第9話 勇者レベル1
いよいよ特訓開始です
(・・・おい、ローレシア!)
(なんでございましょう)
(どうしてお前は身体能力が皆無なんだよ)
(それはわたくしが侯爵令嬢だからです。以前にダンスしかできないと申し上げたはずですが)
(それは確かに聞いたけど、正直ここまで酷いとは思わなかった。アンリエットも男爵令嬢なんだし同じ貴族令嬢だろ? 俺はよく分かってないが侯爵と男爵ってそんなに違うものなのか)
(爵位の違いというよりも、わたくしとアンリエットの目指す方向性の違いというのが正しいです)
(目指す方向性?)
(わたくしは第3王子と婚姻し王族の一員となること、アンリエットはわたくしの侍女兼護衛騎士となることが教育の目的でしたから)
(婚姻のための教育・・・ガクッ)
(そんなあからさまにガッカリした感情を向けられると、わたくしもどうしていいのか分からなくなってしまいます。わたくしの何が悪かったのでしょうか)
ローレシアの悲しみの感情がじわりと伝わってきた。そもそも身体能力がないのは別にローレシアが悪いのではなく、そういう教育方針にした両親のせいだ。
それなのにローレシアは自分が悪いと思い込んで、本当に申し訳なさそうにしている。少し言い過ぎてしまった。
(わ、悪かったよローレシア。君を責めるつもりじゃなかったんだ。せっかく勇者になれて喜んでいたのに、薬草採取しかできないことがショックでつい)
(ええ、あなたがすごくガッカリした感情が、わたくしにも伝わってました)
(まあ現時点で身体能力がないのは仕方ない。でもこれからローレシアは王族の嫁ではなく冒険者になるんだ。だから身体能力を強化しないといけない。俺はこの身体を徹底的に鍛えようと思うが構わないか?)
(いずれこのわたくしも魔獣と戦えるようになる必要があるので、その方がいいと思います。ええ、徹底的に鍛えましょう!)
ローレシアがその気になってくれたので、今度はアンリエットにも相談する。
「アン、このわたくしを弟子にしてくださいませ」
「ええーっ! お嬢様を私の弟子にですか?」
「そうです。聞いての通り、勇者レベル1だと薬草採取しか仕事がございません。今後の事も考えるとなるべく早くレベルを上げる必要がございます。だからわたくしに戦い方を教えてください」
俺のお願いに、腕を組んで困った表情をするアンリエットだったが、さらに頼み込むと渋々だがOKを出してくれた。
困った顔のアンリエットもメチャクチャかわいいと思ったのは、俺だけの秘密だ。
(アンリエットに変な気を起こすのは、このわたくしが許しません)
(変な気って、ちょっとかわいいと思っただけだよ)
そうだった。ローレシアには俺の気持ちが筒抜けだった。秘密もなにもあったもんじゃないな。
結局アンリエットに修行をつけてもらうのは、最低限の身体能力をつけてからということになった。戦闘訓練の前に筋力と体力をアップさせないと、お話にもならないらしい。
アンリエットには逃走資金を稼いでもらう必要もあるため、彼女とはしばらく別行動をとり、俺は一人でできる訓練メニューを考えて、ついでに1日のスケジュールを組んでみた。
まず午前中はクエストで賞金稼ぎだ。
勇者レベル1のクエストである薬草採集は、この城下町のすぐ近くの森に入って、指定の草花やその根っこを持ち帰ってギルドに買い取ってもらうというもの。
1回で5~10ギルにしかならないので宿屋の宿泊代にはとても足りないが、クエストの受託数を稼いだり、ギルドのシステムに慣れることもできるため、何もやらないよりはましである。
そして午後は全て基礎体力作りにあてる。ギルドの裏にある闘技場を借りてトレーニングをする予定だ。
俺はジョブこそ勇者だが、まだ何の武器も扱えないため、アンリエットのように装備を整えること自体が無駄だった。そのため当分はシスターローレシアの格好のままで過ごす。
黒が基調の厚手の修道服を着こんで、頭からはすっぽりとベールをかぶって顔を隠し、左腕には薬草を入れるためのカゴをぶら下げている。
午前中に森で集めた薬草をカゴ一杯に入れて、ギルドに買い取ってもらう俺の姿は、とても勇者のそれとは思えない。
これはダサい! 早く身体を鍛えなければ!
はやる気持ちを抑えて、薬草を売った代金で昼食をさっと食べると、受付嬢に言って裏の闘技場に入れてもらい、トレーニングを開始する。
俺は軽く準備運動をした後、まずは筋トレから始めることにした。最初は腕立て伏せ30回からだ。
「いーち・・・・・」
あれ? 腕を曲げたのはいいが、そのあと身体を上に持ち上げられない。お、重い・・・。まさか腕立て伏せが1回もできないのか、この身体は。
腕がプルプルしてやがて力尽きると、地面にうつぶせに寝転がった俺をローレシアが励ましてくれた。
(頑張ってくださいませ! まだ始めたばかりです)
(そ、そうだな。腕立ては後にして、次のメニューに取り掛かるか)
だが、続けて腹筋や背筋、スクワットなどの基本的なメニューを次々にこなしていくものの、どの運動も1回たりともできなかった。
・・・なんじゃこれはっ!
これでは勇者レベル1と言われても仕方がない。
納得の弱さだ。
(よし、筋トレはまだ早かった。まずはランニングから初めてみよう。何事にも足腰の強さとスタミナが必要だからな)
(そ、そうですわね。何事も積み重ねが大切。一歩一歩頑張りましょう!)
((おーっ!))
俺は闘技場の中をぐるぐると走り始めた。
1周200メートルぐらいの距離をひたすら周回するのだが、5周ほど走ると息が上がって限界に達した。
たった1キロしか走れないのか・・・。
(ちょっとスタミナがなさすぎるだろ、この身体は)
(大変申し訳ございません・・・でも、ひょっとしてなのですが、この修道服が運動に向いていないのではないでしょうか)
(・・・確かにそれはあるかも知れないな。この修道服はとても重くて頭のベールも息苦しい。ランニングには不向きな服装だ)
(それからさっきの腕立て伏せとやらも、この服を着ていなければもう少し回数を増やせたんじゃないでしょうか)
(それもあるかもな。それによく考えたら修道女が必死に筋トレしたりランニングをする姿って、絵柄的にもかなりシュールだし、周りの冒険者たちも「何事か」ってビビるだろうな。よし今からトレーニングウェアーを買いに行こう)
(いいえ、それはいけません。わたくしたちは逃亡資金を得るためにこの街にいるのです。無駄な買い物は控えましょう)
(そ、そうだったな・・・トレーニングウェアーはいらないな。この修道服を脱いでしまえばいいんだから)
(それだけは絶対にやめてくださいませ! あなた、この服の下がどうなっているのかご存じですよね)
(・・・いや知らない。いつも目をつぶっている間にアンリエットに着替えさせてもらっているから、修道服の下に何を着ているのか俺は知らないんだよ。この下ってどうなってるの?)
(・・・・・)
(ローレシア?)
(・・・もう、知りませんっ!)
ローレシアが怒ってしまったが、感情的には怒り2羞恥心8だった。
次回いよいよ魔法を使います
ご期待ください