第94話 公爵令嬢 vs 侯爵令嬢
きらびやかな宝飾品を身に付け、真っ赤なドレスに身をまとったマーガレットが、大きな扇子で口許を隠しながらローレシアに挨拶をする。
「お久しぶりですねローレシア様、まさかこのような場所でお会いするなんて」
「そうですわねマーガレット様。でもわたくし先を急いでおりますので、本日のところは失礼いたします」
「すまないなマーガレット、僕たちは用があるんだ」
「あら、折角会えたのですから少しぐらいよろしいのでは。アルフレッド王子も、わたくしの顔を立ててくださらないかしら」
しかしマーガレットは、ローレシアを簡単に離す気はなさそうで、アルフレッドも多少は仕方ないなと、その場をすぐに立ち去るのを諦めた。
そんなマーガレットの物言いは優雅で柔らかいが、ローレシアを見るその目は全く笑っていない。
「それにしてもローレシア様は、本日もまた純白のドレスをお召しのようで、本当によく似合ってございますね」
「・・・ありがとう存じます」
「別に誉めてなどいませんわ。どうせ純真ぶって殿方の歓心を得ようとしているだけでしょ。可憐な見た目しか売り物のないローレシア様には、そのドレスはとても可愛らしくてお似合いだと言いたいのです」
「くっ・・・」
(ローレシア・・・このマーガレットってキュベリー公爵の娘でお前からエリオットを奪ったヤツだよな。随分と嫌みな女だな)
(ええ・・・彼女は王国社交界では王女に続いて身分が高く、身分が下なのに第3王子の婚約者だったわたくしのことをとても疎ましく思っていたのでしょう。会うといつもこのようなことを言われるのです)
(ローレシアも言い返せばいいじゃないか)
(そうなのですが、マーガレット様のような言い方が苦手と言うか・・・同じようにはどうしても言い返せなくて)
(・・・わかった。だったら、俺が言うとおりに喋ってみろ)
(ナツの言うとおりに? ・・・わかったわ)
「あら、マーガレット様も情熱的な赤いドレスがとてもお似合いですね。わたくしと違って、いつも色んな色のドレスをお召しで実に華やかでいらっしゃいますが、実はパートナーの殿方の好きな色に合わせてらっしゃることは、社交界では有名な話ですのよ」
「な、なんですってっ!」
(ナツ・・・・よくマーガレット様がいつも違う色のドレスを身に付けていることを知ってましたね)
(そんなの知らないよ、適当だよ適当。続けるぞ)
(ええ!)
「フィメール王国の社交界から遠ざかっているわたくしですが、それでも存じ上げているもので5色は確認いたしました。・・・でもまさかマーガレット様に限って、殿方との関係がそのようなことになっているはずございませんよね?」
「当たり前です! 5人だなんて、わたくしのことを何だと思っているのですか!」
「そうですよね。マーガレット様ともあろうお方が、たったの5人の殿方しかパートナーがいないなんて、そんな寂しいことあるはずかございませんものね」
「違っ! ・・・この、ローレシアっ!」
マーガレットが握りしめた扇子をローレシアに投げつけようとするのを、取り巻き令嬢たちが必死に抑えている。深呼吸をするよう促されたマーガレットが、かろうじて感情を抑える。
(こいつ短気だな。すぐに頭に血が上るタイプだ)
(本当ですね・・・でも何だかとても楽しくなってきました。ちょっとわたくしにもやらせてください)
(いいぞ。頑張れよローレシア)
(はい!)
「あなた、随分と言うようになりましたね。以前のあなたなら、優等生ぶって杓子定規の反応しか示さなかったはずなのに、さすがは平民に成り下がっただけのことはありますわね」
「あら、平民だからなんだって言うのですか?」
「いくら隠そうとしてもわたくしにはわかるのです。どうせ平民落ちしたあなたは、盗賊か荒くれものに無理やり女にされて、その男たちの下品な物言いがうつったのでしょう。そんな下賎な女が今や侯爵だなんて、ソーサルーラ国王も本当に人をみる目がございませんね」
「おあいにくさま。わたくしが純潔を捧げた愛する人はとても素敵な殿方なのですのよ。わたくしのことは傷一つつけることなく、優しく触れてくれるのです。それこそあなたがわたくしから奪ったエリオットなんかとは、まさに正反対の」
「・・・まさかアルフレッド王子とそういう関係に」
「フフッ・・・さあどうでしょうね。でも、あなたなんかに答える義務は一切ございませんので」
マーガレットは悔しさで唇を噛み締め、今度はアルフレッド王子ににじり寄った。
「アルフレッド様っ! こんな腹黒女のローレシア様ではなくこのわたくしをお選びください。そうすればキュベリー公爵家が後ろ楯になって、このフィメール王国も一つにまとまります」
マーガレットの突然の求婚にアルフレッドは、
「マーガレット、折角のお申し出ですがお断りします。僕はローレシアのもとを一生離れないと、すでに誓いを立てておりますので」
「ローレシアのもとを一生離れない・・・それってローレシア様がまた王族の婚約者に戻ったってこと? だったらわたくしはもうフィメール王国の王族にはなれないではありませんか」
「あなたは王族になれるのなら、王子など誰でもいいみたいだな。エリオットはもう王子ではなくなったから、あなたはもう不要と判断したようだ」
「・・・そ、そのようなことはございません」
「なら、エリオットに添い遂げればいいではないか。別に処刑されたわけではないし、王族から外れただけであいつはまだちゃんと生きているぞ」
「それは・・・」
「それにまだあなたとエリオットの婚約は破棄されていない。王妃が諦めないかぎり、あなたはエリオットの婚約者のままだ。ずっとな」
「いえ、あの、それは・・・」
「とにかく僕はあなたと婚約するつもりはない。ローレシア、これ以上は時間の無駄だ。そろそろ行くぞ」
「はい、アルフレッド王子」
ローレシアを連れてアルフレッド王子が立ち去ろうとするのを、慌ててマーガレットが遮る。
「お待ちください王子、それにローレシア様。・・・あなたからも何か言いなさい、フィリア」
「はい、マーガレット様」
そのフィリアと呼ばれた少女がマーガレットの取り巻き令嬢の中から姿を現すと、ローレシアの前に歩み寄った。
「お待ちください、お姉さま」
「フィリア・・・あなたはなぜ、マーガレット様の取り巻きなんかやっているのです」
(ローレシア、この子はまさか)
(はい。フィリアはわたくしの妹です)
「お姉さまはご存知ないと思いますが、アスター家は王国社交界ではキュベリー派と認識されております。お母さまもわたくしがここにいることを存じておりますので、お姉さまが何かを言う筋合いではございません」
「・・・あなた、お母様から何も聞いていないの? アスター家の家督はもうわたくしが継いだのですよ。だからお母様の許しなど何の意味もございませんし、アスター家の令嬢がキュベリー公爵令嬢の取り巻きをするなど絶対に許しません」
「なんですって!」
ローレシアの言葉に驚いたのは、フィリアではなくむしろマーガレットの方だった。
「あなた、ソーサルーラの貴族になったはずなのに、なぜアスター伯爵家の当主になるのですか。それってフィメール王国のアスター伯爵領がソーサルーラのアスター侯爵家に侵略されたってことじゃない!」
「それは違います。その件については、いまから国王に相談するところでございます。だからマーガレット様は余計な心配をしなくても結構です」
「いいえ、これは王国の主権に関わる重大事件です。早くお父様に相談しなくてはなりません。みなさま帰るわよ!」
そう言うとマーガレットは取り巻き令嬢を連れて、元来た方向に引き返して行った。それにフィリアもついていこうとするところを、ローレシアが止めた。
「フィリア、待ちなさい! あなたはマーガレット様についていかず、さっさとアスター家に帰りなさい」
「嫌よ! あなたなんかもう家族でも何でもないのですから、わたくしに命令しないで」
「あらそう・・・確かにあなたはもうわたくしの家族ではございませんね。ではアスター家当主として命令します。フィリア・アスターは今すぐアスター家に戻りなさい。さもなければあなたのアスター家令嬢としての身分を剥奪し、平民として修道院に送ります」
「何をバカなことを。あなたなんかに、そんな権限はないわ」
「あら、この指輪を見ても同じことが言えますか?」
ローレシアは、右手中指と左手薬指の両方にはめた指輪をフィリアに見せつけた。
「その指輪はアスター家当主の証・・・しかもお姉さまは当主夫妻の指輪を一人で両方つけている。なんて強欲な!」
「お黙りなさいフィリア! これで誰がアスター家の当主なのかあなたにも理解できたでしょう。わかったらおとなしくアスター家へ帰りなさい」
「・・・し、承知いたしました」
フィリアはそう言うと、不服そうな顔で王城を後にした。
「ローレシア、さっきのマーガレットの言っていたことだが、少しマズいことになりそうだな」
「ソーサルーラからの侵略という点ですよね。わたくしは全くそのようなつもりはなかったのですが、理屈としては一理ありますね・・・」
「それも含めて父上と相談だな」
急ぎ王都の屋敷に戻ったキュベリー公爵家の父娘は
お楽しみに




