーサルーラの大聖女は伊達じゃないってことだな」
「それでローレシア率いるアスター騎士団とは、真っ向勝負をするおつもりで」
「いやちょっと様子を見ることにする。王家からワシに召喚状も出されているし、既に王国騎士団も現地に向かっているに違いない。だからここは力押しではなく交渉を申し出て揺さぶりをかけてみるか」
「交渉・・・国王とですか?」
「いやアスター伯爵だ。またヤツを嵌めてローレシアをアスター家から再び引き離す。そしてローレシアはワシが絶対に手にいれてやる。あの美貌にあの魔力、彼女さえ我が手中に収めれば、フィメール王国も簡単に征服できるし、我が家門に魔導の名門アスター家の血筋を取り込むこともできるのだ」
「何も公爵ご自身ではなく、ご子息にでも・・・」
その時、執務室にマーガレットが飛び込んできた。
「どうしたんだマーガレット、そんな血相を変えて。またエリオットのことで何かあったのか」
「お父様! さっき王城でローレシアに会ったのですが、あの子アスター伯爵家の家督を継いだそうです」
「ローレシアが、アスター伯爵家を? まさか」
「あの子ソーサルーラの侯爵なのに、フィメール王国のアスター領を手中に収めたのよ。これって侵略ではないかと思ってお父様に相談がしたかったのです」
「あのアスター伯爵がローレシアに家督を譲るなど、とても考えられないことだが、もしその話が本当ならソーサルーラ貴族による侵略と言えなくもない。よく気がついたなマーガレット」
「お父様、やはりこれは侵略行為にあたるのですね。だったらアスター家討伐の大義名分は立つはずです。早く攻め滅ぼして、あの子を処刑してください」
「落ち着けマーガレット。まだ侵略行為と決まった訳ではない。ただ国王に対して有利なカードが手に入ったことには間違いない。ここは王家の召喚に応じて、国王と交渉してみるのも手か」
「交渉・・・ローレシアはどうするおつもりですか」
「そこが難しいのだ・・・どうやったらソーサルーラに戻さず、このフィメール王国にとどめることが出来るかだ。うまくソーサルーラとローレシアの間に溝を作れればいいのだが」
「王国にとどめる? お父様、何をバカなことを! あんな子、処刑するか国外追放しかないでしょう! あるいは奴隷の身分に落としてならず者の花嫁にするか娼館に売り飛ばしてしまいましょう。その方があの子に地獄を見せられる。あの清純ぶった女が汚されていくの。きっと素敵でしょうね」
「お前こそバカなこと言うなマーガレット! ローレシアをならず者にくれてやるなどとんでもない。まだブロマイン皇帝にくれてやった方が100倍マシだ」
「皇帝って、お父様こそ何を言っているのですか! でもそうね、ブロマイン帝国があったわ」
「何だマーガレット・・・お前何を考えているのだ」
「お兄様に頼みましょう。お兄様はあのブロマイン帝国皇帝の義兄にあたる訳ですし、帝国の威光を借りればローレシアやソーサルーラなんか手も足もでませんわ」
「それは絶対にダメだ! ブロマイン帝国には絶対に介入を許してはならん!」
「お父様、どうして・・・」
同じころ、ローレシアもフィメール国王とアルフレッド王子の3人で会談を行っていた。
「ローレシアが家督を継いだのであれば、伯爵領の接収はやめておこう。それにソーサルーラの支援も大変に心強い」
「ありがとう存じます」
「だが同時に、マーガレットの言っていたことも一理ある。そこを突かれるのは痛いが、やり過ごす方法がないでもない」
「そうなのですか! それでその方法は?」
「ローレシアが我がフィメール王国の貴族に復帰することだ。そうすればソーサルーラは関係がなくなり、そなたはただ単にアスター伯爵家の家督を継いだ長女にすぎなくなる。ただその場合、ソーサルーラとの関係が問題となろう」
「・・・・・」
「わかっておる。そなたを引き上げてくれたソーサルーラ国王への忠義であろう。だからこれはカードの一つとしてとっておき、状況によって使えばよかろう」
「・・・そのとおりですね」
「だが私は、ローレシアにこの国に帰って来て欲しいと願っている。それだけは分かっておいてくれ」
「・・・国王陛下のお考え、承知しました」
国王への報告も終わり、キュベリー公爵への面会も申し込んだローレシアは、一週間近く離れていた王宮の貴賓室に戻ってきた。
以前より護衛騎士の人数が3人も増えたため、男性騎士4人が貴賓室の入り口と窓の外の警戒に当たる。結果、騎士団長のアンリエットは侍女の仕事に専念することになった。
夕食も終わり、アンリエットがお風呂の準備をしている間、ローレシアはソファーに座ってなんとなく時を過ごしていた。すると貴賓室にケンが入ってきて、
「ローレシア様、お客様です。アルフレッド王子が見えられました」
「まあ、アルフレッド王子がこんな時間に・・・一体何の御用でしょうか」
「急ぎではないとのことでしたので、ローレシア様のご都合がよければ。どうなさいますか」
「そうですね。特にやることもないですし、アルフレッド王子と面会いたします」
「かしこまりました。王子をお連れします」
ケンに案内されたアルフレッド王子は、夜の訪問を詫びた後、ローレシアの向かいのソファーに座った。そして軽い雑談をした後、王子が尋ねた。
「・・・午前中のマーガレットとの話の中で、キミは愛する人に純潔を捧げたと言っていたな」
アルフレッド王子がそのことを気にしていたのは、ローレシアにも気がついていた。
「・・・確かにそのように申し上げました」
「キミはこの一週間の間で、その・・・そういうことがあったのか」
ローレシアに問いかけたアルフレッド王子の顔は、すでに真っ青だった。
これまで自分に良くしてくれたアルフレッド王子。彼が自分に好意を寄せていることはわかっているし、かつては自分も彼に好意を抱いていた時期もあった。
でも最後に選んだのはナツだった。
ローレシアは罪悪感を覚えつつも、アルフレッド王子に対し自分の気持ちをはっきりと伝える時が来たのだと自覚した。
「・・・王子にお話ししたいことがございます」
次回、全てを明かされたアルフレッド王子は
お楽しみに




