第90話 王国騎士団派遣の意図
アンリエットへの謝罪を終え、仮眠から目が覚めたローレシアは、屋敷の侍女に手早く着替えさせてもらうと、みんなの待つ会議室へと入って行った。
部屋にはいつの間に仮眠をとったのか、既にアンリエットたち護衛騎士や、アスター伯爵以下分家一同が全員揃っていた。さらに王都へ救援要請に向かっていたロイも着座している。
「ロイ、アルフレッド王子への救援要請の結果はどうでしたか」
「はい、ローレシア様。国王がすぐに騎士団の派遣を決め、王国騎士団500騎がアスター領に向けて進軍を開始しました。ただ距離がありますので、到着にはあと4、5日はかかります」
「まあ500騎も! 兵力ではこちらが依然不利な状況でしたので、助かります」
「ここまでの戦況はケンとバンから報告を受けましたが、まさか王国騎士団の到着を待たずにブライト領の救援を終えてしまうなど、思ってもいませんでした。それでローレシア様はこの後どうされるおつもりで」
「今から王都に戻りキュベリー公爵の蛮行を糾弾いたします。そのためまずはブライト領に戻りましょう」
ブライト男爵の居城に到着したローレシアは、先にアスター家支配区域全体の守備態勢を整える。対公爵騎士団との戦いの前線となるブライト領には、主力となるアスター騎士団300とブライト騎士団150を配置。そのアスター騎士団はマーカスが率いる。
「マーカス、あなたにアスター騎士団を任せますが、全体の指揮はブライト男爵にお願いします。あなたは男爵の指示には絶対に従うこと。いいですね」
「はっ、アスター侯爵閣下! ブライト男爵の命令は侯爵閣下の命令と受け取り、粛々と任務を全うする所存でございます」
「あら、わかっているなら結構です。ではその働きに期待していますね」
マーカスは恭しく敬礼し、後ろに下がった。
「それから分家騎士団100はアスター伯爵領の守備をお願いします。併せて捕虜を領都の居城の地下牢に収容しておいてくださいませ」
「はっ!」
「それから、アンリエットたち護衛騎士と・・・お父様はわたくしと共にこれから王都に向かってもらいます。転移陣の用意を」
「・・・私も王都に行くのか」
「あたりまえでしょっ! お父様が今までキュベリー公爵にいいように騙されていたことを、王都のみんなの前で全て証言していただきます」
「いや、しかし、それは・・・。私にも貴族としてのプライドというものが」
「お父様のプライドなどどうでもいいのです! それよりもちゃんとキュベリー公爵の悪事を白日の元にさらけ出してください。全く誰のせいでこんなことになっていると・・・」
「しかし、私の失態をこれ以上国王に知られると」
「お黙りなさいっ! これはアスター家当主としての命令です」
「くっ・・・」
「では王都に急ぎましょう」
転移陣で王城に戻ると、ローレシアは真っ直ぐアルフレッド王子の執務室に向かった。
「お帰りローレシア! ブライト男爵領への救援を求められた時にはビックリしたが、見たところケガもなさそうで本当に良かった」
「ご心配をおかけしました王子。それから500騎もの援軍をどうもありがとうございました」
「いや王家として当然のことをしたまでだ。しかしまさか我が王国内でこのような蛮行が行われていたとは許しがたい。キュベリーのやつめ!」
「でも国王はこれからどうなさるおつもりなのでしょうか。相手は臣下と言えども王家に親族が入り込んでいる王国最高の権力者。裁判所に訴えるなんて当然無駄ですし、国王から命令しても、色々と理由をつけて簡単に応じてくれる相手でもないと思います」
「それはわかっている。奴に余計な口実を与えないように、交渉の場に引きずり込まなければならない」
「一応、証言者としてお父様を連れてきましたけど、使い方はよく考えないといけませんね」
「アスター伯爵か・・・」
アルフレッド王子がローレシアのソファーの後ろ、護衛騎士たちと共に立っているアスター伯爵のことをギロリと睨む。
ローレシア追放の元凶であり、アルフレッドは国王以上に彼に怒りを覚えていたのだ。
それを肌で感じとったアスター伯爵は、王子からさっと目をそらす。
ローレシアは話を進める。
「ところで、王都はどのような状況なのですか」
「ローレシアがいなかった4日間では、それほど話の進展はない。相変わらず王妃からはエリオットの釈放と王位継承権の復活を求められている」
「貴族たちの状況は。ハーネス侯爵家は」
「やはり派閥の人数でキュベリーに一歩劣る分、状況は厳しい。そこの伯爵が自分の臣下を公爵に譲り渡してしまったせいで、向こうの派閥の勢力が余計に増えてしまったしな」
アルフレッド王子がアスター伯爵をギロリと睨み付ける。
「愚かな父がご迷惑をお掛けし申し訳ごさいません」
「ローレシアが謝ることではない。しかし国王の言うとおり、アスター伯爵家の当主をこの男から変えてしまわないと、この先何度でも同じような騒動を起こしかねないな。アスター伯爵・・・領地を王家に返上してお前は貴族をやめろ」
「アルフレッド王子、それだけはご勘弁を!」
「アスター家はローレシアが家門を持ったので、お前の家門などもう必要なくなった。それに自分で自分の領地を守る意思のない貴族など我が王国には邪魔なだけだ。王家の軍を送ったのも、アスター家の領地を王家が接収するのが目的だからな」
「なっ! まさかそんなことを・・・では私は、家族はどうなってしまうのですか。さすがに何か補償がないと生きていけなくなる」
「補償だと? ふざけるな! お前のせいでみんなどれだけ迷惑をかけられたのか、わかっているのか! キュベリーのやつがここまで増長したのも、責任の一端はお前にあるんだぞ!」
「くっ・・・」
「お前たち家族など、自分の魔力を使って平民として勝手に生きるがよい」
王子の言葉に、伯爵は真っ青になって立ち竦んだ。
「アルフレッド王子、その件で少しお話がございます。今のアスター伯爵家の当主は、一時的にこのわたくしが引き継いでおります。ですので、王家が伯爵領を接収するのでしたら、その手順についてあらかじめ話し合っておいた方がいいと存じます」
「・・・え?」
「わたくし一応ソーサルーラの貴族ですので、返上という形は取れません。フィメール王家への譲渡ということであれば、王国騎士団がアスター領を占領する前に先に国王と取り決めを結ぶ必要があるのではないでしょうか」
「ちょっと待ってくれよローレシア。どうしてキミがアスター伯爵家の当主になっている。フィメール王国にはもう戻らないのではなかったのか」
「ええ、この国には戻るつもりはございません。ですので、あくまで一時的に当主になっただけです」
「それってどういう?」
「キュベリー公爵軍を撃退するためです。ブライト領が陥落寸前だったので、他に選択肢がございませんでした」
「公爵軍を撃退ってまさかキミは戦ったのか?!」
「そう言えば、わたくしからの報告がまだでしたね。ロイを派遣して王家に救援要請をしたものの、待っている間にもブライト領が陥落しそうだったので、わたくしはアスター伯爵家の家督を一時的に譲り受けて、アスター騎士団300を率い、ブライト男爵の居城を包囲した公爵軍500を撤退させました。現在両軍はレイス子爵領との領界を挟んでにらみあっている状態です」
「・・・・ということは、ブライト領での戦いは既に終わっているのか」
「はい、あの戦いは一瞬で決着がつきました。その後間髪を容れずに再びアスター領に引き返して、公爵軍が占拠していた分家領に夜襲をかけてその夜のうちに公爵軍を一掃。アスター領の全域の奪還はすでに完了して、公爵軍捕虜も130名ほどを捕縛して地下牢に放り込んでおります」
「・・・・・」
「王子?」
「・・・そんなバカなっ! たった4日だぞ、キミがアスター領に戻っていた期間は! つまりたった4日であれだけボロボロだったアスター伯爵領を元の状態にまで回復し、ブライト領も健在。・・・ウソだろ」
「実はナツが頑張ってくれましたの(ボソッ)」
「ナツが! とても信じられない話だが、ナツがやったと言うのなら納得ができる。さすがはナツということか。しかし本当に何者なんだ彼女は(ボソッ)」
「うっ・・・。な、ナツの正体はともかく、お父様の失態を最低限カバーしてくれました(ボソッ)」
「ナツには本当に感謝だな。これで国王の怒りも少しは収まるし、僕も助かるよ(ボソッ)」
「コホン・・・ということでアルフレッド王子。この結果アスター領には100騎、ブライト領には450騎の戦力を配備するに至っております。これに王国騎士団の500騎が加われば戦力は一気に逆転します」
「わかった。もうそこまで現状回復しているのなら、交渉で領地を取り返す必要もなくなった。後はレイス子爵たち臣下の扱いに交渉を限定できる。それよりも問題はソーサルーラ貴族のキミがアスター家の当主になったことだ。外交問題に発展しかねないので、早くソーサルーラ国王に報告をしておいた方がいい」
「確かにそのとおりですね。ではこちらのことは王子にお任せいたしますので、わたくしは一度ソーサルーラに戻ります。転移陣の使用許可をください」
「わかった、すぐに手配しよう」
次回、ソーサルーラへ戻ったローレシアとナツは
お楽しみに




